第17話

文字数 1,354文字

「草太くんのバカ」
「あ?」
「せっかく、明日、ちゃんとしようと思ってたのに」
 咲にとっては一世一代の告白だった。咲の頭を抱き寄せたまま、草太はふんと笑った。
「じゃあ明日もう一回、最初からフルコースでやればいい。楽しみにしてる」
「も、もうしません!」
「なんでだよ。おれを喜ばせろ」
「ええっ」
「なんだよ」
「え、あの、だって、喜んで、くれる、の?」
 沈黙のあと、草太は思いきりため息をついた。そうして、むにーと咲の頬をつねる。
「いあ」
「好きな女から手作りのチョコ渡されて告白されて喜ばねえわけがねえだろこの鈍感」
「あう」
「おまえほんとときどき本気でむかつくほど鈍いよな」
 本気でむかつく、といわれて咲は泣きそうになる。
「ごめ、にゃしゃ」
「むかつくのにかわいいとか思う自分がさらにむかつく。どんだけだよ」
 草太は頬から手を離すとでこぴんを食らわした。咲は涙目になりながら頬と額を押さえて草太のようすを窺う。
 草太が舌打ちした。
「おまえな、ほんと気を付けろ。おれ以外の男のまえでそんな顔見せるんじゃねえぞ」
 そんな顔、といわれても、ものすごく情けない顔になっているに違いない、というくらいしか咲にはわからない。
「もうちょっと警戒心を持て。とくにあの弟には気を付けろ」
「え、弟って、聖夜のこと?」
「ほかにいねえだろ。子どもだと思って油断すんな」
 咲は首を傾げる。草太がなにを気にしているのかわからない。
 幼い弟の姿を思い出す。
 聖夜は、まだ小さい子どもだと思っていたのに、しばらく会わないうちにずいぶん成長していた。もうじきお兄ちゃんになるからだろうか。
 新しく生まれてくるという命を思うと、複雑な気持ちになる。咲の、弟か妹。咲があの家に戻ることは、たぶんもうない。家族としてみんな一緒に暮らすことはないだろう。
 先のことはわからないけれど。変わらないものはない。自分の気持ちでさえ、思いもしなかった方向へ転がっていくのだ。咲がそうだったように。
「聖夜、最後に会ったときはまだちっちゃい子どもだったのに、大きくなっててびっくりした。しゃべりかたも、おとなみたいにしっかりしてたし」
「あれはもう、しっかりしてるっていうレベルじゃねえだろ」
 呆れたように草太がつぶやく。
「え?」
「ったく、次から次へと現れやがって」
「草太くん?」
「なんでもねえよ。いつまでも子どもだと思ってたら大間違いだからな。わかったか」
「は、はい、?」
「覚悟してろよ」
「へ」
 草太の指が、ぽかんと開いたままの咲の口に伸びる。弄ぶようにふにふにと唇を触られて動揺する。おまけに。
「柔らかいな。食っちまいたい」
「わわわわわ」
 とんでもない発言に、咲はあわあわしながらふるふると必死に首を振る。実際、噛みつかれた経験があるので冗談に聞こえない。
 なにやら妙な雰囲気になってきた。部屋に充満するチョコレートの匂いみたいに甘ったるい空気。
 たぶん、よくない傾向だ。
 おそるおそる見あげると、草太は見惚れるような笑みを浮かべている。いやな予感しかしない。
「そっそそそ草太くん」
「そが多い」
 冷静に突っ込まれた。
 そんな場合ではない。
「痛くても我慢するんだろ?」
「えっあ、あれは」
「ちょっと黙ってろ」
 文字どおり、口を塞がれた。



                  ❬完❭
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