第1話

文字数 7,586文字

 ほのぼのとした青空を、鋭く切り裂く一閃の眼光。田園をからからと行く列車は、刃のような少女を乗せていた。
 桐原(きりはら)才維子(さいこ)は切れ長の目にきりとした眉、通った鼻梁と細い顎、まっすぐ長い黒髪を持つ少女であった。その眦の上がった様は、常に何かに怒っているようだ。高く後頭部で結んだ髪の先は、新品のブレザーの背にも曲がらず、尖っている。頬杖をついて見下ろすのは、車窓を後方へ流れてゆく景色。生まれ育った小さな町。

「……グッバイだ。」
「才維子ちゃん。僕達これから、毎日この電車に乗るんだよ。」

 苦笑混じりに呟いたのは、隣に座る駒瀬(こませ)千昭(ちあき)。一緒になって車窓を覗くと、朝の柔らかい日差しに、寛いだ猫のように目を細めている。

「ほら、そんなにむすっとしてないで。やっと高校生だよ、笑って。にっこり。」

 にっこり、を実演する幼馴染みに一瞥をくれ、しかしその表情は微動だにしない桐原才維子は、再び外に目を下ろす。
 暖気な色の町だった。景色は流れ、二人は見知らぬ乾いた土地へと運ばれていく。才維子はふん、と鼻を鳴らした。

「学校なんて、敵ばっかりだ。馴れる気はない。」
「そんなあ。」
「堂々と歩くだけだから。」

 才維子が言い切ったのを聞く千昭は、やれやれ、肩をすくめる。胸の内で少し、安堵しながら。

「でも、きっといいこともあるよ。ねえ。」

 才維子は答える代わりか、また一つふん、と鼻を鳴らした。千昭はくす、と微笑んで、ゆるく巻いた栗色の髪を揺らしてみせる。

「才維子ちゃん。高校でも、よろしくね。」
「……よろしく。」

 ささやかな約束を交わしたこの日が、二人の高校生活の始まりだった。列車はからからと、次の駅へ向かっていく。



「おんなじクラスでよかったあ。僕、一人なんてきっと心細かったもの。しかも、名前順で前後だよ。席も近いし、移動も一緒だし。」
「やかましいな、もう。」

 簡素な式典を終え教室へと向かう列の中、はしゃぐ千昭を横目に、腑に落ちない、才維子は黙々と歩いた。意図したつもりもないのにかれこれ十年を超える付き合いである。気心の知れた、だが少し鬱陶しいところもある千昭は、これからも四六時中才維子のそばにいるつもりらしい。重い。今朝のよろしく、を早速撤回したくなっている。ふわふわ踊りだしそうな千昭を小突いていると、前の方からくくく、と笑い声……誰かが二人を見ていた。千昭がぼっ、と真っ赤になって黙り込む。

「言わんこっちゃない。目立つのが恥ずかしいなら静かにしていろよ。」
「……うん。」

 それでも、千昭の足取りはどうしようもなく軽いのだった。
 教室では担任の挨拶やら、事務連絡やらが淡々と行われる。退屈な間に、生徒らの集中も途切れていって。

「――今日の連絡は以上です。さて、配布物の準備ができるまで、自己紹介の時間とします。じゃあ、名簿の順で。」

 担任の言葉で、緊張が一挙に引き戻された。自己紹介――初めて、クラス全員に意識される場面。自分の第一印象を決定づける瞬間。このほんの一瞬が、高校生活を左右する決定打になるかもしれない。うまく言えるかな、失敗しちゃったらどうしよう……考えた千昭は陰鬱になる。名前、出身の中学校、部活動とか趣味だとか、あとはその場を沸かせる一言を添える者、微妙な反応を得る者、そっけなく、そつなく次へ流す者……何が正解だろうか。そもそもコマセ、の番はすぐで、備える時間もさしてない……。
 あわあわする千昭と対照的に、前の席に座る桐原才維子は泰然としていた。面倒な自己紹介などさっさと済ませてしまいたかった。他人の印象に残ってもろくなことがない。目立って、クラスの中心に立つような役回りは、相応に賢く強かな者がやればいい。

