部活動再建の道は危なく険しく果てしなく3
文字数 5,376文字
青と濃い赤の線が交わるネクタイを緩め、緋色のプリーツスカートのウエストを白いブラウスの間に二度、三度と折り返すと、美雪のアルビノの胸と脚が、次第に露わになっていく。
東和麗華学園中高等部のウイングボール部の部員や放送部の撮影クルー、野次馬であっても美雪の白い胸や太ももを見ると、瞳が複雑に揺れ始める。
美雪のブラは、パープルのパステルカラーのカップの縁を、純白のレースにラメ糸を織り込んだサテンを重ねて縁取ったキュートランジェリーであった。恐らくショーツもフルバックのセット物であろう。
恵礼那のランジェリーは、ピンクの色違いだった。恵礼那の瞳に炎が燃え立った。
不整脈の診察を受けたものの、どこにも異常なしの診断が出た美雪は、帰宅するにはまだ時刻が早く、美羽に会いたい、と強く考え、東和麗華学園中高等部のグランドに入り込んだところが、たちまち対戦が予定されている他校の模擬戦に参加させられた。
ユニフォームをもってきていないことから、こうして普段は意図的に隠している肌を出し、案の定、好奇や嫌悪の目にさらされる。
これに対して、美羽だけが愛でるような表情で美雪の市松人形を思わせる長い髪を丹念に
ふと、美羽から
羽田空港で美羽と美雪が初めて言葉を交わし合ったとき、美雪が伽羅の線香を、母の仏壇で焚いている日常を美羽に話すと、美羽は関心をもった。その後、すぐに美羽は伽羅の線香を求めたようだった。
美羽は、美雪の白く長い髪を
「ありがとう、美羽」
美雪は、伽羅の線香を使い始め、美羽が母の霊を思ってくれていることに礼を言ったが、美羽は髪を
「いえ、これぐらい、いつでも」
このとき、放送部部長で 『アポなし 部活動突撃レポート』のレポーターを務める
「では、解説役の
「はい、
赤いたすきをかける赤チームからご紹介しましょう。まず、
背番号1番、高三B組、大堂恵礼那、
背番号30番、高一C組、穂積美羽、
背番号12番、高一B組、
背番号23番、中一A組、
背番号25番、中一B組、
白いたすきをかける白チーム。
背番号なし、星野ゆかり、
背番号1番、筧美雪、
背番号13番、高一A組、
背番号24番、中二C組、
背番号27番、中一A組、
遙流香が、カメラの下にしゃがんだアシスタントディレクターに見せられたスケッチブックに目を走らせながらこたえると、碓井は、
「ポジションはどうなりますか?」
「はい、
赤チームのPGと呼ばれ、チームの司令塔を務めるポイントガードは大堂恵礼那、
SGと呼ばれ、アウトサイドのシューターを務めるシューティングガードは穂積美羽、
SFと呼ばれ、自在に得点を狙うスモールフォワードを務める志垣瑞希、
PFと呼ばれ、ゴール下のオールラウンダー、パワーフォワードを務める花之木仁菜、
Cと呼ばれ、ゴール下を死守するセンターを務める園山縁、
白チームのPGは星野ゆかり、
SGは筧美雪、
SFは志垣逸希、
PGは寺岡鞠、
Cは三木華生」
碓井は、
「この模擬戦の主旨から、中等部の部員がゴールを守る重責を担いました。しかも、ソートAの穂積、筧選手、ソートⅣの大堂、星野選手が敵味方となって入り乱れることになります」
布陣に目を見張ると、
