第10話 主任の正体は○○です。
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トカゲは尻尾を切り離すとき痛みを感じるのか? これについては諸説あるが、彼らの尾には自分で切断できる「自切節」という部分がある。あらかじめ準備をしてここで切り離した場合、比較的痛みは低いと考えられている。しかし、再生するには相当なエネルギーを要し、かなりのダメージを受けるのは間違いない。ましてや、敵を尻尾で捕えて団子結びにしてから切り離すなど……考えたくもない話である。
全身の鱗が皮膚の中へ溶けるように消えていき、ハジメは元の姿に戻る。カナも猫耳と爪をしまって襟を正した。お互いギリギリの戦いだった。ハジメも幸も、さすがに力を使い切った様子だ。
訝しむ幸と首を傾げるカナの前で、メグミは修道服のベールをそっとめくる。そこには、ギザギザとした黒い触覚がついていた。
例のG……ゴキブリとのミックスである。ベールを脱いだだけでは頭から突き出た触覚しか分からないが、おそらく年中露出の少ないシスターのコスプレをしているのは……体のあちこちに出ているゴキブリの特徴を隠すためなのだろう。
ヨロイモグラゴキブリ……それはオーストラリアに生息する世界一大きなゴキブリである。地中数十センチから一メートルほどの深さに巣を作り、ほとんど人目に触れることなく生活する。彼女がピット器官を持つ幸に気配を気づかれなかったのも、この能力で地中を移動していたからだ。また、目にも留まらぬ速さで攻撃を回避し、地中にストックした修道服のコスプレに着替えることができたのも、ゴキブリが持つ敏捷さによるものである。
でしょうね……私も散々、「牧師になれると思うなよ」って周りから言われまくりましたからね。いまだに同じキリスト教徒から怪文書が回ってきますよ。「怪人が聖職者の皮を被るな」「今すぐ牧師をやめて教会から出ていけ」って。
それだけではない。何度かカミソリの入った小包が自分宛に届いたこともある。「その手で自分の命を落とせ」……同じキリスト教徒から、自死を禁じている信徒から、そういうメッセージが届くのだ。
俺を見たら分かるだろ? ここは教会から追い出された奴、出て来た奴、居られなくなった奴が集まるところなのさ。あんたが最初に入ろうとした執務室にも、蜘蛛やムカデと融合した子どもたちが昼寝しに来てたんだぜ。まあ、怪人よりも人間から嫌がらせ受けることが多いから、中にいる奴らは慣れてるけどな。
自分は……自分と同じ子を、同じ境遇の人たちが集まる場所で、ハジメを殺そうとしていたのだ。何なら、辺りを破壊するのも辞さないで。この土地を呪ってやるとまで口にして……
もう、幸には戦意のかけらも見られなかった。カナは深く息を吐き出して、自分の車に彼女を連れて行く。ハジメとメグミとペンタの三人は、いつまでもそれを見送っていた。