第1話

文字数 2,000文字

 売れっ子女優の私が「魔女」のアートメイクとコスプレで、浦安くんだりまで来た訳。
 それには「年下彼氏」の中浜健星(なかはまけんせい)が大いに関わっている。

 まぁ、その話は追々するとして、今回健星から誘われた時には、この齢で「鼠の海」なんてどうよぉ、と、思っていた昨日迄の私。

 でも~、やっぱココは愉しい。 

 何と言っても30を前にした、否、既に30を過ぎた女優の私が、離婚会見直後に「鼠の海」とかのテーマパークではしゃいでる姿は、傍目からするとかなり可哀想。
 それは私が下衆不倫した男の元妻だからだ。

 傷心のせいね、存分に愉しんで、とか。
 愉しんでるように見えて、独りで耐えてるのね、とかである。 
 私を見た人から同情票が集まる事は必至。
 とは言えそれは私が独りの場合に限る。

 しかーし、である。

 今日は健星同伴なのだ。
 もし離婚会見直後に、健星と一緒にカップルで「鼠の海」を愉しんでたらどうよ。
 私はそれこそこのアートメイクとコスプレを通り越して、本物の「魔女」にされてしまう。

 しかーし、である。

 このアートメイクとコスプレのお蔭で、そんな事を心配する必要が全く無い。
 健星の奴上手く考えてくれたものだ。
 彼曰く、「アートメイクしてキャラクターになった上で『鼠の海』に行けば、単なるコスプレーヤーにしか見えない。
 しかもマスク着けるんだから、誰も芸能人だなんて思わない」、と。
 私と健星の2人に馴染みの有るメイクさんが居て、彼女は副業でアートメイクをしていた。
 そしてそのメイクさんの口の固さは、先輩女優からの折り紙付きなのだ。
 私の慕う先輩女優が不倫を隠しおおせたのも、彼女が黙っていてくれたお陰なのだから。
 その彼女に今日のアートメイク代も含め、たっぷりと口止め料を渡してあるのだ。
 安心、安心。

 何つっても、安心しか勝たん!

 あっ、いかん、いかん。
 若い男と一緒に居ると、ついつい喋り方が似て来る。
 最早三十路の私なのである。
 気を付けねば。
  
 それにしても誰一人として、私の事を北条利帆(ほうじょうりほ)だと気付かないのだから、アートメイクは凄い。
 しかも芸能人ならずとも国民皆マスクの今。
 完全に「鼠の海」に溶け込んでいる私。
 それが故に今日は一緒に写真を撮って欲しいと言われる事が有っても、サインをせがまれる事は一切無いのだ。
 つまりそれは周囲の人が私を一般のコスプレイヤーとしてしか見ていない、と、言う事の証であり、誰一人として私が北条利帆だと気付いていない事の証でもあるのだ。

 うーん、それって最高!

 何と言っても慰謝料の額が未確定の今、絶対に健星との事が世間にバレてはいけない。
 しかし誓って言うが、健星との事は私の元旦那の下衆不倫が発覚した後なのだ。
 幸か不幸か元旦那との間に子供は居ない。
 だから寂しさの余りと言うか、不可抗力と言うか、酔った勢いと言うか。

 まぁ、兎に角俳優の元旦那の下衆不倫が先。

 下衆不倫された可哀想な妻の私。
 巷でそんなイメージが先行している今、私には女優業を遣って行く上で、この上無い追い風が吹いているのである。
 従って健星との事はトップシークレット。
 また、「北条利帆年下彼氏中浜健星と熱愛」、等の記事が週刊誌や芸能ネットニュースに掲載される事が絶対に有ってはならない。
 夢々慰謝料を放棄してしまうような愚を犯してはいけないのである。

 と、脳裏に慰謝料の額が渦巻く中、この「鼠の海」の噴水前と言う超公の場で、海賊船の舟長に化けた健星と熱烈キス中の私。

 も~う、最高!

 と、そこへ、急を告げる館内アナウンス。

「お客様に緊急連絡です。
 只今『鼠の海』にテロ予告があり、警察当局の緊急捜査が開始されました。
 今の処被害は確認されておりませんが、お客様にはその場に留まり、身分の確認等当局の指示に従って戴くようお願い致します」

 うっそ~ん!

 私は健星と2人思わず奇声を上げた。
 
 直後健星が私に言った。
「この場で警察にメイク取れって言われたらどうする?
 バレちゃうよぉ。
 それと慰謝料も~」  

 半泣きの健星に押し被せた私。
「この際慰謝料なんてどうでもいいから!」

 そう言ったのは、「それ以上にバレてはいけないモノ」が私には有ったからだ。
 直後私は健星の背中に隠れ、「それ以上にバレてはいけないモノ」をバッグの中から取り出し、噴水の中に投げ入れた。

 やがて男性捜査官に促されメークを取ると、私と健星に気付いた周りの人達にスマホで写真を撮りまくられた。
 その刹那慰謝料が羽を生やして飛んで行くのを見た私。
 とは言うもののもう1人の女性捜査官の次の言葉で、「それ以上にバレてはいけないモノ」だけは隠しおおせた事を知った。
 
 やがて噴水の中からそれを拾い上げた女性捜査官が言い放った。
「これ~、テロには関係ないですね。
 蜂蜜ミルクって言うBL漫画雑誌ですから」
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