誰も僕を見てくれない

文字数 576文字

 朝日が射しこむステージで、舞歌は高々とその手を挙げる。
これ、覚えていらっしゃいます?
 僕は舞歌にセリフを返す。
あ、あの……。
 シャドウが、ステージ際の演出と僕の間を遮って立つ。
あのパスワードですね?
 本番でもこれをやられたら、僕は観客から見て「影」になったままだ。舞歌も、目の前の僕は無視してシャドウに語りかける。
あれ、私、本当は覚えていたんです。
 そこで照明担当が、合図を送る。
はい、1サスのセンター入ります!

 舞台のいちばん手前に吊ってあるライトを照明を第1サスペンションライトとかいうらしい。舞歌には、最後のセリフで、その真ん中(センター)の明かりが当たることになっている。

 もっとも、本当に照明が吊ってあるわけじゃない。そんなのを撤去していたら会場への貸し切りバスが遅れてしまう。夕べのうちに片づけてしまってあるのだ。

私もそう信じていました……だって、二人だけの秘密の言葉ですから。T・E・A・M・O……ティアーモ。「あなたを、愛しています」。
 僕の姿をしたシャドウが舞歌の手を取ると、演出が幕の下りるタイミングを告げる。
はい、緞帳降ります……1、2、3、4……。
 幕が降りるまでの10秒ちょっとをカウントして、演出は手を叩いた。
終わった……。

 最後の、稽古が。

 ずっとシャドウの後ろにいるしかない僕なんかには、誰ひとり気が付かないままに。

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登場人物紹介

三坂朔(みさか さく)

 ヤル気なしの高校1年生。

 帰宅部だったのに、演劇部員の地区大会代役として舞台に引っ張り出されて、汗みどろのシゴキに耐える日々を送っている。

 サボリ癖が強い上にムッツリスケベといいところなしだが、苦境にある者を見ると、放ってはおけない。

 幼馴染への恋には最近気づいたが、間に合わなかった。

徳永舞歌(とくなが まいか)

 劇作に夢中の高1女子。 

 役者修行に加えて戯曲執筆もこなす、やる気満々の才女。

 そのせいで朔の気持ちには気付かず(というか、もともと眼中にない)、勉強に恋にと高校生活を満喫している。

 普段は無邪気な天然少女だが、稽古の間は悪鬼羅刹と化す。

 

 

風間涼美(かざま すずみ)

 才色兼備の高3女子。

 蠱惑的な肢体を持ちながら、部活でも学校でも目立たないのは、(文字通り)次元の違う世界で生きているからである。

 即興の4行詩を吟ずることで、人間の肉体を乗っ取ろうとする異界の魔物を祓うことができる。

 実はお茶目で、年下の男性をからかうのが大好きだったりする。

シャドウ

 文字通りの「影」だが、熱い心と深い洞察力を秘めている。

 ふだんは学生服を着て、風間涼美と行動を共にしている。

 異界の魔物と接触すると、涼美の詠唱する詩の持つパワーを実体化して闘う。

都筑幸威(つづき ゆきたけ)

頭良し、ルックスよし、人望アリの完璧高2男子。

演劇部でも役者として、大会上演作品の中心となっている。

現在、徳永舞歌との交際も順調。


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