第13話 内部告発者――芝 虹太 7

文字数 6,427文字

 虹太は鍵束から適切な鍵を選び出すと、弓道場に入り道具倉庫の鍵を開けた。弓道部の荷物置き場に使われている棚から、自分の弓懸(ゆがけ)の入った布袋を出した。
 次は弓を選ぶ。使い慣れた並弓の十五キロを選んだ。矢筒に六本のカーボン矢を詰めて肩に背負った。全長二メートルを超える和弓を持ってきた虹太を見て、入り口で待っていたリルハが驚きの声をあげた。
「何が始まるの?」
「後で説明する。拳銃じゃできないこともあるんだ」
「シバっちゃん、弓矢なんて使えるの?」
「言ってなかったっけ? 俺、弓道部の副部長なんだけど」
「知らないよ、そんなの」
「だと思ってた」
 素人じゃないから大丈夫、俺結構当たるから、と楽しげに言った。弓はむき出しのまま矢筒についた紐で背中に固定した。
「今から地下にもぐる」
「どこから?」
「監視施設はもう潜りこめないだろうしな。ゴミの焼却施設に行ってみよう。火力発電所と、ケーブルからの配電所はつながってるはずなんだ」
 二人が目指したのは、島の西の端に見える四角い煙突だった。島のゴミを一手に引き受けるゴミ処理施設だ。近づいていくと、外部の道路から直接ゴミ収集車を乗り入れるプラットホームが見えた。入り口には臭気防ぐエアカーテンの吹き出し口が見える。
「あそこから入るの?」
 リルハが心配そうに問う。
「冗談だろ? 俺たちはゴミじゃないんだから」
 コンクリートでかためられた巨大な建物の周りを二人はまわりこんでいった。
「発電機は地下にある。蒸気復水器周辺からもぐるのがはやそうだ」
 虹太は大きな建屋から離れて、雑草の生える広大な敷地内を進んでいった。やがて、ねこじゃらしのおいしげる中に、三角屋根の背の低い建物が見えてきた。
「あれなに?」
「たぶん、あれが復水器。地上に見えてるのは上辺の部分だけだ。あの周辺に、技術者が地下にもぐるための階段があるはずなんだ」
 二人は下を見ながら周辺を歩いた。雑草の無い場所はすぐに見つかった。地面にうめこまれた一メートル四方の灰色の蓋をみつけた。虹太は一箇所ついていたくぼみに指を入れて、取っ手を引き上げようとした。
 開かない。力を入れてもびくともしない。虹太は今度は、扉をノックするように軽くたたいた。コーン、コーン、と内部の広い空間に音が響くのが聞こえた。少しずつ場所をずらして、たたいていく。ある場所までさしかかると、こん、と急に響かなくなった。確かめるように何度か同じ場所をたたく。
「ここに錠がある」
 確信した。
「また撃つの?」
「正解」
 パーカーのポケットから拳銃を取りだすと、マガジンをはずして入れ替えた。
「フルメタルジャケットじゃ中まで撃ち抜いちまう。内部に高圧蒸気を通すパイプがあるんだ。危険過ぎる。ここからはナローポイント弾を使う。破片が飛び散りやすいから、ほら」
 虹太は自分の眼鏡をはずした。
「お前はこれで、目を守れ」
 リルハは差し出されたスクエアフレームの眼鏡を、おそるおそるかけてみた。顔にサイズが合わず、つるの部分を自分で支えている。
「シバっちゃん、これって……」
「うん、伊達眼鏡だ。度は入ってないから眩暈がしたりはしないだろ」
「じゃ、今までなんでかけてたの? 変装?」
「護身用だ。ガンファイト用のゴーグルと同じ素材のレンズが入ってる」
「これ私がかけたら、シバっちゃんはどうするの?」
「野暮なこときくなよ。未来のアイドルが目もとに傷なんか作れないだろ」
 笑いながら言ったはずなのに、リルハは顔に合わない眼鏡をかけたまま怒ったような顔をしている。
 ――いっつも偉そうに。
 ――カッコつけちゃって。
 そんな揶揄する言葉が返ってくると思っていた虹太は、思わず黙った。
「……ごめんね」
「何?」
 急に思いつめた声を出したリルハに戸惑う。
「私、何にも力になれなくてごめんね」
「もう、力になってくれただろ」
 シリアスな空気に耐えられなくなって、視線を逃がした。
「違うよ。あそこでやっぱり遥馬の言うこときいてたら……」
「もうやめろ、そんな話」
 思ったよりもきつい口調になった。叱責するような言葉に、リルハははっと身を縮めた。虹太は自分の不器用さにうんざりする。
「俺はなんにも後悔してないよ。むしろ、感謝してるんだ。今だって、リルハがいてくれるから、俺は慎重に行動できる。一人じゃなくてよかったって、本当にそう思ってる」
「……私みたいな足手まといでも?」
「俺が、何をしようとしてたのか、何と戦ってたのか、それを知っててくれるだけで充分だ」
 虹太はもう一度リルハの顔を見た。
 ――もう俺たちは戦友だろ?
