第9話 この娘、自己完結してなかったよ
文字数 3,370文字
「……で、どうして明治さんがここにいるの?」
昼休み。。
いつものようにみるくが僕とあずきのクラスにやってきて、みんなでお昼を食べている。
お弁当はあずき特製の巨大お握りにコロッケとエビフライ、レタスとキュウリとタマネギとプチトマトのサラダ、みるくの作った塩味の濃いポテトサラダと物体X……でなくて焦げたハンバーグ。
冒頭のセリフに戻る。
「……で、どうして明治さんがここにいるの?」
発したのはあずきだ。
事故チューの一見のせいか、あずきの明治杏子(めいじ・きょうこ)さんに対する目が厳しい。エレベーターを降りてすぐにお互い簡単な挨拶(僕は謝罪)をしたが、そのときにはすでにあずきにとって敵認定されているようだった。
一方、明治さんはというと……。
「わ、私はみーちゃんに誘われたから仕方なく来ただけだし」
僕とは距離をとり、みるくをワンクッションにして席についている。彼女は購買で買ったと思しきミックスサンドとパック牛乳を置いていた。
あずきの食事量を見慣れてしまっているせいかひどく少なく見える。
視線に気づいたのか明治さんが睨む。
「あによ」
何よ、ではなくあによ。
明治さん特有の言い方なのかな?
「あ、えーと。それだけで足りるのかなっておもって」
「このくらい普通でしょ」
普通なのか?
僕の隣ではあずきが巨大お握りの三個目にぱくついている。ご飯を食べるときはそれまでの不機嫌さを忘れさせるくらい幸せそうにするので何だかとても可愛らしい。
「……普通? どっちが普通?」
そういえば渡部もいたっけ。
渡部はあずきと明治三の間に座っている。席順としては二つの机を一つの島にしたのを取り囲むように僕・みるく・明治さん・渡部・あずきと五人で並んでいる。
みるくは佐々木さんも誘ったようだけど、文芸部の用があるとかで参加はパスされた。
渡部の前には一リットルのコーラのペットボトルと焼きそばパンが二個。これはこれで多いのやら少ないのやら。
コーラは半分ほど飲まれており、焼きそばパンは一個目が三分の二くらい食べられている。このペース配分は大丈夫なのか?
「あれだな」
僕は言った。
「あずきを基本とするか明治さんを基本とするか、これによってかなり違ってくる」
「あたし普通だもん」
食べかけの巨大お握りを手にあずきが主張する。
「育ち盛りなんだからたくさん美味しくいただくのは普通だもん」
「普通……」
ものすごく何か言いたげに明治さんがつぶやく。さっきから牛乳しか口にしてないけど、どこか具合でも悪いのかな?
「明治さん……じゃなくて杏子ちゃん」
みるくが声をかける。
「サンドイッチ食べないの?」
「あ、ううん」
明治さんが首を振った。
「ちょっとあの子の食べっぷりに胸やけしかけてるというか……よく太らないね」
「あぁ」
と、みるく。
「太る太らないって問題じゃなく胸にいくかどうかというか」
「?」
「あ、えーと、私、何を」
みるくの頬が赤くなった。
暑くなったのかパックのウーロン茶を飲む。
いや、お前は牛乳にしたほうがいいぞ。
「ところで」
渡部がたずねた。
「明治さんって前はどこにいたの?」
「えっ?」
「いや、そんなに驚かれても」
「東京だよね」
なぜかあずきが答えた。
「それも一人暮らし。実家って千葉でしょ」
「あずき、適当なこと言うなよ」
「適当じゃないよ」
「あのな、どうして今日合ったばかりの相手の個人情報をお前が知ってるんだ?」
「空、それ本気で言ってるの?」
「ん? 本気だが?」
あずきが僕の目をじっと見る。
にやり。
「ふーん、そうなんだ」
おいおい。
何だその顔は。
「あの、明治さん」
不意にあずきが立ち上がった。
「ちょっと二人でお話したいんだけど」
「え? 私と?」
