第2話 感知
文字数 1,550文字
「これはアーチファクトだな。こっちは規則正しいコサインカーブ。今日も面白いものはなさそうだな。んーっ」
山本はひとり、そう呟いてモニターから目を離した。椅子から立ち上がって大きく伸びをする。勤務時間中同じ姿勢でモニターを眺め続ける山本は、この時間が好きだ。こうやって体を伸ばすことで仕事モードをオフし、家庭モードにスイッチすることができるのだ。
ネットニュースをいくつか確認し、もう一度仕事用の画面に切り替える。よし、終了、と思った山本の目の前に、見慣れない波が飛び込んできた。
「えっ、なんだよ、これ……」
交代直前の出来事であり、これは夜勤の若杉に任せればよい。よいのだが、これは変だ。緊急事態かもしれない。そうなると人数が手薄な夜勤、しかもまだ経験の浅い若杉に任せるのは心許ない。いや、夜中に自分が呼び出しを受ける可能性だってある。それよりも一体これは何だ? 純粋に興味がある。
そうこうしていると夜勤の連中が観測室に入ってきた。もちろん若杉の姿もあったが、今夜のリーダーである森に話しておいた方がよい。
「お疲れ様です。森主任、ちょっと」
そう言って山本はモニターの前に森を呼んだ。
「これなんですけど、今まで見たことのないような乱れが、小さいんですが、急に入りまして」
「あっ、これは……」
森はアメリカで学位をとり、そのままアメリカで実務を経験した。その森に心当たりがあるようだ。
「山本さん、これは軌道が安定しない物体が近づいてきている波形だと思います。大きさは確かに、大したことはないですが」
「軌道が不安定、ということは、人為的な動きということですか?」
「人為的でも、力学的には安定した軌道を描くように操作しますけどね。逆によほどの技術ということになりますよね」
「なるほど」
「そうすると形や大きさを変えながら近づいている隕石だとか、そういうものかもしれないですね」
「それだったら、光学望遠鏡や衛星の方で既に捉えていませんかね?」
「でもそれは、情報としては入っていないですね」森は別の画面を確認しながら言う。
「もちろん、人工衛星や宇宙船については確認しました。この方角にはいません」
山本がそう答えた時には、若杉を含めた夜勤の観測員たちが周りを囲んでいた。
「山本さん、こんなの初めてですね。俺、ワクワクします」
無邪気に言う若杉に、山本は少しいらだちを覚えた。
「いや、確かにそれもあるけれど、これは一大事かもしれないんだぜ。緊張感を持とう」
自分自身を落ち着かせる意味も込めながら、山本は若杉に言う。
その後、世界各地の観測所から不思議な電波を観測している旨の報告が飛び込んできた。日本の観測所はどうか? と問い合わせがあり、山本は急いで報告をまとめ、メールに流した。
一時間ほどが過ぎ、滝山所長が観測室に入ってきた。所長が夜勤帯にやってくることなど、極めて珍しい。
「君たち、これは緊急事態だ。知っての通り、何かがこの地球に近付いている。隕石ではなさそうだ。ということは、私たちがずっと、心のどこかで探していた異星人ということも有り得る。この件の、当観測所からの速報が遅れていたようだが……」
滝山所長は緊急事態といいながら、山本の報告が他の観測所よりも遅くなったことを非難している。山本はそう感じ、反省しつつも謝らないことにした。何しろこちらは交代の時間だったのだ。時差によって各地の対応が異なるのは仕方がないだろう。そうした事態も見こした上で、世界中で観測を行っているのだ。
数時間観測を続けたところ、赤道上の波形が変化した。動きが止まったらしい。地表から約十万キロメートル。月よりも近く、静止衛星よりも遠いところ。そこに何かがある。隕石であれば、同じ速度でまっすぐ地球に向かってくるはずだ。
山本はひとり、そう呟いてモニターから目を離した。椅子から立ち上がって大きく伸びをする。勤務時間中同じ姿勢でモニターを眺め続ける山本は、この時間が好きだ。こうやって体を伸ばすことで仕事モードをオフし、家庭モードにスイッチすることができるのだ。
ネットニュースをいくつか確認し、もう一度仕事用の画面に切り替える。よし、終了、と思った山本の目の前に、見慣れない波が飛び込んできた。
「えっ、なんだよ、これ……」
交代直前の出来事であり、これは夜勤の若杉に任せればよい。よいのだが、これは変だ。緊急事態かもしれない。そうなると人数が手薄な夜勤、しかもまだ経験の浅い若杉に任せるのは心許ない。いや、夜中に自分が呼び出しを受ける可能性だってある。それよりも一体これは何だ? 純粋に興味がある。
そうこうしていると夜勤の連中が観測室に入ってきた。もちろん若杉の姿もあったが、今夜のリーダーである森に話しておいた方がよい。
「お疲れ様です。森主任、ちょっと」
そう言って山本はモニターの前に森を呼んだ。
「これなんですけど、今まで見たことのないような乱れが、小さいんですが、急に入りまして」
「あっ、これは……」
森はアメリカで学位をとり、そのままアメリカで実務を経験した。その森に心当たりがあるようだ。
「山本さん、これは軌道が安定しない物体が近づいてきている波形だと思います。大きさは確かに、大したことはないですが」
「軌道が不安定、ということは、人為的な動きということですか?」
「人為的でも、力学的には安定した軌道を描くように操作しますけどね。逆によほどの技術ということになりますよね」
「なるほど」
「そうすると形や大きさを変えながら近づいている隕石だとか、そういうものかもしれないですね」
「それだったら、光学望遠鏡や衛星の方で既に捉えていませんかね?」
「でもそれは、情報としては入っていないですね」森は別の画面を確認しながら言う。
「もちろん、人工衛星や宇宙船については確認しました。この方角にはいません」
山本がそう答えた時には、若杉を含めた夜勤の観測員たちが周りを囲んでいた。
「山本さん、こんなの初めてですね。俺、ワクワクします」
無邪気に言う若杉に、山本は少しいらだちを覚えた。
「いや、確かにそれもあるけれど、これは一大事かもしれないんだぜ。緊張感を持とう」
自分自身を落ち着かせる意味も込めながら、山本は若杉に言う。
その後、世界各地の観測所から不思議な電波を観測している旨の報告が飛び込んできた。日本の観測所はどうか? と問い合わせがあり、山本は急いで報告をまとめ、メールに流した。
一時間ほどが過ぎ、滝山所長が観測室に入ってきた。所長が夜勤帯にやってくることなど、極めて珍しい。
「君たち、これは緊急事態だ。知っての通り、何かがこの地球に近付いている。隕石ではなさそうだ。ということは、私たちがずっと、心のどこかで探していた異星人ということも有り得る。この件の、当観測所からの速報が遅れていたようだが……」
滝山所長は緊急事態といいながら、山本の報告が他の観測所よりも遅くなったことを非難している。山本はそう感じ、反省しつつも謝らないことにした。何しろこちらは交代の時間だったのだ。時差によって各地の対応が異なるのは仕方がないだろう。そうした事態も見こした上で、世界中で観測を行っているのだ。
数時間観測を続けたところ、赤道上の波形が変化した。動きが止まったらしい。地表から約十万キロメートル。月よりも近く、静止衛星よりも遠いところ。そこに何かがある。隕石であれば、同じ速度でまっすぐ地球に向かってくるはずだ。