第23話:ユノ

文字数 1,012文字

 夕食時のホールは、(ひそ)やかさに満ちていた。

 姿を見せない女王の代わりに、マルガリータの母親が弱々しく食前の言葉を唱えた後、静かに食事の時間は始まった。私たちは昨日と同じ場所で、ブルーナとアドリアのいない空白と対面しながら、少しずつ食事をとり、無言の時を過ごした。

 部屋の前方では、二人しかいない王家の人間を取り巻くように、たくさんの人間が慰めの言葉をかけている。代わる代わる声をかける集団の中でも、ひときわ目につくのは、背の高い三人組。昨日女王と王女に熱心に話しかけていた母、叔母、娘だ。

 私たちのすぐそばで、とどまることを知らないひそひそ話を繰り広げている寵妃候補によれば、黒い髪を腰まで伸ばした娘の名前は、ユノというらしい。女王の子供を身ごもりながら産むことのできなかった母の宿願(しゅくがん)を、代わりに果たそうとしているのだとか。ひそひそ話を交わす二人の口調から、彼女がほかの寵妃候補とうまくいっていないことがうかがえた。

 しかし、私はユノのことを嫌いになれそうになかった。小さな時から母の思いを聞かされ過ごしてきた、という想像のエピソードに同情してしまったのだ。人は自分との類似点を勝手に見出して、勝手に共感することができる。
 物語の中では、彼女のような人物は、無邪気という言葉で守られた世間知らずに敗れることが多いけれど、たまには逆の形があってもいいのではないだろうか。小説よりも奇妙な現実、というのを見てみたい。

 ただ、マルガリータは無邪気なジュリエッタと話す方が心休まるらしい。先ほどからユノの話にはあまり反応を見せず、彼女とばかり言葉を交わしている。一方マルガリータの母親は、ユノとジュリエッタの保護者たちに競うように話しかけられ、やや身を引いていた。寵妃になるというのも大変だ。

 「ねぇ、飽きた」
 街の事情を垣間(かいま)見る人間観察は、パドマの一言によって終わりを迎えた。
 私たちは、アデリンの視線が注がれているのを肌に感じつつ、食堂を離れる。余計なことはするな、という圧力かもしれない。

 部屋に戻ってコインを投げた結果、私は再びソファで寝ることになった。配慮を受けられるはずがないと思いつつも、当然のようにベッドへ入るパドマを見ると、かすかに苛立(いらだ)ちを感じてしまう。

 ソファに横たわった後は、昨日と同じように月明かりが差す部屋で、昨日と同じように眠気のない時間を持て余した。唯一昨日と違うのは、パドマも眠る気がないという点だ。
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