桂葉(かつらは)花蓮(かれん)です。出身中学は――。」

 もう一つ前の席の少女が立ち上がり、快活そうな声で話している。さらさらした短い髪が健康的で、いかにも生徒にも教師にも好かれそうな雰囲気。こういう奴がクラスを意のままにするんだ、机に頬杖をついた才維子は、少し斜めに見上げる。でもこの少女、どこかで見たような。

「――目標は、みんなと仲良くなることです。よろしくお願いします。」

 最後に礼をしてにこり、と見せた顔で思い出す。こいつ、さっき私と千昭を笑った奴だ。才維子が気づいたと同時に、前の少女は席に着く。キリハラさん、担任に指名され、才維子は急いで立ち上がった。

「桐原才維子。私は……。」

 クラス中からの視線。才維子は一瞬辺りを見回そうとして、止めた。そんな必要ないと、前を向く。鋭い眼差しが空を射抜く。

「曲がったことが嫌いです。文句があったら正面からかかってきてください。以上。」

 空気が凍てついたように、教室中が沈黙する。少しして、何あれ、とひそひそ声が走った。気が済んだ才維子が座ると、前の席の少女はちょっと振り返って、不思議そうに才維子を見ていた。むっと睨み返そうとすると、たん、今度は後ろの椅子が鳴る。

「はーいっ、駒瀬千昭ですっ。前の才維子ちゃんと同じ中学校から来ました。かわいいものが好きです。みんな、渾名でこまち、って呼んでください。よろしくお願いしまぁす。」

 勢いで自己紹介を終え、できるだけ澄ました顔で、着席。しばし別種の沈黙があったが、やがて次の生徒へとぎこちなく進んでいったのを確かめた千昭は、ほ、と息をついた。そのまま脱力して、机に傾れ込む。ふと見上げた才維子の背が、一片も動揺していないことを悟り、千昭は苦笑した。正解とは違う気がするけど……まあ、いいか。
 次々流れていく自己紹介。千昭の気苦労を知ってか知らずか、才維子は退屈そうに鼻を鳴らした。



「……はい、最後の人まで回りましたね。皆さんが、この教室で一年間ともに過ごす仲間です。よろしくお願いします。」

 少し和やかになった空気を感じながら、生徒達は手探りで、新しい日常への距離を確かめている。満足げな顔をした担任教師は、一瞬廊下と目配せをしたのち、大きく二つ手を叩いて視線を集めた。

「配布物の準備ができたそうです。今から職員室に取りに行きます。たくさんありますから、男子から五人、運ぶのを手伝ってください。あとの人は教室に待機で。」

 耳元にざわめきが広がる。面倒だな、誰かやってよ。別にやってもいいけど、名乗り出るほどじゃない。……目立ったら、浮くかもしれないし。躊躇いが幾重にも重なる輪の中に、桐原才維子は座っていた。暗闇のような眼差しをして。

「先生。」

 澱んだ空気を裂くように、白い右手が伸びる。

「私がやります。」
「えっ。」
「女子では何か、いけませんか。」

 冷たく尖った声。驚いた教師は、予期せぬ反駁に動揺した。

「いえ、駄目とはいいませんが。力仕事なので、男子がすればいいでしょう。ええと桐原さん。」

 苦笑い、再びクラスに向かって呼びかける。

「桐原さんには今度手伝ってもらうので。男子五人、進んでやってくれる人がいなければこちらから指名しますよ。名簿の上から……。」

 少女の瞳に稲妻が光り、立ち上がるガタン、という音が教室を響き渡った。

「先生。私は今、手を挙げたのです。なぜ今ではいけませんか。」
「それは、あなたにはあなたの相応しい仕事があるでしょう。」
「先生に分かると言うのですか。」
「ほら……男子の中に一人で混ざっても、あなたがやりづらいから。」
「私には関係のないことです。」

