真夏の夜の夢

文字数 1,858文字

急に思い立って早めの断捨離のために片づけをしていたら、昔の日記が出てきた。
すっかりその存在を忘れていたけど、こういうものを見つけたら作業を中断して読むしかない。
日記には大学入学から社会人になって結婚するまでの期間の出来事がつづられている。

パラパラと流し読みをしていたら、1980年の8/7(木)のところで目が留まった。今から40年以上前だ。
当時私は社会人2年目で愛知県の実家を離れ、東京で働いていた。
その時は夏休みをとって、8/3~8/7まで大学のクラブの後輩達と岐阜県の飛騨川の上流でキャンプをしながらラフティングをしていた。

今でもよく覚えているが、飛騨川は結構な激流で毎日へとへとになったけれど、幸いにもずっと天気が良かった。
雨の心配がなかったので夜は河原にテントを張らず、満天の星を眺めて地球が丸いことを実感しながら雑魚寝した。
また、無人駅に泊まったときにはセミの羽化をリアルタイムで見ながら夜食のインスタントラーメンと桃の缶詰を皆で分け合っていた。

私は休暇の制約上、8/7の昼頃に後輩たちと別れて実家に向かった。
一泊して翌日の金曜日に東京に戻る予定にしていた。
本当は金曜日も休暇だったけれど、午後から会社に行って休み中の仕事の整理をしようと思っていたと書いてある。
この辺は今と時代が違うなあと思う。

夜の9時近くに実家のある駅に到着。
荷物を載せた重いバックパックを背負い、ウォークマンで高中正義の「Blue Lagoon」を聞きながら改札口に向かっていた時、偶然小学校の同級生の由美と再会した。

小学校3年生の時、私の一家は名古屋郊外の新興住宅地に引越したが、引越し先の小学校の同じクラスに彼女がいて、互いの家もすぐ近くだった。
彼女は明るく活発で可愛い顔立ちをしており、とても男子に人気があった。
勿論私も彼女の事を「いいなぁ。」と思っていたが、どうやら片思いであったようだ。
ただ、6年生の時2人とも放送委員を担当したので、昼休みの全校放送のために週に2回くらい、
給食を職員室に隣接した放送室で食べることになった。
放送室は遮音のために隔離された部屋になっていて、2人きりになる。
残念ながら劇的な出来事は何も起こらなかったが、いろいろ会話が弾みとても楽しい時間であった。

中学から通う学校が違ったし、私は大学から東京に行ったので小学校を卒業してから彼女とちゃんと話すことはなかった。
中学・高校の時、彼女の家の前を通りかかった際に、偶然彼女が自分の部屋の窓を開けて眼があって小さくあいさつするようなことが数回あっただけ。
でも、そのたびに「やっぱり、いいなぁ。」と思っていた。
家は近いけれどとても遠い関係。

駅の改札を出て私が「久しぶり。」と言うと、「日焼けで顔マックロ!」と笑われた。
ラフティングをしていたことに加えて、「顔だけじゃなくて全身マックロだよ。それに近寄ると汗臭いよ。」と言ったら、まぶしいくらいの笑顔を見せてくれた。

彼女は家から駅まで自転車で通っているとのこと。
「遅くなるよ。」と私は自転車に乗るよう促したが、「久しぶりだから。」と言って自転車を押しながら歩いて一緒に帰ってくれた。
互いの近況を伝え合う。
彼女は短大を卒業後、大手商社の名古屋支店に勤めており、今日は残業で遅くなり夕食もまだとのこと。
忙しくてボーイフレンドもできないとこぼす。
当たり前だがすっかり大人の女性になっていた。
ショートヘアが似合う横顔が月の光に映える。
ボーイフレンドがいないなんて信じられなかった。

「いつまでこっちにいるの?」と尋ねられて、「明日東京に戻らないと。」と返事をしたら、
「忙しいね。 すっかり東京の人になっちゃったね。」と言われた。
もっと話をしたかったので、「明日、空いてたら夕食を一緒に食べないか?」と
予定変更して誘おうかと一瞬考えた。また、何故かなんとなくOKしてくれそうな予感もした。

しかし、結局、当たり障りのない話題で終始し、そのまま彼女の家の前で別れた。

意気地がなかったなあ。とつくづく思う。
その後は由美とは会っていない。
この時からしばらくして私の両親が再度引越したので、小学校のあった街に戻ることがなくなったことが大きい。

日記を読み返してみるとラフティングツアーのことや由美との偶然の再会が、遠い真夏の夜の美しい夢のような出来事に感じられる。
この日記の最後には「駅から家までたかだか15分程度の出来事だったけれど、小学校の放送室での楽しい時間が甦った。」と負け惜しみ的な文章があって、思わず苦笑いしてしまった。

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