第8話 恐ろしい夢―僕は許婚の生まれ変わりで暗殺者?

文字数 1,483文字

今、俺は道を跨いだ大きな木の上に身を隠している。領主の一行がここを通ることが分かっている。恨みを必ず晴らしてやる!

俺の属していた山本一族は、この倶利伽羅一帯を支配するいくつかの土豪の一つだった。この辺りは加賀と越中の国境であるために昔から調略や戦の絶えないところで、今はこの辺り一帯を大野一族が領主として束ねている。山本一族は先代から大野一族に従っていた。

俺には幼馴染で許婚の山本一族の当主の姫がいたが、お館様は俺の親との約束を反故にして、姫を大野一族の当主の側室に人質として差し出すことにした。領主から越中の国から調略されているのではとの疑いをかけられていたからだった。俺と両親は一族のため、やむなく承知した。

嫁ぐ前の日に姫に会うことができた。姫は泣いていた。俺は寂しさを紛らせるためと言って子猫を渡した。姫は大事に育てると言っていた。

姫は大野館へ嫁いで行った。それで疑いは晴れたと思っていたが、大野一族の当主は疑い深い人間だった。半年ほど経った時、山本家の当主を館へ招いて、油断させておいて殺害した。

それからすぐに我々山本一族の村と館が大野一族に襲われた。急襲されたので、抵抗のすべもないままに一族のほとんどが殺され、生き延びたものは僅かだった。俺の両親も殺されてしまった。

俺は狩りに出かけていて、遠く離れていたところにいたので難を免れた。戻った時には村はすっかり焼き払われていた。

俺はすぐに姫を助け出そうと夜になって大野館へ忍び込んだ。姫の部屋がどこか分からない。足元で猫の泣き声がした。薄明りの中であの手渡した猫だと分かった。猫は姫の部屋に俺を導いてくれた。

姫は部屋に閉じ込められていた。部屋の前に家来が一人見張りをしている。見張りが猫に気がとられているうちに俺は一気に始末した。

姫の部屋に入った時、姫は自害をする直前だった。俺はそれを制止して一緒に逃げようと諭して、二人で部屋を抜け出した。

しかし、館を出たところで、家来に見つかって、徐々に追い詰められてしまった。姫はそれ以上近づくと自害するといって短刀を喉に当てた。当主は姫の自害を恐れて、取り囲んでいた家来たちを見えないところまで離れさせた。

それを見ると姫は「逃げて生き延びて!」と言って俺を押しやって、自らの喉に短刀を突き刺した。姫の思いが分かったので逃げた。逃げるしかなかった。今でも悔いが残る。あの時一緒に死ねばよかったと!

領主の一行が近づいてくるのが見える。先頭に3人が歩いて、馬に乗った領主が続く。馬の両脇にも一人ずついる。その後に3人の家来が続いている。樹上からなら一瞬の隙がありそうだ。

俺は狩りが得意だが武術はそれほどでもない。でも突進してくる猪に飛び乗って一撃で仕留めたことはある。木の上に隠れていて熊を仕留めたこともある。この一瞬一撃に賭ける。

真下に来たその時、木から飛び降りた。短刀で一瞬に領主の首を引き裂く。鮮血が噴き出た。仕留めたと思った。領主のギャーを言う声を聞きつけて、前後左右から家来が駆けつけて槍で突いて来る。槍が胸と腹と背中に突き刺さった。

驚いて目が覚めた。夢を見ていた。本当に怖い夢だった。握った手が汗で濡れてびっしょりで、額と首も汗でびっしょりだった。今日、紗耶香の父親から悲劇の姫君の話を聞いたからだろうと思った。でもよく見ると手には短刀を握ったような跡が残っていた。思わず身体が震えた。

夢ははっきりと覚えていたが、夢に出てきた姫を始め、人の顔は全く憶えていなかった。時計を見ると2時を過ぎたところだった。それから朝まで眠れなかった。いや怖くて眠りたくなかった。
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