頭に疑問符をいくつもつけて、明治さんが首を傾げる。
まあそうだろう。
あずきが明治さんに対する態度は獲物を横取りさせまいとする猛獣のそれに酷似していたからな。
短時間の関わりでもあずきが自分にあまり良い感情を抱いていないということくらい明治さんもわかるだろう。
そんなあずきがにっこりとする。
「すぐ終わるから、ね?」
「でも、その……」
「仲居の花蓮ちゃんって……」
「わーっわーっ、わーっ!」
いきなり明治さんが騒ぎだす。出会って間がないけどこんなふうにおかしな行動をする彼女を見るのも面白いな。
「あーわかったわかった! わかったから」
勢いよく席を立ち、あずきに導かれるまま明治さんが教室を出ていく。
僕は目をぱちぱちさせた。
「あずきの奴どうしたんだ?」
「さぁ」
みるくが棒読みな感じで返事する。
「空もたまーに抜けてるよね」
「はい?」
ちょい待て、今のは聞き捨てならないぞ。
「それどういう意味だよ」
「まあ、見ているようで見ていないというか……私でもそうかなって思ったくらいなのに」
訳がわからん。
渡部に聞いてみる。
「こいつが何を言ってるかわかるか?」
「二股の片割れとのいちゃつきトークに興味を持つと思うか?」
質問を質問で返された。
何か腹立つな。
「もしかしてうらやましいのか?」
「う、うらやましくなんかない」
当たりだった。
「どっちかいるか?」
あえて質問する。
「いらん」
「今なら一人もらうともう一人ついてくるぞ」
「いや、俺はお前と違って二股とかしないから」
「くっつかないしゃもじもつけるぞ」
「通販か」
「今から三十分以内に申し込むと送料は無料だ」
「そいつはすごい……すごくもないが、大したサービスだな。意味不明だが」
「ちょっと」
商品、ではなくみるくが割り込んできた。
「私を通販の防犯ライトみたいに扱わないでよ」
まあ、こいつを二人もらっても大変そうだしな。
ひとしきりバカ話を終えるとあずきと明治さんが戻ってきた。
二人とも何もなかったかのように席に着く。
学食や他所でお昼を済ませる連中がいるから椅子には余裕があるのだ。
僕はあずきに聞いた。
「何の話だったんだ?」
「空には秘密」
「そんなことを言われると余計に気になるんだが」
「そう? でも教えない」
「あずき」
僕は真剣な眼差しであずきを見つめる。
「僕に隠し事なんてしないよな」
「……う」
「僕があずきに隠し事した事ってあるか?」
「ある」
そうでした。
こういうとき日頃の行いが悪いと苦労するな。
やむなく明治さんにたずねる。
「何の話だったの?」
「あのね」
やや厳しい口調で。
「女子の話をしつこく聞き出そうとしないで」
ピシャリ、と目の前で扉を閉められたかのような冷たさ。
てか、そこまで拒否しなくてもいいんじゃないの?
僕が気落ちすると、明治さんが一言添えた。
「あんたの悪口とかじゃないから」
「え?」
ぷいっと顔を背けて明治さんが飲みかけのパック牛乳に口をつける。
表情はきついけどほんのり頬を朱に染めているのは何だか可愛らしい。
……ん?
よく見ると誰かに似てないか?
誰だっけ?
思い出そうとしたとき、クラスの女子が僕を呼んだ。
「羽田くーん、お客さんだよ」
★★★
僕を訪ねてきたのは江崎さんだった。
「何度も来てごめんなさい」
僕が用件を確認するより早く、江崎さんが頭を下げる。
「え、江崎さん?」
「私、あれからずっと自問してたんです。羽田くんが二股なのはもしかしてあの二人だと物足りないからなんじゃないかって。一人に絞れないってことはその娘に羽田くんを夢中にさせるだけの決め手がないってことですよね。だったら、もしかしたら、ううんきっと私にもチャンスがあるんじゃないかなって……」
「あ、えーと」
おい、この流れはヤバくないか?
