第2話

文字数 1,702文字

 いよいよキャンプ当日。この日は曇り空だった。
 雨の予報は無く雨具の心配は無かったが、宮本は念のためにレインコートを準備した。リュックに昼食用のコンビニで買ったサンドイッチの他に大量のミネラルウォーターと除菌シート、トイレットペーパー、それに虫よけスプレーと多めの着替えを詰め込み、電車を乗り継いで御崎岳のふもとにある登山口にやって来た。
 御崎岳は地元では人気の登山スポットだった。難易度もビギナー向けに分類されていて、サマーバケーションのシーズンであることも重なり、登山口へ向かう姿も大勢いた。家族連れやカップル、十人を越える団体や高齢の夫婦らしき人影もある。
 宮本は真夏にも関わらず白いマスクを装着し、長袖のシャツに厚手のジーンズ。山高帽を目深に被って、軍手もしっかり装着していた。周りの登山者たちから白い目で見られるは覚悟の上だったが、それでも視線が気になり、抗菌タオルで顔を隠しつつ先を急いだ。

 午前十時二十三分。宮本はようやく登山口にたどり着いた。
 約束の時間より少し早かったが、伊丹とその彼女、そして西村かなえの三人はすでに到着していた。宮本以外はみな軽装で、宮本の格好を見るなり失笑の嵐となった。
 キャンプといっても実際にテントを張るわけではなく、貸し切りのバンガローだ。当初のプランでは伊丹はテントを熱望していたが、参加する条件として、宮本がどうしてもバンガローにして欲しいと譲らなかったためだ。
 だが、バンガローにシャワー施設は無い事を聞いた時、宮本は不安になった。それでもテントに泊まる事を考えればまだマシであると思い直すことにした。
 バーベキュー用の食材は管理人が夕方届けに来ることになっているので、必要なのは昼食用の弁当と途中のドリンクくらい。キャンプというよりむしろハイキングと言ってもいいくらいだ。宮本はそれを承知していたが、他人が見れば過剰とも思える荷物を減らすことはどうしてもできなかった。
 伊丹はタンクトップに半ズボン、派手な白ぶちサングラスを頭にのせ、薄い緑のナップサックを背負っている。普段からジムで鍛えていると自慢しているだけあって、タンクトップから覗く筋肉はなかなか隆盛だ。
 伊丹は隣に立つ茶髪の女性を紹介した。彼女の名は真壁明菜。昨年、偶然バーで知り合ったと聞かされていたが、きっと伊丹がナンパしたのであろうと宮本は踏んでいる。
 明菜は紺色のショートパンツにドット柄のライトブルーのTシャツと、まるで原宿へショッピングにでも出かける様な恰好で、青みがかった厚底のブーツ。彼女は手ぶらで特に荷物が見えないことから、弁当や着替えなどは伊丹のナップサックに一緒に入っていると思われた。活動的な印象の日焼けした小麦色の肌をしており、体育会系の伊丹にはお似合いに見える。
 肝心の西村かなえはというと、小さめの麦わら帽子に半袖の白いブラウス、デニムのパンツに黒スニーカーだ。彼女はパンパンに膨らんだ小ぶりのリュックサックを軽々と担いでいる。意外と体力がありそうで、頼もしくもあった。
 一人だけ重装備の宮本は出発前から既に息を切らしていたが、西村かなえの手前、何でもないそぶりを装う。

「行くぞー! 出発!!」
 伊丹の掛け声で登山が始まると、宮本はすでに身体中の汗で気持ち悪くなっており、今すぐにでもシャワーを浴びたて仕方がなかった。だが、そういうわけにもいかず、軍手を外してリュックへと戻す。

 四人は二人組に別れ、前方にいる伊丹は真壁明菜と、その後ろに宮本は西村かなえと一緒に歩く。
 初めて西村かなえと二人きりなり、宮本は緊張のあまり声がでない。一方、西村かなえはというと、呑気に世間話を繰り出してきた。
 相槌ばかりの宮本に西村かなえは飽きることなく、会社での噂話や、芸能ゴシップを嬉々として語る。誰と誰が付き合っているだとか、タレントの段田フミヒロの家が火事になったとか、アイドルの佐倉伊織の大食いが凄いだとか……。

 曇り空であることが幸いし、日差しは程よく快適で、この時期にしては比較的涼しい風が宮本の頬を撫でる。お陰でこれ以上余計な汗を掻かなくて済みそうだと安堵した。
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