第2話 -1-

文字数 657文字

『はーい、本日も始まりました。土野小波のツチノコにょっき☆にょき。皆さん、お元気ですか。土野小波です。それではオープニングナンバーです。わたくし土野小波で【マボロシクリーチャー】』
 キーボードを小気味よくたたいていた仁志は「……違う」とつぶやいた。周りのスタッフもヘッドフォンを着用し、それぞれの音声に没頭しているので気がつかない。
 ペンタゴン煎餅をかじっていた上原だけが、そのつぶやきを拾い、仁志を訝しむ。
 仁志のタイピングは速い。無駄なく正確に大きな音を立てることなく……が、常だったのだが、今日ばかりは「違う、違う、違う!」というつぶやきが叫びになるのと同様に、タイピング音も激しさを増していった。さすがにスタッフたちも、なんだなんだという表情で仁志を窺う。
「仁志! やめなさいっ! キーボードが壊れるっ!」
 仁志の様子というより備品を心配する上原は声を荒げた。それでも止まらない仁志のヘッドフォンを、奥村は背後から無理やりひったくった。
「なにをする!」
「そりゃ、こっちの台詞だっつーの! なに興奮してんだよ。推しアイドルのラジオ音声担当して舞いあがるのはわかるけどさ」
「俺はドルオタじゃない!」
「わかったわかった。じゃあなんで乱れてんだよ。いっつもクール属性なくせに」
 ぐっと黙りこんだ仁志を見かねて、上原が「応接室行こっか」とうながす。あまり騒ぎたてては、ほかのスタッフの作業効率も落ちると踏んだのだろう。
 やれやれと腰を落ちつけようとした奥村だったが、上原に「来い」と短く命じられて断るすべはなかった。
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