「それだけではありません。志垣瑞希と逸希は部員でさえ見分けがつかない双子で、見るところのあるプレーを展開します」
遙流香がつけ加えると、花之木、園山、寺岡、三木は顔を見合わせた。誰もが困り果て、目に涙を浮かべている。美雪は苛立ちを覚え、
「怖いのなら、逃げ出して結構! 交代はいくらでもいるのよ! そもそも誰のせいでこんな下らない時間を割いていると思っているの?」
敵味方なく怒鳴りつけた。
美羽は星野と目を合わせると、美雪を巻き込んだ成果に、にやりと笑った。
「ルールは極めて簡単。十二点を先取したチームの勝ちとなります」
遙流香がいい終えぬうちに、センターサークルで、トスアップのボールが主審を務める部員の手から離れた。
試合開始であった。
「主審の手を離れたボールを、赤チーム30番穂積選手と白チーム1番筧選手が奪い合います。
それは、まるで、黄金と白銀のオーロラが翻る華麗な光景を都心で見る思いです。
穂積選手が一瞬の差でボールを奪います。六本木五丁目交差点のビルの足場崩落事故の一瞬も、このような壮麗な景観が出現したことでしょう。
黄金の翼が垂直上昇から水平飛行に移り、白チームコートのゴールを目指します。
白チームの星野、筧選手、ぴたりと穂積選手の左右後方に位置します。
ウイングボールはラグビー同様に前方へのパスは反則となるため、こうしてボールを手にした選手の後方をマークします」
碓井のマイクを握った手が汗ばんだ。
観戦する者の眼前を鳥人たちが入り乱れて上下左右へと飛翔する光景は、迫力にあふれ、同時に恐ろしささえ抱かせた。
「6号ボールを抱え、白チームのゴールへ迫る穂積選手の前方を音もなく立ち塞がったのは、13番志垣選手。
同時に穂積選手の真下に12番志垣選手が入ります。
二人の志垣選手はまるで羽音を立てませんでした。これは、どういうことでしょう?」
碓井が解説役の遙流香に尋ねると、
「フクロウやミミズクのように、
「なるほど、深夜に真っ暗な森の、しかも低空で狩りをするフクロウ
穂積選手、12番の志垣選手にパス!
このパスを狙って、星野選手がボールを奪い、赤チームのコート上空を進みます。
星野選手、後方援護についた筧選手にパス。
しかし、この筧選手の手にボールが届きかけたその一瞬、赤チーム1番大堂選手がボールを手中にしました」
星野に憧れてはいても、一歩も引かない恵礼那は、遙流香にとって尊敬する姉だった。
「赤チーム大堂選手、黒と濃茶の翼を力強く羽ばたかせると、白チームのゴールへ向かいます。
白チームの星野、志垣選手の転進が間に合いません。唯一、筧選手が白チームコートへ飛翔します。
解説の大堂さん、先ほどから穂積、筧選手は垂直上昇から水平飛行、円を描く旋回飛行と、自在に空を飛び回っていますが、鳥人はこのような飛行は自由に行えるものなのですか?」
碓井が遙流香に尋ねると、
「とんでもありません。ソートAでも限られた者しかできないと思います。鳥人は米軍の最新鋭戦闘機F35ではありません」
遙流香がこたえると、ふと、校地の周囲の高級マンションのベランダに目を向けた。住民たちがまるで花火見物に繰り出したがごとく、歓声を上げて模擬戦に見入っている。
真希も自分のノート型パソコンで『アポなし 部活動突撃レポート』に目を向けると、
すげぇぞ、米軍戦闘機も真っ青!
解説役、鳥人女子の飛行技能も解説してくれ!
