死ねば本望。
文字数 725文字
浴槽の底は思ったよりも透明で、温かく、私を包み込んでくれた。
素肌にあたるお湯がどんどん張り詰め、責め立てていく。
神経が敏感になっていく。浮力に逆らい、沈んでゆく。
――精一杯の空気を吐き出すと、思わず手足がバタついた。
目を見開き、水の中から天井を見上げる。
どうして電気が付いているのだろう――馬鹿だなぁ、私。
どうして、これから死ぬのに。
息を止め、ゆっくり意識を殺していく。
解放感なんて感じなかった。ただ、絶望だけに包まれていた。
固い水底に背中を預けながら目を閉じていく。
母親なんか、友達なんか、彼氏なんか――。
みんな私には要らなかった。不必要だったんだ。
みんな私が要らなかった。そこに居ても邪魔だろう。
死んでしまえば、それでいい。
全て――丸く収まるじゃないか。
◇ ◇ ◇
体温は、確かにそこに残されていた。
切りたくても、切り離せない――肉体。
右袖を見るとパジャマを着せられていた。新しく買ったばかりの花柄だ。
部屋は暗く、物音一つ聞こえない。
窓から覗く月夜なんて慰めにもならない。朝でさえ億劫なのに。
死にたくなるほど味わった、孤独が重く私にのしかかる。
ダブルサイズの柔らかいベッドに横たわり、誰かが泣いていた。
――隣には、誰も居ないのに。
耳障りな金切り声で、衝動的に叫んでいた。
それから、声にならない慟哭が何度も続いた。
――いつもそうだ。
あの人は、いつも傍に居ないくせに。私が死にたいときだけ現れる。
許せなかった。――仕事ばかりで娘を置き去りにする母が。
だから……私は何度でも、死んでやる。
死ぬまで――死に続けるのだ。