うかがうような目で江崎さんが僕を見た。
「私と付き合ってくれませんか? どうしても羽田くんのことあきらめられないんです」
おいおいおいおい。
ここで告白タイムかよ。
「いや、でも僕と付き合うと三股疑惑に巻き込まれるかもしれないし」
「構いません!」
江崎さんの声は決意に満ちていた。
「私、羽田くんのためなら頑張れます」
「……」
いや、頑張らなくていいから。
「それにほら、昨日江崎さんも言ってたでしょ、二股は良くないって。三股は二股より……」
「それって周囲の人の考えを押しつけているだけだって気づいたんです。大切なのは本人たちがどう思うかなんですよね」
ああ……何てことだ。
この娘、自己完結してなかったよ。
昼休み。。
いつものようにみるくが僕とあずきのクラスにやってきて、みんなでお昼を食べている。
お弁当はあずき特製の巨大お握りにコロッケとエビフライ、レタスとキュウリとタマネギとプチトマトのサラダ、みるくの作った塩味の濃いポテトサラダと物体X……でなくて焦げたハンバーグ。
冒頭のセリフに戻る。
「……で、どうして明治さんがここにいるの?」
発したのはあずきだ。
事故チューの一見のせいか、あずきの明治杏子(めいじ・きょうこ)さんに対する目が厳しい。エレベーターを降りてすぐにお互い簡単な挨拶(僕は謝罪)をしたが、そのときにはすでにあずきにとって敵認定されているようだった。
一方、明治さんはというと……。
「わ、私はみーちゃんに誘われたから仕方なく来ただけだし」
僕とは距離をとり、みるくをワンクッションにして席についている。彼女は購買で買ったと思しきミックスサンドとパック牛乳を置いていた。
あずきの食事量を見慣れてしまっているせいかひどく少なく見える。
視線に気づいたのか明治さんが睨む。
「あによ」
何よ、ではなくあによ。
明治さん特有の言い方なのかな?
「あ、えーと。それだけで足りるのかなっておもって」
「このくらい普通でしょ」
普通なのか?
僕の隣ではあずきが巨大お握りの三個目にぱくついている。ご飯を食べるときはそれまでの不機嫌さを忘れさせるくらい幸せそうにするので何だかとても可愛らしい。
「……普通? どっちが普通?」
そういえば渡部もいたっけ。
渡部はあずきと明治三の間に座っている。席順としては二つの机を一つの島にしたのを取り囲むように僕・みるく・明治さん・渡部・あずきと五人で並んでいる。
みるくは佐々木さんも誘ったようだけど、文芸部の用があるとかで参加はパスされた。
渡部の前には一リットルのコーラのペットボトルと焼きそばパンが二個。これはこれで多いのやら少ないのやら。
コーラは半分ほど飲まれており、焼きそばパンは一個目が三分の二くらい食べられている。このペース配分は大丈夫なのか?
「あれだな」
僕は言った。
「あずきを基本とするか明治さんを基本とするか、これによってかなり違ってくる」
「あたし普通だもん」
食べかけの巨大お握りを手にあずきが主張する。
「育ち盛りなんだからたくさん美味しくいただくのは普通だもん」
「普通……」
ものすごく何か言いたげに明治さんがつぶやく。さっきから牛乳しか口にしてないけど、どこか具合でも悪いのかな?
「明治さん……じゃなくて杏子ちゃん」
みるくが声をかける。
「サンドイッチ食べないの?」
「あ、ううん」
明治さんが首を振った。
「ちょっとあの子の食べっぷりに胸やけしかけてるというか……よく太らないね」
「あぁ」
と、みるく。
「太る太らないって問題じゃなく胸にいくかどうかというか」
「?」
「あ、えーと、私、何を」
みるくの頬が赤くなった。
暑くなったのかパックのウーロン茶を飲む。
いや、お前は牛乳にしたほうがいいぞ。
「ところで」
渡部がたずねた。
「明治さんって前はどこにいたの?」
「えっ?」
「いや、そんなに驚かれても」
「東京だよね」
なぜかあずきが答えた。
「それも一人暮らし。実家って千葉でしょ」
「あずき、適当なこと言うなよ」
「適当じゃないよ」
「あのな、どうして今日合ったばかりの相手の個人情報をお前が知ってるんだ?」
「空、それ本気で言ってるの?」
「ん? 本気だが?」
あずきが僕の目をじっと見る。
にやり。
「ふーん、そうなんだ」
おいおい。
何だその顔は。
「あの、明治さん」
不意にあずきが立ち上がった。
「ちょっと二人でお話したいんだけど」
「え? 私と?」
頭に疑問符をいくつもつけて、明治さんが首を傾げる。