 語気に押され、担任教師は言葉に詰まる。この少女が何をそんなにこだわっているのか、どうにも理解できなかった。ほんの無意識に言った、取るに足らないことを執拗に追及される、訳がわからず困惑している。
 教室の生徒達の大多数は、入学早々繰り広げられる異様な光景に、触れぬが吉と静観していた。少女があの、風変わりな自己紹介のキリハラサイコだと思い出し、面倒なクラスに当たった、察した者達は互いに顔を見合わせ、うんざりした薄笑を交わす。
 桐原才維子は表情を変えない。教師の答えを待っていたが、相手は黙ったまま少女から目を逸らした。少女の眼差しが曇ったことには、誰も気づかない。

「先生。」

 不意に、明朗な声が通った。桐原才維子の一つ前の席、短髪の少女が手を挙げている。

「私もやっていいでしょうか。桐原さんがするなら。」

 教室の空気がざわりと動く。一瞬の間に、少女――桂葉花蓮に注目が集まっていた。

「そしたら、女子二人です。別にいいんじゃないですか。」

 けろりと言ってのける花蓮。教師は狼狽えながらも、逃げ道を求めて頷いた。

「……わかりました。桂葉さんと桐原さん、お願いします。ほかの人は。」

 緊張が緩み、生徒達がざわざわと話しだした。え、うちらもやるの。やだ、面倒だし。じゃあ、俺やりまーす。斜め後ろで背の高い男子が手を挙げて、へらりと笑った。
 桂葉花蓮は後ろを振り返り、小さくピースをしてみせる。投げかけられた桐原才維子は眉を顰め、ふん、とそっぽを向く。花蓮は目をぱちくりとして、面白げに級友の姿を眺めた。
 後ろからそわそわと見守っていた駒瀬千昭は、ほっと息をついた。才維子といるとはらはらが絶えない。てっきり、才維子が地元一の怪力で、狂犬とかゴリラとか言われていたことを暴露すべきかと考え込んでいたが……どうやら、その必要はなかったようだ。桂葉花蓮と言った少女、興味深い。新しい学校も案外悪くないかも。

「先生。僕もやります。」

 千昭が手を挙げると、才維子と花蓮が振り返る。二人に向かって微笑むと、才維子はちょっと驚いたようにまじまじと千昭を見つめ、花蓮はにっかり笑った。初めての人達との交わりが、こんな風に始まるなんて想像だにしていなくて、千昭はなんだかこそばゆい。
 教室は騒がしく動きだしたまま、教師の呆れたような溜息は、誰かの笑い声の下に掻き消されていった。



「千昭、重いんじゃないか。」
「駒瀬君、大丈夫。」

 二つの声が同時に千昭を呼ぶ。

「え、いや全然、うん、大丈夫。」

 途切れがちな声に、桐原才維子は疑るように千昭を一瞥し、背の高い少年、椎名(しいな)は苦笑いをしている。
 教師の思惑から外れた力仕事は有耶無耶のうちに、本来より少ない四人の手に任された。しかし配布物の量はそのままで、件の教師も職員室に引き留められ、予定より幾分か多くなって千昭の細腕にのしかかっている。窓越しの日差しは廊下を散乱して、額にうっすら汗が浮かんだ。千昭は額を拭う代わりに、えいやと荷物を抱え直す。

「へーき、へーき。それより椎名君、よかったら、こまちって呼んで。」

 ごく自然な上目遣いで、小首を傾げる仕草。ほんのり汗に湿ってはいるが、栗色の巻毛を揺らすのは千昭のお気に入りだ。椎名は少し不思議そうに、こまちだね、よろしく、と頷いた。持ち前の人の良さで仕事に名乗り出たらしい椎名は、妙な空気を放つ才維子らに対しても、極めて友好的である。へらりとした笑顔も軽薄さというより、日頃からの柔らかい物腰が顔つきに表れているのだろう。
 一方の桐原才維子はまたしても不機嫌であった。さりげなく千昭の倍量の荷物を運んでいるせいではない。そこにいる二人だ。教師の言葉が気に食わず手を上げたが、他人と馴れ合いたいわけではなかった。椎名という少年は、人畜無害そうだから問題はない。しかし後ろを歩いている少女は才維子に興味があるのか、不躾な視線を投げかけてくる。唯我独尊の桐原才維子も、疎ましく感じ始めていた。話しかけるなと気配を苛立たせ、豪快に足を振り下ろしていたが、通じていない。背後から軽快な足音で、近づく隙を狙っている。
 タタタと音を立て花蓮が攻め込んだ刹那、才維子は振り返り、構えを取る。気迫十分、返り討ちにしてやると睨めつけた途端。

