幻の森の三姉妹・Chapter4
文字数 4,087文字
それは遥か昔、まだ三姉妹が影も形もない時代。森の奥地にマダム・スパイディーネと呼ばれるクモの虫人の白魔女が、一軒の館を構え住んでいた。
彼女は占い師の傍ら、住民たちにケガや病気を治す薬を調合して与えており、そのいずれも腕は確かな事で森の虫人たちからは頼られる存在だった。
特に当時戦士たちのリーダーであり次期族長の有力候補とされていた青年、クレス・ビートルとの仲はとても良かった。
クレスはスパイディーネを大変慕い、彼女もまた彼を孫のように可愛がっていた。
ある日、いつものように館に通されたクレスは、山のように積まれたたくさんの書物に気が付く。
聞くとそれは、不老の薬を研究する本の数々であった。
今まで誰も叶えた事のない研究。ここまで大きな夢を持つとは、やはり彼女は素晴らしいお方だな。
そう思いつつ、彼は用件を済ませ館を後にした。
その日の夕刻。“事件”の発端は戦士の一人が駆け込んで来た時だった。
そこに彼女はいた。おぞましいクモの魔物の姿で。後ろ向きで何かやっている。
やがて気配を感じ取った彼女はこちらを向く。手には巨大なコルクビンがあり、中に無数の人魂が浮遊していた。
そして彼女の顔から、以前の優しい雰囲気は消え去っていた。面影はあるが、ほんの少し若返っているようにも見える。
彼女の甲高くも不気味な笑い声が、森中に響き渡る。
住民に彼女をクモの虫人だからと忌み嫌う者はいなかった…そう思っていたから。
【マダム・スパイディーネ】
ふん、当たり前のようにわらわを利用しおって…。どんなに白魔法を使ってケガや病気を治しても、奴らは腹の中では感謝のかけらもなし!!それどころか種族だけで貶しおって!!!
そんな薄情な住民共にはもうウンザリじゃ!!
【マダム・スパイディーネ】
だから思い立ったのじゃ。研究で見つけ出した方法でお前たち心なき虫人共のヒト成分を奪い取り、自らの若さ、魔力、そして気力に充てる!!
そしてゆくゆくはこのエントマーズの森の支配者になるとな!!
わらわは永遠の美を得て、さらにこの森を支配出来、やがてはクモの虫人に恐れを成し貶す者もいなくなる…これぞ一石二鳥、いや三鳥と言うもの!!
【クレス・ビートル】
それは違う、全員がクモの虫人を貶し、利用しているなんてただの思い込みだ!!例えそんな心ない奴らがいたとしても、ほんの一部だけだ!
皆、あなた様に感謝しておられる!!
それにそんな方法で森を支配するなんて、夢物語でしかない!!!
クレスは覚悟を決め、右手に武器を取る。
流石は虫人の戦士と言うだけあり、クレスは素早い動きでスパイディーネの脚攻撃をかわしながら、自身も攻撃を仕掛ける。
しかしスパイディーネも魔物に変身しているため、一筋縄では行かなかった。
大きく身をよじり、間一髪で攻撃をかわした…かのように思えた。
油断した。仰向けで転がった彼の真上にはもう一本の脚が!!
ドスッ!!!左肩目がけてその脚が振り下ろされる。
左肩を押さえたまま、その場で丸くなり迫り来る痛みに耐える。
クレスは切り札となる封印の魔法を使ったのだ。
そのまま光の塊となり、ある方角へ飛んで行ってしまった。哀しげな表情をしつつ、まさに虫の息でそれを見つめるクレス。
エントマーズの森の掟では、封印される事は単なる追放よりも重い罰にあたる。それ程の重い罪を彼女は犯してしまったのだ。
まさか心から慕っていた人物に裏切られ、この罰を与える事になろうとは。それはクレス本人にとっても非常に辛く悲しいものだった。
クレスは安心したかのように気を失った。
散々無理したせいで危険な状態となった彼は、そのまま森の外の大病院へ運ばれた後数時間に及ぶ大手術を受け、奇跡的に一命を取り留めた。
しかし切断された左腕はスパイディーネの毒によって細胞が壊死してしまっており、二度と接着する事が出来なくなっていた。
クレスは医師から義手を勧められたが拒否。結果、一生片腕での生活を送る事になった。
その後スパイディーネが封印された区域周辺は『危険区域』と称し、立ち入りが禁じられたのだった…。
=Chapter5へ続く=
【今回の登場人物】
====================
【ヤング・クレス・ビートル(Young Cules Beetle)】
→若かりし頃のクレス・ビートル。喋り方が若干古臭いが、当時の年齢はだいたい20代前半くらい。
この頃はまだ左腕は健在で、片目も失明していなかった。次期族長の候補とされる程に戦いの腕も良く、さらに美青年なので女性住民からも人気だった様子。
武器は装備品はこの当時から使っている物が大半で、現在も愛用している。しかし使い古されているのにも関わらずほとんど劣化していない。
話中に出て来る封印の魔法は、森の長並びに戦士たちを率いるリーダーだけに与えられる特別なもの。
ちなみに片目の失明は、この事件とはまた別の戦いによるものである。
(ログインが必要です)