まあそうだろう。
あずきが明治さんに対する態度は獲物を横取りさせまいとする猛獣のそれに酷似していたからな。
短時間の関わりでもあずきが自分にあまり良い感情を抱いていないということくらい明治さんもわかるだろう。
そんなあずきがにっこりとする。
「すぐ終わるから、ね?」
「でも、その……」
「仲居の花蓮ちゃんって……」
「わーっわーっ、わーっ!」
いきなり明治さんが騒ぎだす。出会って間がないけどこんなふうにおかしな行動をする彼女を見るのも面白いな。
「あーわかったわかった! わかったから」
勢いよく席を立ち、あずきに導かれるまま明治さんが教室を出ていく。
僕は目をぱちぱちさせた。
「あずきの奴どうしたんだ?」
「さぁ」
みるくが棒読みな感じで返事する。
「空もたまーに抜けてるよね」
「はい?」
ちょい待て、今のは聞き捨てならないぞ。
「それどういう意味だよ」
「まあ、見ているようで見ていないというか……私でもそうかなって思ったくらいなのに」
訳がわからん。
渡部に聞いてみる。
「こいつが何を言ってるかわかるか?」
「二股の片割れとのいちゃつきトークに興味を持つと思うか?」
質問を質問で返された。
何か腹立つな。
「もしかしてうらやましいのか?」
「う、うらやましくなんかない」
当たりだった。
「どっちかいるか?」
あえて質問する。
「いらん」
「今なら一人もらうともう一人ついてくるぞ」
「いや、俺はお前と違って二股とかしないから」
「くっつかないしゃもじもつけるぞ」
「通販か」
「今から三十分以内に申し込むと送料は無料だ」
「そいつはすごい……すごくもないが、大したサービスだな。意味不明だが」
「ちょっと」
商品、ではなくみるくが割り込んできた。
「私を通販の防犯ライトみたいに扱わないでよ」
まあ、こいつを二人もらっても大変そうだしな。
ひとしきりバカ話を終えるとあずきと明治さんが戻ってきた。
二人とも何もなかったかのように席に着く。
学食や他所でお昼を済ませる連中がいるから椅子には余裕があるのだ。
僕はあずきに聞いた。
「何の話だったんだ?」
「空には秘密」
「そんなことを言われると余計に気になるんだが」
「そう? でも教えない」
「あずき」
僕は真剣な眼差しであずきを見つめる。
「僕に隠し事なんてしないよな」
「……う」
「僕があずきに隠し事した事ってあるか?」
「ある」
そうでした。
こういうとき日頃の行いが悪いと苦労するな。
やむなく明治さんにたずねる。
「何の話だったの?」
「あのね」
やや厳しい口調で。
「女子の話をしつこく聞き出そうとしないで」
ピシャリ、と目の前で扉を閉められたかのような冷たさ。
てか、そこまで拒否しなくてもいいんじゃないの?
僕が気落ちすると、明治さんが一言添えた。
「あんたの悪口とかじゃないから」
「え?」
ぷいっと顔を背けて明治さんが飲みかけのパック牛乳に口をつける。
表情はきついけどほんのり頬を朱に染めているのは何だか可愛らしい。
……ん?
よく見ると誰かに似てないか?
誰だっけ?
思い出そうとしたとき、クラスの女子が僕を呼んだ。
「羽田くーん、お客さんだよ」
★★★
僕を訪ねてきたのは江崎さんだった。
「何度も来てごめんなさい」
僕が用件を確認するより早く、江崎さんが頭を下げる。
「え、江崎さん?」
「私、あれからずっと自問してたんです。羽田くんが二股なのはもしかしてあの二人だと物足りないからなんじゃないかって。一人に絞れないってことはその娘に羽田くんを夢中にさせるだけの決め手がないってことですよね。だったら、もしかしたら、ううんきっと私にもチャンスがあるんじゃないかなって……」
「あ、えーと」
おい、この流れはヤバくないか?
うかがうような目で江崎さんが僕を見た。
「私と付き合ってくれませんか? どうしても羽田くんのことあきらめられないんです」
おいおいおいおい。
ここで告白タイムかよ。
「いや、でも僕と付き合うと三股疑惑に巻き込まれるかもしれないし」
「構いません!」
江崎さんの声は決意に満ちていた。
「私、羽田くんのためなら頑張れます」
「……」
いや、頑張らなくていいから。
「それにほら、昨日江崎さんも言ってたでしょ、二股は良くないって。三股は二股より……」
「それって周囲の人の考えを押しつけているだけだって気づいたんです。大切なのは本人たちがどう思うかなんですよね」
ああ……何てことだ。
この娘、自己完結してなかったよ。