遭遇
文字数 991文字
上着の胸ポケットに入っている携帯電話を取り出す。
仕事で支給されているのはいまだにガラケーだ。電話がメインなのでむしろスマホよりは使い勝手がよい。
電池はまだ残っているのだが、アンテナが立っていなかった。これでは電話をかけることもできない。
椅子から立ち上がろうとしたときだった。
コツコツコツと靴音が後ろから近づいてくる。
音がする方に顔を向けた瞬間、まるで大吟醸のあまやかな香りをかいだ気がした。
目の前を通過した何者かは、正面の椅子に深く腰掛ける。
死んだという言葉が頭の中でぐるぐると回っている。
どういうことだろうか。
この美人は突拍子もないことを言っている。
もしかしたら、テレビ番組のドッキリ企画とかそういうやつだろうか。素人の反応を見て楽しむ的な。だとしたらここは期待通りのリアクションを取るべき? いや、断固抗議をするというのもありかもしれない。個人情報保護法とかを盾にとって文句を言えばなんとか……。
言われてみれば、こんなに美しい人は芸能人でも見たことがない。
よくよく見れば後光が差しているのではないだろうか。
なんかこう、彼女の背後に光源があってキラキラと輝いてる気もする。
女神が憂いの表情をする。そんなにひどい死にざまだったのだろうか。
しかし今の体は痛いところなどなかった。
もっとも、ここが死後の世界というのならば肉体と魂が切り離されて、今ここにいる自分は魂だけだから肉体の損傷など関係がないのかもしれないが。
ああ、やはりと思った。
やはりこういうのはトラックが原因なのだと。