【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第02話「あの世とこの世」

エピソードの総文字数=4,437文字

 ギャラクシー・ファンタジアOnline(GFO)は国産初の本格スチームパンクMMORPGとして世界中で数百万人が遊ぶ大人気オンラインゲームだ。

 画面の美しさや動きの滑らかさ、操作性などはもちろんだが、ユーザーの声を反映してどんどん繰り返されるアップデートによる、圧倒的な自由度の高さが人気の要因の一つだ。

 さらに基本プレー無料と言うシステムを取っているため、ダウンロードさえすれば誰でも気軽に始めることが出来る。

 最近ではPCだけでなく、高性能になった家庭用ゲーム機でも同じサーバにつないで一緒にプレーする事が出来るようになり、爆発的にユーザを増やしたこのゲームは、今や社会現象と言っても過言ではないほどの隆盛を誇っていた。


 ゲームにおいて自分の性別と違うキャラクターでプレーする事は珍しくない。

 特にGFOは画面の美しさやキャラクタークリエイトの自由度の高さから「自分の理想の異性」を作ってプレーする人も多い。

 ゲーム中の会話は基本的にはボイスチャットを使用するため、美しい女性のキャラクターがゴツい男性の声で会話したりするのだが、それはそういうモノだとして受け入れられていた。


 しかし[もえ]こと本山 英一は違った。

 自分の理想の外見を持つ女の子[もえ]が、自分のような気持ちの悪い声で喋るのが許せなかったのだ。


 だから彼は文字チャットだけを使ってプレーしていたのだが、やはりプレーアビリティは低い。

 次々と敵が迫り来る中、作戦指示や協力要請などを打ち込みながら戦うのは、ショートカットを駆使してもやはり無理があった。


 仕方なく英一は出来る限り自分の理想に近い声、つまり裏声でボイスチャットを始める。

 これは非常に大変だったが、彼にとって大きな転機にもなった。


 言葉少なくか細い声で話をする[もえ]をリアルも可愛らしい女性だと勘違いした男性プレイヤーが、アイテムをくれたり良い狩場を確保してくれたりと、何かと便宜を図ってくれるようになったのだ。

 英一は仲間として認められたのだと思い、更にゲームにのめり込む。

 しかし、やはり裏声では限界があり、英一が本当は男だと言うことが分かるのにはそれほど時間はかからなかった。

 仲良くしてくれていた人々は、一人また一人と居なくなって行く。


 しかもただ居なくなっただけではない。

もえはネカマだ
気持ち悪い
アイテムを騙し取られた

 誹謗中傷めいた噂が同時に広がった。

 何の事はない、一緒に冒険をする仲間としての英一はリアルと同じで誰にも求められておらず、愛らしい容姿で気軽に仲良くなれるもえが、ただ男性プレイヤーから勘違いされていただけだったのだ。


 本人としては騙したつもりはない、もえになっている時は痩せすぎて顔色の悪いチビ男の英一は世界に存在しておらず、もえはあくまでも彼の理想を体現する愛らしい少女なのだから。

 しかし、そんな気持ちは誰にも理解してもらえなかった。


 英一はギルドを抜け、別のサーバでゲームを再開した。

 別のサーバとは言っても登録している人が違うだけで、ゲームの内容は全く同じだ。

 昔は登録人数の多寡や、何故か出来上がるサーバごとの雰囲気などの違いがあったものだが、各サーバの人数が百万人規模になった今では全くと言っていいほど違いはない。

 もちろんキャラクターのデータを別サーバに移動するには、運営会社にランチ2回分ほどの料金を課金しなければなかったが、英一にとってもえのための投資には何の躊躇もなかった。


 新しいサーバに移動してすぐ、英一は予約していた高性能のグラフィックボードの受け取りに行った電気街の片隅で、ワゴンにゴミのように積んであるボイスチェンジャーを見つけた。

 マイクに取り付ける事で、例えば男の声を女性や子どもや老人の声へとリアルタイムに変換するもので、英一は伝説のマジックアイテムを見つけたような気持ちになったものだ。

 PCに繋いでパラメータを変更することで細かい調整ができるので、英一はかなりの時間をかけて調整データを調べ、試行錯誤の末にとうとう理想の声を作り上げた。


 英一は、ついにもえの声を手に入れたのだ。


 普通に会話が出来るようになると、仲良くなったギルドのメンバーに「もえちゃん時々男らしいね」などと言われる事が何度かあった。

 どうしても言葉遣いや話題などが女の子とは違う。

 完璧なもえになりたい英一は、女性向けの雑誌やネットの情報を調べたり、流行りのスポットで女性の声を録音してしゃべり方の練習をすると言う犯罪まがいのことまで行い、女性らしい会話ができるように努めた。

 英一にとって、もえが自分の理想に近づくための努力は大変なことではない。

 そして自分でも驚いたことに、リアルではまともに出来ないはずの会話は基本的には難しくなかった。


 相手が自分だったとしたら。


 ただそう考えて、もえに話してほしい受け答えに可愛らしさを大盛りにして返せばいい。

 それだけで、いくつかのテンプレートと[もえ]と言う人格、生い立ち、生活などのバックグラウンドが出来上がっていれば、自然に出てくる言葉が「会話」だったのだ。

 この頃には[もえ]と言うキャラクターで自伝が一本書けるくらいの情報が頭に入っていた英一は、リアルの世界では一度も楽しいと思ったことのない「会話」を心の底から楽しんだ。