「喧嘩するんじゃないの、もう。」

 呆れた千昭が溜息を吐く。

「喧嘩じゃない。」
「桐原さん。」

 花蓮が切り出した。

「なんだ。」

 ぶっきらぼうな返事に、にっこり笑みを浮かべ、花蓮は才維子の瞳を覗き込む。

「私、桂葉花蓮。」
「何の用件だ。」
「さっき、先生に意見してたでしょう。なんだか格好よかった。」
「はあ。」
「それで私、桐原さんとお友達になりたいんだけど、どうかな。」

 桐原才維子は激怒した。

「真正面から言う奴があるか。」
「駄目かな。」
「駄目だ、興味ない。」
「そんなあ。」

 荷物を持ったまま詰め寄る花蓮と、大荷物のまま躱す才維子。
 もうー、危ないよ。繰り広げられる攻防に、千昭は苦言を呈し、椎名はきょとんと目を丸くしている。

「断る。無理なものは無理。お前みたいな人間と関わりたくない。」

 才維子は花蓮を振り切って、足早に教室へと去る。

「ちぇー。」
「ごめんね、才維子ちゃんが失礼なこと言って。」

 拗ねた顔の花蓮に千昭が思わず謝ると、花蓮はいやいやと手を振った。

「私も無茶言ったから。ありがとう駒瀬君。」

 にっこりと笑う花蓮の表情に、千昭はちょっと安心する。

「いーの、いーの。それより、こまちって呼んで。」

 横で見ていた椎名がくすっと笑った。



「桐原さんと駒瀬く……こまちは、同じ中学校出身なんだよね。」
「そう。それどころか小学校も一緒だし、家もお隣どうしなんだあ。」

 長い付き合いなんだねえ、椎名は感心したように言う。あとは帰るばかりとなった千昭は、隣席の椎名とともに、慣れない教室に居残っていた。黒板の形や、机の密な並びすら目新しく、気を取られている間に出遅れたのだ。迅雷の如き桐原才維子は、不意打ちを狙っていた桂葉花蓮の初弾を見極め軽くいなし、鮮やかな身のこなしで教室を出ていった。

「五月蝿い、私に構うな。」

 どすの利いた声が地鳴りのように響き、クラスの全員が振り向いたが、目撃したのは最早残像のみであった。

「いいなあ。私もお近づきになりたい。」
「あら、桂葉さん。帰ったんじゃなかったの。」
「追いかけたけど間に合わなかったから、荷物を取りにきた。」

 健気だなあ、椎名がへらりと呟く。千昭は苦笑いをした。

「そんなに才維子ちゃんが気になるの。」

 問われた花蓮は真剣に頷いてみせる。

「勿論。だって、あんな風にできる人ほかにいないじゃない。一瞬で好きになっちゃった。桐原さんがいたらきっと最高の高校生活になるって、確信したの。」
「すごい自信。」

 素直な反応の椎名と反対に、千昭はどうしていいかわからなくなる。

「……まあ、今桐原さんに振られても痛いことないし。傷が深くなる前に味方に欲しいというかさ。」

 淡々と企みを明かす花蓮に、千昭と椎名は呆気に取られた。花蓮は誤魔化すように、にっと笑う。

「後悔したくないじゃない。それは本当。」

 からっと言ってのける花蓮に椎名は困惑したようだったが、千昭は却ってほっとする。仮初の優しさ、曖昧な善意にいつか傷つけられるより、初めから打算を見せられる方がよっぽどいい。

