第53話 無窮にして無敵なるもの 壱

文字数 2,564文字

 ゴウザンゼを含め船室から姿を現した神聖騎士達には、キサナの放った精神攻撃の影響を受けた様子は見られなかった。

「無事だよ、問題ない。外部概念器官が肩代わりをしてくれたからね」

 ゴウザンゼの背後には、濃緑色の内臓のような物が浮かんでいる。焦げたような異臭とどす黒い瘴気を漂わせ、 釘で打ち付けられた面からは血の涙を流していたそれは、苦悶にもがきながら空に解けて消えた。

「やれやれ、七割方焼き切られてしまったか。もう使い物にはならないな。だがツァールに続きロイガーも捕獲済みだ。じき新しいものが精製される」

 双子神を捕らえていたのはゴウザンゼだったのか。神を素材に神器を作り対神戦闘に使用する。この男は将棋でも指すように、順に神を壊し歩いているようだ。不敬極まりないこの男は本気で神にでもなるつもりか。

「彼女にはルルイエの位置を話して貰うつもりだったが……まあ、仕方がない。グロースを制御することができれば、どのみち大いなるものも目覚める前に制することができる」

 俺やキサナには伏せられていたが、先発隊の目的は調査ではなく、ただグロースに辿り着くことだったという。それ自体が強大な神性であるグロースの上に直接門を開くことは、ゴウザンゼにとっても容易いことではない。その為の神器を運び込み下準備をすることで、ゴウザンゼと神聖騎士団の本体を送り込むことができたという。

「早々にボロを出してくれたのは、想定外だったがね。おかげで無駄な犠牲を出してしまった」

 新たに到着した神聖騎士達は上陸し、人が呼吸できる領域を確保している。最後に一抱えもある鏡を運び出したが、あれが門を開く神器らしい。

「ツァトゥグァの教団とは既に交渉済みだ。彼らの崇める神はその怠惰な性質故、横槍を入れてくる恐れはない。相手を人間の総司祭に限るなら、理詰めで話ができる。イホウンデーはもとより王に恭順の意を示している。あわよくば国教の地位を狙っているようだが、森林部での伐採権を認めている限り大人しくしているだろう。ダゴン教団も実の所、心から大いなるものの目覚めを望む信者は限られている。ルルイエが浮上することなく、現状の漁業権を維持できるならと協力を約束してくれたよ」

 王国にとって危険な教義を持つ集団や、規模の小さな教団はすでに神聖騎士団が討伐済みだ。終焉の危機を説き、王都に神殿を置く大きな教団とも話を済ませたことで、後顧の憂いを絶ち、満を持して自ら出陣したのだろう。これでグロースの危機を排除し凱旋した暁には、神壊学府の影響力は揺るぎない物になるに違いない。

 歳経た魔導士でもないこの男が、何故短期間でここまでの成果を?

 俺の顔に浮かんだ疑念を読んだのか、ゴウザンゼは口元に笑みを浮かべ、懐から鉱石の塊を取り出して見せた。

「ナコトゥスの欠片。以前、私が魔女の釜に参加して手に入れた品物だ。これの記述を読み解くことにより、あらかじめグロースの接近を知ることできた。対策は十全だったということだ」

 黒いようにも、虹色に輝くようにも見える多面体。形を変える度、文字らしきものの浮かび上がるそれは、人ならざる先史種族の記憶媒体――本のような物だという。

「魔女の釜では貴重な品が手に入るが、それなり以上に優秀な巫女や魔術師を殺さねばならない。贄ということだろうが、少々残念に過ぎるのでね。故に私はこれを手に入れて以降参加せず、人材集めの方に注力して来たという訳だ。アイン、君が見込み通り生き残ってくれたのは実に喜ばしいことだよ」

 自分が敗北し命を落とす可能性を考えていない物言いだ。だが、この男の自信を裏打ちするものは、既に何度も見せ付けられている。


「レンのガラスの設置も済んだか。これで門は確保できた。さあ、始めようか!」

 確保した呼吸可能な領域に設置されたレンのガラスから、騎士達が四人がかりで一抱えはある球体を運び出した。暗褐色のごつごつした外殻を目で追ううち、俺はそれが黒い3つの目を持つ巨大な虫が脚を縮めた姿だと気が付いた。地面に設置されたそれには幾本もの管が繋がれ、その先はレンのガラスへと続いている。

「テゴス。私がナコトゥスの欠片の記述を元に生み出した、情報集積用の生体端末だよ。例え相手が神性であろうとその霊体に接触し、直接情報を読み取ることができる。テゴス自体は霊体を持たない存在だから、神気にあてられて狂うことも壊れることもない」

 ゴウザンゼが手をかざすのを合図に、虫は先端に鋏を持つ三対の脚を広げ、口吻を伸ばし地面に突き立てた。

「吸い上げた情報はワクワクに送られ図書館に蓄積される。それを解析すれば、グロースの軌道を変えることも、神にだけ呼び掛けているという歌の仕組みも、知ることができるだろう!」

 大地を踏みしめ、グロースから情報を吸い上げているというテゴスの姿は、俺の目には巨大な蚤か壁蝨に似た醜いものにしか見えない。異形の大地から吸い上げる情報という名の養分も、それに相応しく、触れざるべきおぞましいものではないか。そんな思いが頭をかすめた。

「ゴウザンゼ師! 学府図書館より情報受信確認の報が入りました!」

 今のところ計画通りに事が運んでいるらしい。俺は腕を組み満足げにテゴスを眺めているゴウザンゼに、これで終わりなのかと尋ねてみた。門を設置できたのなら、もはや星の母に頼る必要もなく、帰路は一瞬で済むだろう。テゴスが順調に情報を収集しているのなら、学府に戻りすぐにでもグロースを逸らす計画準備に取り掛かるべきだ。
 俺の言葉にゴウザンゼは目を細めて言った。

「ナコトゥスの欠片に記された予言には続きがあってね。曰く、『終焉を告げる星の上で、新しい神が産まれる』のだそうだ。ここが約束の地だというのなら、全てを見届けたいとは思わないか?」

 この男は本気で人を――いや、己を神の座まで押し上げるつもりらしい。
 秀麗な容貌に浮かべた薄い笑みに、狂気めいた執着が滲んでいる。

 不意に、連絡用の妖精を肩に乗せた騎士が、焦りの表情で声を張り上げた。

「続報、問題発生です! 情報送信が中断――何? 訂正! 学府図書館からの情報流出を確認!」
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