 完璧に演じられたもえはゲームの中で一人の人格となり、いつしか周りに数名の親衛隊のような人々を引き連れて冒険をするようになった。

 高価なレアアイテムも、課金しないと手に入らない装備も、欲しいと思えばほとんどもらえた。


 所謂「姫プレイ」である。


 あまつさえ、もえのアカウントにGFOキャッシュと言うネット通貨を課金してくれるものも居る。

 基本無料のオンラインゲームと言えども、やはり毎月いくらかの課金をしなければ快適に遊ぶことは出来ないのだが、彼はここ一年ほど自分で課金することもなくプレミアム課金状態を維持していた。

 課金でしか購入できない即時復活アイテム[復活のロザリオ]も常に所持上限の10個を持ち歩いている。

 もらったはいいものの不要なレアアイテムを売って、ゲーム内通貨も数十億ジェムを越えていた。


 楽しい仲間、不自由のない生活、認められた居場所。

 リアルでは生きにくい英一にとって、もえになれるこの世界がいつの間にか本当の世界になっていた。


 蒸気を吹き出す歯車の塊が所々露出した、煤けた建物の間をゴスロリミニスカートの美少女が颯爽と歩いてゆく。

 街の外れ、沢山の古い中層建築の一つの前でもえは立ち止まった。

こんばんわ!

 チャットモードをギルドチャットに設定して挨拶する。

 リベットを打ち込んだような鉄製のドアを軽々と開き、もえが入ったのは中世ヨーロッパ風の酒場のような場所だった。


おー、もえちゃんこんばんわ!
もえちゃんおつ!
こんばんわっす!

 そこかしこから一斉に声がかかり、もえの周りには一気に人だかりが出来た。

 ここはもえの所属するギルド「もえと不愉快な仲間たち」のギルドホール。

 別にもえが作ったギルドではないのだが、もえに心酔したギルドマスターがわざわざ課金してギルド名称を変更したのだ。

 [キモい][マジ不愉快]などと言ってギルドを去る者も少なからず居たが、元々4~50人ほどだったメンバーが30人ほどに減っただけだ。

 所詮弱小ギルドは弱小ギルドのまま、何も変わるものではなかった。


もえちゃんこれどうよ? 新しい服

 奥のテーブルに座っていたピンク色の髪の少女が、小さな身長とは不釣り合いな豪剣を背負った姿で声をかけてくる。

 外見とは全く違ういかつい男の声の主はギルドマスターの[シェルニー]だ。

 こちらに歩いてくる途中、体の周りに光の粒が集まるエフェクトがかかると、シェルニーの外観は今まで着ていた服とは違う高校の制服のようなブレザーに着せ替えられた。


あ、それ今日からの新しい課金スクラッチの商品ですね! すばやい!
もえちゃん欲しいならやるよ
ほんと!? いいの?
いいよ。スクラッチ50枚引いたらダブったからよ!  [もえ倉庫]に入れとくから持ってきな
ありがとー、シェルちゃんやさしいですね

 シェルニーはメニューを開き、アイテムインベントリから倉庫に衣服を片付けた。

 6ページ有るギルド倉庫の最後の6ページ目はもえ専用倉庫になっている。

 通称[もえ倉庫]と呼ばれているこの倉庫には、もえにプレゼントしたいアイテムがほぼ毎日追加されていた。

 特に規制などはかかっておらず、システム的にはギルドメンバーなら誰でも取り出しは自由なのだが、暗黙のルールとしてもえ以外は取り出さない事になっている、このギルド特有の倉庫だった。

もえちゃん今日どうすんの?
んー……今日実装された新クエスト見に行きたいけど、ベリーハードレベルらしいから怖いですよねぇ
まぁ攻略ギルドがネットに情報上げてからのほうが良いかもな
ですよねぇ
まぁ俺らはそう言うガチに攻略とかする(ぜい)じゃないっすから!
なんだよガチに攻略とかする勢って!

 いつも通りの会話をしていると、ギルドメンバーの数人が「えっ?」「地震?」「いや違う、避難警報?」などとざわつき始める。


みんな、どうしたんですか?
テレビ特番に変わった! 北朝鮮が大陸間弾道弾射ったって!
ほんとだ! しかもそれを撃ち落とすために在日米軍のイージス艦から何か射って電磁波とかそう云うので無力化するんだって
うわ! 俺んち浦安だけど避難地域に入ってるわ
えーこわ::;、。。。。。。
こ*@;;ログ。¥~:;

 何人かの会話は急に途切れた。

 あわてた英一がふと画面から目を離すと、実世界の窓の外に巨大な火球とピンク色のオーロラのようなものが広がっていく。

 広がっていく先々で停電が起こっているのが見え、英一は戦慄した。


……なんか変な光みたいなの広がってて停電も一緒に起きてるから、私電源切りますね
じゃ、俺も
んじゃ今日はやめとくか
ワガハイも怖いので一度落としますかな
んじゃ、後で

 もえの言葉に、ギルドのメンバーも電源を落とすことに決めた。

 気の早いメンバーは、挨拶もそこそこに何人かログアウトしている。


オンラインだから大丈夫でしょうけど、データ消えたら大変だもん
だな、もえちゃん落ち着いたらまたインするんだろ?
うん。すぐに来ますよ!
そっか、じゃ、またな

 挨拶を交わしログオフメニューを選択しようとした瞬間、振動とも低音とも言えないよう地鳴りとともに、英一の部屋の窓からピンク色の光の粒子が差し込んだ。

 体の中から血液や精神のようなものが全て抜けていくような感覚を味わいながら、彼の頭に「うわ……俺死ぬのかな」と言う考えがよぎる。


(痛みもないし、好きなゲームやりながら……本当の世界にログインしたまま死ねるならまぁ……本望だな)
 そんなとりとめのないことを思い浮かべながら、英一はすぐに、意識を失ったのだった。

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