 眼鏡がなくなった顔で微笑むのは、なんだか今までより無防備な感じがした。リルハがうなずく。
 虹太は、跳弾から守れるよう自分の後ろにリルハをかばって拳銃を構えた。
 二回の銃声。内部で大きな金属音がした。錠が壊れたのだろう。虹太は蓋の取っ手に指を通した。メンテナンス用トンネルの四角いハッチが開いた。
 暗いトンネルが口を開けた。一メートル四方の穴にコの字型の金具が等間隔で埋め込まれている。これを足場にしてはしごのように下りるのだ。
「身軽になって両手を開けろ。いらない荷物は置いていくぞ」
 リルハは鞄の中から重勉強道具を出して、雑草の上に置いた。ジッパーを締めて、リュックサックのように背負う。
 虹太は自分の鞄についたキーホルダーの中からLEDライトの非常灯をはずした。点灯して自分の腰のベルトにぶらさげた。リルハと同じように鞄の持ち手に両腕を通して、もう一度、弓を背負いなおした。
「行こう」
 自分が先になって下り始めた。
「ねえ、どのくらい深いの?」
 リルハの声に下の方をライトで照らしてみた。一メートル四方の狭い穴になっているのは、出入り口付近だけのようで二、三メートル下は広くなっていた。上からでは、左右の様子はよくわからなかったが、ライトで照らすと縦ににあいた穴の入り口から一番下の床までは、二十メートルほどはありそうだった。落ちたらひとたまりもない。予測はしていたが、やはり自分の足の下の巨大な空間を目の当たりにすると足がすくんだ。
「リルハ、自分の手元と足元だけ見てろよ。下は見るな」
「怖いの? 怖いんだ?」
 脅える声がトンネルに反響した。身も蓋もないこと言うなよ、と内心でつっこみを入れながら、虹太はゆっくり降りていった。
「あ、絶対、絶対に上見ないでよ」
 言いながら後ろ向きになり、リルハもはしごを下り始める。
「暗くてどうせなんにも見えやしねえよ」
 そうは言ったものの頭の少し上でひらひらするものの存在は、冷静なはずの虹太の心を不定期にざわめかせてどうにも落ち着かなかった。
 なんとか開けているところまで着いた。もう一度ライトで周囲を照らす。横壁に両腕で抱えられそうな銀色のパイプが走っているのが見えた。虹太は頭上のリルハに声をかけた。
「わかんないけど、あれ、高圧蒸気が通ってるかもしれない。断熱材でくるまれてるけど、危険なことには変わりない。絶対触るなよ」
「うん、わかった」
 リルハは従順に答えた。パイプの走る先をライトでたどると、大型ワゴン車くらいの箱型の装置が見える。くすんだ緑色の筐体に黒字で「蒸気タービン」とわかりやすくペイントされていた。丸い計器と手回し式のバルブが装飾品のように華やかにくっついている。
「あそこから出ているケーブルを追っていこう。配電盤に行き着いたら、本土からのケーブルもみつかるはずだ」
 声をかけると頭上から、見えないよー、と叫ぶ声がわんわんとこだました。
「ゆっくり確実に下りてこい」
 壁にそって金具の連なりをつたい下り続けた。途中で照明のスイッチを見つけ、明りを灯す。はるか高い所にある天井のハロゲン灯がぼうっとオレンジ色に灯り、だんだんを視界を白く明るくしていった。
 全体を見回すと、学校の体育館ほどの広さがあった。
 地上に三角屋根が見えていた蒸気腹水器の地下の部分が見えていた。二人はコンクリートむきだしの床の上におり立った。大きな装置の間をそろりそろりと歩く。キューブ型の復水タンクは、マンションの貯水槽のようだった。ミキサー車のような太さがある蒸気溜めパイプの脇を通り過ぎる。じりじりと周囲に漏れる熱に、虹太はじっとりと背中が濡れてくるのを感じた。綿状の断熱材でくるまれた銀色のパイプをたどって行くと、人が通り抜けられるくらいの出入り口につながっていた。扉はついていない。
