第49話 『京都会席料理』    ~妥協なき驚きの正解を知る方法~

文字数 2,003文字

物事がなかなか決まらない時。
じつは、それが「妥協してはならない」という合図であることがある。
そんな時は、徹底的に納得がいくモノを探す方が良い結果に辿り着く。
あの時も、まさにそうだった。

京都旅行でのこと。
1冊目の本を書き上げた後、京都旅行を決行した。
京都と言えば、修学旅行と受験で行ったきり。
一人旅として訪れるのは初めてである。

私の先祖や身内は織田信長と縁がある。
よって出版の報告を兼ねて、信長所縁の本能寺跡にお参りにいく。
じつは、こちらが旅の第一の目的とも言える。

現在、本能寺跡には『信長茶寮』なる建物がある。
地下に慰霊碑があり供養のお参りが出来る。
そこで心を込め、先祖供養のお参りをした。



滞りなく、旅の第一の目的を果たした。

さて、ここから京都観光が始まる。
バスに乗り京都祇園へと移動した。

八坂神社あたりを散策し、夕焼けを背景に五重塔の写真を撮る。

――パシャリ



「うむ、京都を満喫」

そうこうしているうちに、日も暮れて、次第にお腹がすいてきた。

「そろそろ夕食にしようか」

せっかくだから京都にちなんだものが食べたい。
祇園の街を歩きつつ、そう考えた。

京都らしい食事が出来そうな店が軒を連ねている。
その中の一軒を選び、店に入ろうとした。

ところが……

ここで奇妙な出来事が起きた。

――急に、心がモヤモヤ、モヤモヤし始めた

あまりにもモヤモヤするので、その店に入ることを躊躇った。

「仕方がない、別の店を探すか……」

気を取り直し、別の店を探した。

「うむ、この店にするか」

するとどうだろう。
またもや心がモヤモヤ、モヤモヤし始めた。

一体、何なのだろうか、このモヤモヤ感は。

その後も、店に入ろうとする度に、モヤモヤがやって来る。

「もういい加減にしてくれ、さすがに腹が減った」

こんな体験は初めてである。
一向に夕食をとるべき店が決まらない。

――さすがに疲れてきたなぁ……

ふと見ると、前方の建物と建物の隙間に細い脇道のような通路が見えた。

「おや、面白そうな小道だな」

その細い通路に入ってみた。

通路の奥には一軒の京料理店があった。

「おや、変だな、モヤモヤしない」

どういうわけか、その店の前では心がモヤモヤしない。
それどころか、どこか心がスッキリとした感覚がある。

どう考えても、この店で食べろと言われているように思える。

「よし、この店にしよう」

ようやく、夕食をとる店が決まった。
店に入ると座敷に通され、お品書きを受け取った。

京懐石の店らしく、様々な懐石料理のコースがあった。
その中から、高からず、安からず、真ん中あたりのコースを選んだ。

ほどなくして、色とりどりの美しい料理が運ばれてきた。
どれもとても上品な味である。

1つ料理を食べ終える頃、ちょうど良いタイミングで次の料理が運ばれてくる。
ふと、次の料理が気になり、お品書きの紙を手に取り目をやった。

――『椀物』

「次は椀物か」とつぶやき、その紙を机上に置いた、その瞬間。

――あっ! そう言えば!

とても重要なことを思い出した。
それは以前、読んだ小説の料亭のワンシーンだった。

懐石料理などの料亭では、お椀の蓋に水滴が振りかけられている。
このお椀の蓋を誰も開けていませんという意味が込められている。

この小説を読んだ時に、こう思った。

――「いつか、そのような懐石料理を食べてみたい」

そのことを、急に思い出したのである。

「この店のお椀の蓋にも、水滴が振りかけられているだろうか」

椀物が運ばれてくるのが楽しみになってきた。
これには、いやが上にもワクワクと気持ちが昂る。

いよいよ椀物が運ばれてきた。
そして、お椀の蓋に目をやる。

――おぉ、あった!

お椀の蓋には、無数の水滴が振りかけられていた。



「あぁ、これが小説で読んだ水滴か」

とても感慨深いものがあった。

小説を読み、体験してみたいと思った光景が、今、目の前にある。

このお店を選んで大正解だった。
心底そう感じた。

――いや、待てよ、この店を選んで?

「そうか、そういうことだったのか……」

重要な事実に気がついた。
この店を自分で選んだと言うのは少し違う。

そうである。
私をこの店へと連れてきてくれたのは……

――心のモヤモヤだった

別の店に入ろうとすると、心がモヤモヤした。
この店に入ろうとすると、心がスッキリした。



そのようにして、心のモヤモヤがこの店に導いてくれた。

これが事実である。

心のモヤモヤの感覚に従って大正解だった、と言うべきであろう。
そのお陰で、小説の中のワンシーンを体験できたのである。

もしも妥協して他の店に入っていたら、この体験は出来なかっただろう。
妥協せず、徹底的に探し歩いたことで、この願いが叶った。

『心の声を聴き、妥協せずに見つけ出す』

その大切さを実感した。

心のモヤモヤは「妥協をするな」と言っていたのだろうか。
ふと、そんなことが思い浮かんだ。

それにしても……

――心のモヤモヤに懐石料理を奨められるとは……

まさに「事実は小説よりも奇なり」である。
 
 
 
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