貂勃、田單の忠誠を語る

文字数 1,714文字

 田單(でんたん)貂勃(ちょうぼつ)を王のもとに任子(保証人)として預けました。
 王には寵幸されている主だった家臣が九人おり、安平君を中傷しようとし、それぞれが協力して王に語っていいました。

「燕が齊を伐った時に、楚王は将軍を派遣し、万人を率いて齊を(たす)けてくれました。今、国がすでに定まり、社稷(しゃしょく)はすでに安んじられました、どうして使者をつかわして楚王に謝礼の辞を申されないのです?」

 そう申したのです。王はおっしゃられました。

「左右のものでだれがいいだろう?」

 九人の仲間は申しました。

「貂勃がよろしゅうございます」

 貂勃は楚に使いし、楚王はその感謝の辞を受けて(さかずき)を交わし、数ヶ月返りませんでした。九人の仲間はお互いに語りあって申しました。

「様子を見ますに一人の身で万乗の君(万を越える乗・台の戦車を率いるお方、一台に四頭の馬が引かれていたとして、四万頭を越える馬の持ち主となる)に牽留(けんりゅう)されるとは、貂勃の楚王に礼遇されることは安平君(あんぺいくん)(田單)の勢いによってこそなせることですぞ!かつ今、安平君と王とで、君臣としての違いはなく上下の区別がございません。また安平君のその志は不善を為そうとし、內は百姓(国民)をなつけ、外は戎狄(じゅうてき)を手なずけており、天下の賢士を礼し、その志はなすことがあろうと欲しております、願わくば王よ、このことを深くお考えください!」

 そう申したのです。他日(しばらく経って),王はおっしゃられました。

「相の單を召して連れてまいれ!」

 田單は冠をぬぎ、徒跣(とせん)(はだしあるき)、肉袒(にくたん)(かたぬぎ)(罪人の姿)となって王の前に進み、退いては死罪を請いました。五日して王がおっしゃるには

「おまえは寡人(わたし)に罪はないが、おまえはおまえの家臣の礼をせよ、(わたし)(わたし)の王の礼をしよう、それだけだ。」

 そこに貂勃が楚から帰ってきました。王は貂勃に酒を賜いました。宴会がたけなわになって、王はおっしゃられました。

「相の單を召して連れてこい!」

 貂勃は自分の座っている席を避けて稽首(けいしゅ)(地面に頭をこすりつける礼)をしました。そして申しました。

「王の上たるものである周の文王(ぶんおう)と王といずれが優れておられますか?」

 王は申されました。

(わたし)はおよばない。」

 貂勃は申しました。

「左様にございます、臣はもとより王がおよばれないことを存じ上げております。では下たるものとして王と齊の桓公(かんこう)といずれが優れておられますか?」

 王は申されました。

(わたし)はおよばない。」

 王はどのような表情をされていたでしょう?困惑?不安?無知?想像していただければと思います。

 貂勃は申しました。

「左様でございます、臣はもとより王がおよばれないのを存じ上げております。しからば周の文王は家臣に呂尚(りょしょう)を得て太公(いわゆる太公望)とし、齊の桓公は家臣に管夷吾(かんいご)管仲(かんちゅう))を得て仲父(ちゅうほ)としました。そうであるのに、今、王は安平君を得てただ、『單』と申されます、どうしてこのような亡國の(ことば)があるのでございましょう!

 天地が(ひら)け、民人が始まってより、人臣の功をおさめたもので、安平君よりも厚いものがございますでしょうか?王は王の社稷(社と稷の祀り・国家を指す)を守ることができず、燕人は軍隊を興して齊を襲いました、王は逃げて城陽(じょうよう)の地(国)の山中に行き、安平君は今にも危うい即墨(そくぼく)の三里の城、五里之郭、(つか)れた兵卒・七千人のみで、燕の司馬(将軍)を(とりこ)にし、千里の齊を呼び戻したのです、それは安平君の功だったのです。

 是の時にです、城陽を捨てて自ら王となっても、天下はその行いを止めることはできなかった、そうであるのに物事を道に計り、物事を義に帰し、その不可をおもい、そのゆえに棧道(さんどう)をかけ木閣(ぼくかく)を作って王と后を城陽の山中から迎えたために、王はそこでかえることができ、子孫は百姓(国民)にのぞむことができたのです。

 今、国はすでに定まり、民はすでに安んじ、王はそのために『單』と呼び捨てになされます。嬰兒(あかご)(かんがえ)でもこのようなことをなすでしょうか。

 王よすみやかにこれらの九子を殺して安平君に謝罪されるべきです、そうでなければ、国が危ういでしょう!」

 そこで王は九子を殺してその家を逐い、安平君の封をますのに(えき)(えき)ともいう)邑の万戶をあてられたのです。
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