どう生く。

文字数 1,954文字

 自動ドアが開き、スーツ姿の販売員がお辞儀をする。
 客は2人組。目の下に年齢を感じる男性が販売員にお辞儀を返し、一粒ダイヤのネックレスをした女性がウキウキとした顔で店内を見渡した。
「奥の席へどうぞ。きっと、ご満足いただける墓石をご提案致します」
 販売員は言い、奥の席を指した。道の両脇を多種多様な墓石が縁取っている。まだ名前の彫られていない墓石が磨き上げあられ、照明を受けて静かに光っている様は宝石店を思わせる。
 その中の一つ、本を開いた形の墓石を指して女性が口を開いた。
「へぇ、面白いですね。物語に眠るの」
「えぇ。これは骨壺を中に収納できるタイプです。上限が2つ分。登録された重み分の納骨が終わると……」
 販売員はそこで言葉を切り、納骨を並べる空間をグッと手で押した。仕掛けが作動し、本が閉じる。
「ほう?好きそうですね」
 男性が眉毛を片方あげて女性を見た。女性はその視線を嬉しそう受け取り、大きく頷く。
「この形で代々残すこともできますが、閉じたタイミングで永年供養に移行するサービスもございます」
 販売員が説明を補足し、体の動きで客人に着席を促す。
 客人の着席を確認した販売員は、用意していたコーヒーを小さな紙コップに3つ注ぎ、差し出した。その左手に光る小ぶりなダイヤ付きの指輪を女性が見つけて嬉しそうに声をかける。
「ご婚約中ですか?」
 販売員は女性の左手に指輪があるのを確認してから答えた。
「えぇ。……最近では婚約指輪の代わりに墓石を贈る方も見かけますよ」
「おめでとうございます。……婚約に墓石ですか?」
 男性の質問にパンフレットを差し出しながら販売員は微笑む。
「えぇ、ある意味どちらも、ずっと一緒に居たいと願う石ですからね」
「確かに!その視点はなかったなぁ。あぁ、婚約かぁ。懐かしいなぁ。幸せな物語が始まってくのよ。素敵ね」
 女性がうっとりとした表情で口にしたのを男性が面白くなさそうに見やる。
「……なるほど」
 そう口にした男性はコーヒーを一口飲み、渋い顔をした。その動きに気付いた女性がいたずらっぽい笑みで自分の分を差し出した。
「貴女が、飲まないのですか?」
 男性が苦笑しながら空いている手で受け取る。その左手には結婚指輪がない。
「先輩の役割でしょう?」
 女性がにっこりと畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「だって、美味しく終えたいでしょ?」
 販売員が代わりの飲み物を出そうと席を立ちかけたのを、女性が止める。
「私がこの人にプレゼントした価値を下げないで」
「この一杯にどれほどの意味をつける気ですか」
 男性が笑い、コーヒーを慈しむ様に見た。その目元は溶けそうに優しい。口に含み、ゆったりと息を吐く。どちらも同じコーヒーのはずなのに、今度は心底満足そうな笑みが口元に浮かぶ。

「やっぱり、本型の墓石がよさそうですかね?」
 男性が仕切りなおすように宣言した。
「さすが、先輩。わかってらっしゃる」
 女性が何度も大きく頷いて、販売員を見た。
「墓石に登録する二人って、その……関係性に縛りありますか?親子とか、夫婦とか」
 女性の声がしりすぼみに小さくなり、不安げに瞳が揺れる。そういう関係ではないと自白しているも同然だった。
 販売員の中に二人の関係を問いたい欲求が沸き起こったが、飲み込む。大事なのはこの契約がまとまることだ。それによってボーナス金額も変わってくる。

「お支払方法が現金一括でしたら、縛りはございません」

 契約する墓石が決まった途端、女性はするりと店外へ。店の前に停まっていた車の助手席に乗り込むなり、熱心にメモを書き始めた。

 その様子を男性が確認すると、ペンを持ち直す。
「彼女ね、作家になるのだそうですよ。出会った頃から彼女が向き合うのは小説だけでね」
 契約書の必要事項を埋めながら呟く男性の言葉がぼんやり響く。販売員は相槌を返すか迷って、受け取ったお札を数えることにした。
「彼女の小説を一番に読む役割はずっと私です。ずっと、私なんですよ。彼女にとって、私の感想や提案は、刺激的で一番に聞きたいもののだそうです。彼女にとっての私こそ、小説みたいなものなのでしょう。だから、彼女をここに連れてきました。……その婚約指輪、ボーナス時期になると新調されるそうですね?」
 ふいに視線を上げた男性が販売員を見た。
「はて?何のことでしょう」
 営業用の微笑のまま、販売員が首をかしげる。
「ずっと婚約中の販売員さん。ちょっとした噂になっていますよ。流れるようなセールストーク、お見事でした。それに、私たちの関係を興味本位で聞き出そうとしなかった点も素敵です。お互い、目的のために精進していきましょうね」

 契約書類を書き終えた男性は両手でそれを販売員に渡すと店を出てく。
 男性の背中を見送り、販売員は左手の指輪を撫でた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み