 次の部屋に進み、虹太は、ほう、と息をついた。部屋の中心にあるものは、二階建てのアパートくらいの大きさがある装置だった。装置の外側に黄色く塗られた足場と階段がついている。それもちょうど安アパートの外付け階段のように見えた。
「なんだこれ……これが配電装置なのか?」
 リルハが、不思議そうに虹太の顔をみつめた。
「知らないの? シバっちゃんも知らないの?」
「いや、その」
(配電装置にしては大きすぎる)
 予想を大きく上回る大きさだ。虹太の中で、タブレットの情報と現実が微妙に噛み合っていない気がしていた。
(そんなはずはない)
 焦る気持ちをおさえつける。自分の知識が足りないだけ。これがきっと配電装置なのだ。本土からひいた電気ケーブルからの電気。そしてゴミの焼却による火力の利用で作りだされた電気。それらをうまくコントロールしてこの大きな島の生活を支えるには、きっとこれだけの蓄電池と配電装置が必要なのだ。
 そう、納得しようとしていた。
 虹太は自分に向けられた紅茶色の大きな瞳を見る。リルハを不安にさせたくない。
「いや……なんか、想像以上のデカさだから、ちょっとびっくりした」
「設計図見たんでしょ」
「うん……」
 歯切れが悪くなる。うっすらと何か心に浮かんできそうな、それでいていてそれがなんなのかはっきりとしないもどかしい感じがした。
 虹太はポケットからタブレットを取り出した。手のひらに嫌な汗をかいていた。汗でぬめる手をズボンで乱暴にぬぐう。自分は重要な何かを見落としているのではないだろうか。なんでも知っているようで、一番大切な情報を手にしていないのではないだろうか。
 設計図のデータのソースを確かめる。作成者は神田造船。日本企業だ。責任者には神田菜月、とある。女性だろうか。
(日本企業?)
 トゥエルブ・ファクトリーズ傘下の外国籍企業ではない。
 神田造船にメガフロートの設計と建設を依頼したのは、トゥエルブ・ファクトリーズではなくプラチナベビーズの人権擁護団体のほうなのだろうか。
 プラチナベビーズの人権擁護団体を構成しているのは、プラチナベビーズの実父である霜月耕三を中心とする支援者たちだ。プラチナベビーズが普通の子供たちと同じように社会の中で生きていくことを切望した人たちだ。
 虹太は考えた。もし彼らが自分のように、トゥエルブ・ファクトリーズのもくろみに気がついていたらどうだろう。救いの神に見えた出資者の、本当の目的に気がついていたら。この実験島で兵器開発の実験が行われ、プラチナベビーズが、その特異な性質のために仮想敵として利用されること知っていたら。彼らはそれを黙って見ているだろうか。
(黙っているはずはない)
 いざという時のために、プラチナベビーズの逃げ道を用意するのではないだろうか。
 本土まで電気ケーブルがつながっていて、人が通り抜けられる海底トンネルが存在することを、神田造船は幹部だけのトップシークレットとして伝えた。
 しかし、この極秘ルートはプラチナベビーズの最後の生命線として、彼らが用意したものではないのだろうか。だとすれば、このルートの存在は何らかの方法で緊急時にプラチナベビーズに発見されるしかけがあるはずだ。
 虹太は二階建てのアパートに相当する大きさの機体をまじまじと眺めた。地下に用意されたこれはなんなのだろう。配電装置以外の機能があるのだろうか。近づいてみたいが怖い気がした。自分たちはプラチナベビーズではない。招かれざる客だ。
「シバっちゃん、あっちじゃない?」