「才維子ちゃんに絡んだことを後悔するかもよ。」
「それはまあ、甘んじて受け入れます。」
「否定しないんだ。」

 誰からともなく、笑った。

「ねえ、駒瀬君。」
「こまち。」
「うん。桐原さんって、中学校でもあんな感じだったの。」

 一瞬の間があって、千昭は口角をきゅっと上げる。僅かな動揺がばれないように。

「……それ、聞いちゃうか。」
「ごめん。話したくなかったかな。」
「ううん。そんなことはないよ。……えっとね。」

 両手で頬杖をつき、思案する。慎重に言葉を選んでいる千昭を、花蓮と椎名は静かに見守った。

「才維子ちゃんは……ずっと、変わらないよ、僕達が出会った時から。小学生の才維子ちゃんも、自分の意見を堂々と言える子で、僕はそれが格好よくて、憧れだったんだ。……ただ。」

 脳裏には、二人で過ごした小学校、やがて中学校の、様々な光景。終いには口をつぐんだ、才維子の横顔。迷いながら言葉を続ける。

「あの町は、きっと小さすぎたんだ。」
「……何かあったの。」

 花蓮の問いには首を振る。何も起こらなかったし、何も「起こせなかった」、そんな小さな場所。

「でも、今日の才維子ちゃんは、自分の気持ちを話してた。それも初めて会う人達に向かって。……嬉しいんだ、僕。才維子ちゃんはまだ諦めてないんだ。ここで堂々と、才維子ちゃんらしく歩いていくんだって。それがわかって、ここに来てよかったって思えた。だから、桂葉さん。」
「え、はい。」

 突然呼ばれて姿勢を正した花蓮に、千昭は栗色の巻毛を揺らしてにっこり微笑んだ。

「才維子ちゃんのこと、よろしくね。」

 薄い唇を引いて笑むのも、千昭のお気に入りだ。

「参ったな……後に引けなくなってしまった。」
「引かないでよ。僕も諦めてないんだ。」

 明るく、しかし強い意志のこもった声。教室に小さくこだましたのを聞きながら、花蓮は思わず千昭を見つめていた。

「……駒瀬君にとっても、小さな町だったの。」
「僕は……どこにいたって楽しいよ。才維子ちゃんがいれば、尚良し。」
「……そうか。」

 花蓮は、千昭と椎名に帰ろうか、と促した。



 花蓮の家はすぐ近所で、歩いて通学するのだと言う。椎名はバスで、別のクラスの知人と一緒に帰ると言って、へらりと手を振りながら廊下で別れた。好青年、これから仲良くできたらいいなあと、先程の花蓮のようなことを考えて、可笑しい。

「駒瀬君、じゃあまた明日。」
「だから、こまち。」
「はい、はい。私のことも花蓮でいいよ。じゃあね、こまちゃん。」

 もう、惜しい。千昭が口に出す頃には、花蓮も外へ飛び出している。まだ明るい昼の空だった。
 次の電車までの時間は存分にある。駅まではそう遠くなく、まだ近くにいるだろうと、千昭は才維子を探すつもりでいた。
 後ろから制服の袖を引かれ、振り返ると、玄関の薄闇の中に切れ長の目の少女が、無愛想に唇を結んでいる。静かな稲光を胸に秘めながら。

「なんだ、そこにいたの。」
「お前を待っていたんだろう。初日から迷子にさせていたら駒瀬の家に面目が立たない。」

 そんな風に言ってみせる才維子の方こそ、駅までの道のりが少し怪しいことを千昭は知っている。何かにつけて支え合いながら、あの町での日々を二人、生き抜いてきた。

「行こう。駅前のお団子屋さんが美味しいんだって。高校生になった記念に、寄り道。」
「……仕方ない奴だな。」

 才維子は溜息を吐きながら玄関を出ていく。太陽の下、ぴんとした背の緊張は、朝より和らいだようだった。歩き出した才維子に、千昭も急いで付いていき、隣に並ぶ。

「きっと、仲良くなれるよ。」
「何も言ってないだろう。」
「もう、聞こえてたんでしょう。」

 知らない、といいながら強くは否定しない才維子に、千昭は頬を緩めた。



 これは物語の序章だ。
 何物にも揺るがない刃のような眼差しの少女と、隣を歩く朗らかな友人。二人が新たな一歩を踏み出して、二人の世界を変えていく。
 その背後には祝福のように、季節が花を開き始めていた。
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