ニヤニヤ動画にアップされるメッセージが画面の右から左へ流れていく。
アシスタントディレクターがスケッチブックで、『鳥人女子の飛行法は?』と遙流香に見せると、
「センターライン上空で、再び『黄金の女王』と『白銀の姫君』が相対します」
美羽が左旋回、対する美雪が右旋回を始めると、遙流香は、
「鳥人たちの旋回飛翔も野鳥と同じで、左右の翼面積を非対称にします。翼をたたんだ側へ体が傾き、旋回します。
また、旋回の際に描かれる円の直径は、腕と足を前後左右に広げたり、閉じたりすることで調節しています。これは、フィギュアスケートと同じですね」
「ボールを手にした穂積選手、筧選手のディフェンスに阻まれ、白チームのコートへ進めません。
しかし、12番志垣選手が穂積選手の下方に無音で迫ります。
穂積選手、筧選手を見据えたまま志垣選手へ向けてボールを落とします。
志垣選手、白チームの13番志垣選手に追尾されながらも白チームのゴールへシュート!」
リングとネットへ吸い込まれるように志垣瑞希はシュートを決めた。
「赤チーム、スリーポイントエリアからのシュートにより、三点先取。
志垣瑞希選手、お手柄です!」
赤チームゴール下の
碓井は、アシスタントディレクターから手渡されたメモを見ながら、
「ここで、ウイングボールのコートについて説明しておきましょう。
縦二〇〇メートル、横一〇〇メートル、という広大なコートが公式戦では使われますが、どの学校もこれだけのものはありませんので、事情の許す範囲をコートとしています。
また、先ほどからゴールと呼称しているものは、バックボード、リング、バスケットの総称です。
バスケットボールは、グランドから三.〇五メートルの位置にリングが設けられますが、ウイングボールでは十六メートルの高所に位置します」
碓井の説明の間、星野は白チームを集め、円陣を組ませると、
「ファイト、オー!」
気合いを入れた。中等部の寺岡と三木の腰が引けていることを美雪は即座に見抜くと、
「24番と27番、声が小さい!」
気合いを入れ直させた。赤チームのPGを務める恵礼那も、
「よーし、このまま畳みかけるよ!」
「はい!」
勝ち戦ムードを盛り上げた。
スローインラインで、主審の生徒から美羽にボールが手渡された。スローインからの試合再開となる。
美羽のスローインを恵礼那が抱き留めると、間髪を置かず、白チームのゴールを目指した。
恵礼那の左右後方に美雪と星野が着いた。恵礼那は体軸をグランドに対して、水平から垂直に起こし、両足を前方に振ると、急制動がかかる。着地寸前、小刻みに羽ばき、推力を相殺すると、軟着地となる。
そのまま三歩以上歩くと、ファウルを取られるが、自分の後方にパスをすれば、美雪と星野を出し抜いたファインプレイとなる。
見事なタイミングで飛翔してきた美羽が恵礼那のパスを受け止め、急加速、急上昇で舞い上がった。
恵礼那は自分を追いながらも、追い抜いてしまった美雪をしてやったりと薄笑いを浮かべて見上げると、美雪のスカートの中が見えた。
アルビノの白い太ももとともに、案の定、ラメ糸を織り込んだキュートなブラのセット物のショーツが見えた。思わず、
「高校生のくせに!」
美雪を怒鳴りつけた。碓井は、
「赤チーム1番の大堂選手は、何を叫んだのでしょう?」
遙流香に解説を求めた。遙流香は、
「『白銀の姫君』が輸入物かセクシーランジェリーを着ていたことに気づいて、妙な敵対心をもったんだよ」
とはいえず、
「さ……さあ、解りませんね……」
空とぼけた。
美羽は、白チームの13番志垣逸希が自分を追って上昇してくると、急降下に転じ、赤チームの12番志垣瑞希にボールを投げ渡した。
瑞希はボールを受け取ると、白チームのゴールへ迫った。瑞希の真下に美羽が位置すると、星野、美雪、逸希が美羽の周囲を取り囲んだ。碓井は、思わず身を乗り出し、
「赤チーム1番の大堂選手のファインプレイで攻勢に出たものの、30番穂積選手、たちまち取り囲まれてしまいました! どうする、『黄金の女王』!」
白チームのゴール真下を守る寺岡と三木は、眼前から敵味方入り乱れて飛来する光景に両足ががたがたと震えた。
美雪は、棒立ちとなった中等部の二人に、
「しっかりしなさい、24番、27番!」
叫んだそのとき、美羽は垂直に急上昇をかけ、白チームのゴールにダンクシュートをぶち込んだ。
「やりました、『黄金の女王』! ツーポイントエリアからのシュートにより、赤チームの得点五、白チームの得点なし。
しかし、この展開はソートⅣとAの戦いで、中等部のソートⅠには、何ら示しているものが見当たりません」
碓井が疑問を口にすると、遙流香は、
「――風が――」
空を見上げて呟いた。