第10話 主任の正体は○○です。

文字数 2,039文字

くっ……この……離れない!
姉ちゃん、諦めな。ハジメが本気で縛ったところから逃げられた相手なんていないからな。
自分の尻尾を団子結びにして切り離すなんて……どれだけ痛いんですか、それ?
トカゲは尻尾を切り離すとき痛みを感じるのか? これについては諸説あるが、彼らの尾には自分で切断できる「自切節」という部分がある。あらかじめ準備をしてここで切り離した場合、比較的痛みは低いと考えられている。しかし、再生するには相当なエネルギーを要し、かなりのダメージを受けるのは間違いない。ましてや、敵を尻尾で捕えて団子結びにしてから切り離すなど……考えたくもない話である。
さすがにしばらくは動きたくないな……今日はもう登記の提出は諦める。
全身の鱗が皮膚の中へ溶けるように消えていき、ハジメは元の姿に戻る。カナも猫耳と爪をしまって襟を正した。お互いギリギリの戦いだった。ハジメも幸も、さすがに力を使い切った様子だ。

何とか今日は教会を壊さずに済んだな。庭にでっかい穴と毒の池が湧いちまったが……

気にすることはありません。後でみんなで埋め直しましょう。幸い、大きな被害も出ませんでした。
何言ってるの? こいつが牧師になったせいで、あんたの教会は四度も襲撃を受けてるのよ? ぶっちゃけ、敵が来ても攻撃しない元ヒーローがいたって迷惑なんじゃないの?
ふふ……別にハジメさんが来る前から……元ヒーローが牧師になる前から、ここはいつも狙われていましたよ。
えっ、それってどういう……
訝しむ幸と首を傾げるカナの前で、メグミは修道服のベールをそっとめくる。そこには、ギザギザとした黒い触覚がついていた。
そんな……あんた……
ええ、そうです。私も普段から他生物の特徴を隠せません。それも誰もが嫌がる例のあれ……「G」とのミックスです。
めっ、メグミさんもミックスだったんですか? しかも……
例のG……ゴキブリとのミックスである。ベールを脱いだだけでは頭から突き出た触覚しか分からないが、おそらく年中露出の少ないシスターのコスプレをしているのは……体のあちこちに出ているゴキブリの特徴を隠すためなのだろう。
ああ、さっきの五メートル近い落とし穴を作ったのもメグミさんだ。彼女と融合している生物の一つ、ヨロイモグラゴキブリの能力を使ってな。
ヨロイモグラゴキブリ……それはオーストラリアに生息する世界一大きなゴキブリである。地中数十センチから一メートルほどの深さに巣を作り、ほとんど人目に触れることなく生活する。彼女がピット器官を持つ幸に気配を気づかれなかったのも、この能力で地中を移動していたからだ。また、目にも留まらぬ速さで攻撃を回避し、地中にストックした修道服のコスプレに着替えることができたのも、ゴキブリが持つ敏捷さによるものである。
嘘でしょ、ゴキブリとのミックスが一般社会で……それも教会で牧師をしているなんて信じられないわ!

でしょうね……私も散々、「牧師になれると思うなよ」って周りから言われまくりましたからね。いまだに同じキリスト教徒から怪文書が回ってきますよ。「怪人が聖職者の皮を被るな」「今すぐ牧師をやめて教会から出ていけ」って。

それだけではない。何度かカミソリの入った小包が自分宛に届いたこともある。「その手で自分の命を落とせ」……同じキリスト教徒から、自死を禁じている信徒から、そういうメッセージが届くのだ。
それなら何で教会にいるわけ? あんたたち二人がここにいたら、信徒たちも巻き込まれるじゃない。何で追い出されないわけ?
だから言ったじゃないですか。元ヒーローが来る前から、ここはいつも狙われているって。
まさか……
そうだ。ここへ日曜日に集まって来る人たちは、ほとんどがミックスの人間か、ミックスの家族の人たちだ。だいたいがその特徴を隠せないか、忌み嫌われる生物と融合したな。
俺を見たら分かるだろ? ここは教会から追い出された奴、出て来た奴、居られなくなった奴が集まるところなのさ。あんたが最初に入ろうとした執務室にも、蜘蛛やムカデと融合した子どもたちが昼寝しに来てたんだぜ。まあ、怪人よりも人間から嫌がらせ受けることが多いから、中にいる奴らは慣れてるけどな。
そんな……
自分は……自分と同じ子を、同じ境遇の人たちが集まる場所で、ハジメを殺そうとしていたのだ。何なら、辺りを破壊するのも辞さないで。この土地を呪ってやるとまで口にして……
私が聖書を読んでたときは……そんな教会ネットになかったわ。
そりゃそうだ。こっちから書いたらアンチの奴らが消火器投げつけてきもおかしくないからな。ミックス同士、親同士の口コミで知られているんだよ。
本当はもっと誰でも分かるようにしたいんですが……私たちの課題ですね。孤立しているミックスの人たちにもここを知ってもらうことは。
もう、幸には戦意のかけらも見られなかった。カナは深く息を吐き出して、自分の車に彼女を連れて行く。ハジメとメグミとペンタの三人は、いつまでもそれを見送っていた。
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登場人物紹介

【琴乃ハジメ】KOTONO,Hajime

トップクラスのヒーローをやめて牧師になった青年。暴力を封印し、教会の仕事に専念しようとするが、ヒーローに復職させようとする者や戦いを挑んでくる敵が後を絶たない。

【飯野カナ】INO,Kana

ヒーロー組合の職員で、ハジメを復職させるよう業務命令を受けている。真面目で責任感が強く、業務を果たそうとするあまりちょっとストーカー気味になっている。

【神野メグミ】KAMINO,Megumi

ハジメの教会の主任牧師。プロテスタントの牧師なのに、なぜかシスターのコスプレをしている。丁寧な口調でいつも笑みを絶やさないが、時々凄みのある雰囲気を纏う。

【ペンタ】Penta

教会に住み着いている黒猫……と思われているが、元々怪人だった一人。悪戯好きで声真似を使って人を混乱させるのが得意。教会の子どもやお年寄りに好かれている。

【蛇の怪人】

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