第43話:不完全な告白

文字数 2,649文字

 部屋の中は、扉の右手に天蓋(てんがい)付きのベッドが置かれ、奥にバスルームへの扉があった。やはり、先ほど訪れた部屋と構成は変わらない。

 音はほとんど発生しなかったものの、ベッドの手前にある椅子に腰かけた人物は気配を感じたのか、ゆっくりとこちらを振り向き、大きく体を震わせた。

「驚かせてごめん、コイトマ」
 そう声をかけたが、彼女は言葉を失っている。

「久しぶり、マルガリータ」
 続けて、ベッドの上で上半身を起こした王女に声を投げた。彼女は挨拶にこたえる様子もなく、突然の乱入者に驚く様子もなく、こちらに顔を向けている。目の下のくまが、痛々しい。

「どうしてここに?」
 絞り出すように、コイトマが言った。

「マルガリータに少し聞きたいことがあって」
「それは、私に言ってくだされば対応します。突然部屋まで入ってくるのは……」

「無礼?」
 言いよどんだコイトマの言葉を、引き受ける。

「少なくとも、この街では一般的ではありません」
 相変わらずいい人だ。

「ごめんなさい。あまり時間がなかったから。ただ、この行動はコイトマの目的にもかなうと思う」
「と言うと?」

「言わなくても分かっているはずだよ」
 そう言うと、彼女は顔をゆがめた。

「しかし――
 必死に言葉を紡いだコイトマの前に、手のひらをかざす。

「反論は、あなたの目的にかなう?」
「それは……」
「マルガリータ、少し話を聞かせてもらってもいい?」
「嫌だ、って言ったら、後にしてくれるの?」
「ごめん、帰るつもりはない」

「じゃあどうぞ」
 彼女はわずかに口角を上げて息を漏らし、手をこちらに差し向けた。

「ありがとう」私は、素直な心情を口にする。「マルガリータは、二日前の夜どこにいた?」
「何? 突然」
「今から話すことに、少し関係があって」

「そうなんだ」
 王女はそう言って少し静止し、「たぶん部屋にいたと思うけど、よく覚えていない。特別なことが無い限り、二日前のことなんて覚えてないでしょ?」と加えた。

「本当? 一挙手一投足というレベルでは覚えていないかもしれないけど、大体何をやっていたのかは見当つくんじゃないかなぁ。二日前なら」

「私、記憶力が悪いから」
「そっか。じゃあ、昨日の深夜は?」
「分からない。たぶん寝てたと思う」
「昨日のことなのに、あやふやなの?」
「同じ言葉を繰り返させないでほしいなぁ」

「ごめんごめん。記憶力が悪いんだったね」自分の口から出てくる言葉が、驚くほどに白々しい。「じゃあ、私の推測を言うね。二日前の夜は、きっとお姉さんと会っていたと思う。それで昨日の夜は、ブルーナの体を運んでいたはず。どう、思い出した?」

「何それ、冗談?」

「ううん、残念ながら。ここに来るまでは、ブルーナを運んでいたという推測には疑問もあったんだけど、それも解決しちゃったからね。コイトマ、さっき話していたスーツって、もしかしてこんなやつ?」
 私は上着をめくり、露出させた拡張スーツを彼女に見せた。

「えっ? あっ、はい。そうです。持っていたんですね」
「実は。それでコイトマ、このスーツを着ていれば、人ひとり運ぶくらい問題なくこなせるよね?」
「えぇ、おそらく」
「ちなみに、スーツが亡くなったことに気が付いたのは、いつ?」
「……今日です」

「どうだろう、マルガリータ?」
 コイトマから王女の方へ視線を戻し、私は言った。

「どうだろうって、何が?」彼女は再び、口の端に笑みを浮かべた。「思い出したか、ということであれば何も変わらないよ。今の話も、ただの偶然をこじつけているようにしか感じなかった」

「そっか。でもね」
 それだけ言って、一息ついた。なんだか、頭の中が興奮している。

「さっき、街にあるカメラの映像を見てきたんだけど、二日前の夜、この建物から抜け出すマルガリータの姿が映っていたんだよね。昨日も昨日で、深夜にこの建物から抜け出す様子が映っていたし。だから少なくとも、寝ていたってことはあり得ないんだけど、何か思い出せないかなぁ。ちなみに、夢遊病という言い訳は反則だから。」

「……」
 はっきりと動揺を見せた王女は、私から視線を外し、前方を唖然と見つめた。

「黙っていても分からないよ、一緒に映像を見に行こうか?」
「……」

「反論しないなら認めたと判断するけど、かまわない?」
「……」

 言葉を重ねても、マルガリータは変わらず、自分の足先を眺めるだけ。その様子を見ていると、頭の中がさらに熱を帯びてくる。自分の中で何らかの(たが)が外れそうになっていることが分かるものの、ブレーキをかけることができない。

「じゃあ、マルガリータが三人を手にかけたという前提で話を続けるんだけど、一つだけ分からないことがあって」まるで考えがまとまっていないのに、言葉だけが慌ただしく口をつく。「どうしてブルーナを殺したの?」

「……」
「少なくとも、私の目には、ブルーナとあなたの関係はいいものに見えた。なのになんで? お姉さんを手にかけたことがばれたから? 仮にそうだとして、なぜあんな残酷なことをしたの? 首を絞めるだけじゃなくて、腹部まで。ブルーナに何か恨みでも――

「恨んでない」
 私の言葉尻にかぶせるように、マルガリータが叫んだ。茫然としていたコイトマが、びくっと体を震わせる。

「じゃあ、どうして殺し――

「殺してない」
 さらに大きな声でマルガリータは言い、膝を手前に引き寄せ、顔をうずめた。

「それはどういう意味? 全く関係していないということ? それとも、関与してはいるけど、殺してはいないということ?」
 問いかけてみるも、反応はない。

 小さく丸まった彼女の様子に、頭の中の熱が急速に冷めていく。何をどうしたらよいか分からず、すがるようにコイトマの方を見やると、目が合った。お互いに、発すべき言葉を探しているのが分かる。

「この街では、罪を犯した人をどのように扱うのですか?」
「基本的には、掃除であったり人助けであったり、社会に奉仕する活動で償うのですが、これほどの罪は初めてですので……」
「まずは決めるところから、ですか」
「おそらくは」

 コイトマに何か言葉を返さなくては、と思ったものの、口から言葉を放つのがとても面倒に感じた。体から力が抜けている。重い体をどこかに預けたくて、あたりを見渡した。

 バスルームに続く扉の手前、壁際にドレッサーがしつらえられており、そこに椅子があるのを認める。

 力の入らない足をそちらに進め、「これからどうしましょうか」と声を投げ、椅子に腰かけた。目の前の三面鏡がうっとうしく、観音開きの扉を閉める。
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