 急に腕をとられて、あやうくタブレットを落としそうになった。
 直径二、三センチはある黒いケーブルが数十本束ねられて、さらに奥に伸びている。ケーブルを追っていくなら、単純にこれをたどって行けばいいのだろう。
 虹太とリルハは、巨大な配電装置をまわりこんで裏側へ向かった。天井から吊るされたケーブルの束は、黒い蛇のようにうねって続いている。
 虹太の腕にはもうなんの遠慮もなくリルハの手がかかり、肘のあたりの袖をぎゅっとつかんでいた。
 配電装置の隣を通り過ぎながら、虹太はタブレットのカメラを起動させ建物のような装置を撮影した。一枚に収めることはできず何枚かに分けて撮影した。後であの装置について真相がわかるかもしれない。
 リルハが立ちどまった。虹太もあわてて歩みをとめた。コンクリートの柱が並ぶ先に一箇所、壁を堀ったような部屋が見えた。全体から見ると小さな窪みのような部屋だ。小さい、というのは今いる巨室にくらべてということで、近づけばたぶん四畳半くらいの広さはあるだろう。
 部屋のつきあたりに銀色に光る鉄扉が見える。映画やドラマに出てくる銀行の地下金庫によく似た、電子錠のついた鉄の扉だった。たどってきたケーブルはこの部屋の真上で壁の中に潜っている。
(ここか)
 この先に本土へと続く海中トンネルがあるはずだ。
 虹太は注意深くこの部屋の周辺を探った。あちこち点検して、やがて立ちつくしているリルハをふりかえった。
「リルハ、ここで一回休憩にしよう」
 虹太は矢筒のひもを解いて背中から弓をおろした。近くの柱に立てかける。次に鞄を背中からおろし、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
 飲むか? とリルハに差し出すと、同じように鞄をおろしたリルハは首を振って自分のバッグから飲みかけのミルクティーを出した。二人はそれぞれ鞄の上に腰かけた。長い間はしごをおりてきた足が、気が抜けたたとたんに急にだるくなる。膝が小刻みに震えているようにさえ感じた。
 虹太はタブレットの画面に、この島の地図を表示させた。
「リルハ、今から言うことをよく聞いておいてくれ。もしこの扉を開くことに失敗した場合だけど、その時はここへ向かってくれ」
 リルハは目を丸くして何回かまたたいた。
「それってシバっちゃんも一緒にでしょ?」
「俺も行けたら一緒に行く。でももし俺に何かあったら、すぐにここへ向かってくれ」
 リルハが不安そうな顔になる。
「万が一のときの話をしてるんだ」
「……わかった」
 虹太の真剣な声音に、リルハも神妙にうなずいた。
 表示された地図に、赤い旗の立つ場所がある。虹太はその付近を拡大した。
「ここが、プラチナベビーズ霜月類(しもつき るい)の自宅だ。北高校の三年生だ。彼は温和な平和主義者で人間に敵意はない。彼に保護してもらってくれ」
「初対面の私なんか保護してくれるの?」
「さっきの抗生物質。あれを見せて、場合によっては特殊武装班の連中と取り引きできるかもしれない重要な物を持ってきた、と言うんだ」
 リルハは不安そうに眉を下げた。
「うーん。耐性菌がどうとか? シバっちゃんみたいにうまく説明できるかな」
「類は頭がいい。そして、父親からの恩恵でこの島の裏事情について知識がある。バイオアーマー被験者、睦月澄人の名前を出せばだいたいのことはわかってくれると思う。それから俺のタブレットを持っていけ。監視者サイドの情報がつまってる。きっと類の役に立つ」
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