第30話 信市さんのお孫さん
文字数 1,121文字
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数年後、日本中、いや世界中から柴犬ファンの人たちが、この地を訪れる。そんな光景が目に浮かぶようだ。
石号の存在を知り、好奇心のままに調べてきたが、半年も経たずに、ここにたどり着くことができた。
この地におられるであろう山の神様に心から感謝した。
【赤い屋根の家が石号の実家】
石号を飼っていた下山信市さんのお孫さん「下山博之」さんは、にっこりとして、私たちを出迎えてくださった。お年は50代とのこと。とても実直で、温厚そうな雰囲気が伝わってきた。
当時、この自然豊かな地で、純粋な日本犬と共に暮らしていた信市さんは、純粋な日本人というイメージの人ではなかったろうか。
お孫さんの博之さんを見て、ふと、昔の石見の人、いや昔の日本人はこんな感じなのだろうなと思った。
博之さんは、家の周りの草刈りをしている最中で、汗びっしょり。お話を聞くのがお気の毒なくらいだった。
「突然で驚かれたと思います」と私は、これまでの経緯や簡単な自己紹介をして、同行の皆さんをご紹介した。
そして、一番聞きたかったことから伺った。
「おじいさまの信市さんが、昭和の初めに飼われていた『石』という犬は、実は、現在のすべての柴犬の祖犬なのですが、ご存じでしたか?」少し焦り気味に問いかけた。
「いいえ。まったく知りませんでした」と博之さんは、ゆっくりと話し始めた。
「先日、柳尾さんが来られて、その話を聞いて、もうびっくりしました。そういえば、昔、賢い犬が家にいたとは、おばあさんに聞いたことがありますが・・。ただ、今回のことで思い出したんですけど、前に知り合いの方が書いた文章の中に、ちらっとうちの犬のことが書かれていて、『何かの犬の祖である』とかあったんですが、意味がわからなくて・・。どういうことなんだろうと思ったことはありますが・・」
「おじいさまから何か聞かれたことはありませんか?」
「下山信市は、確かに私の祖父ですが、昭和11年に36歳で亡くなっています。ですから、会ったことはありません」
「そうなんですか・・。ちょうど石号を中村鶴吉さんに譲った年ですね」
「ええ。なのでその後、自分の家から出た犬が、柴犬の祖犬になったなんて、知る由もありません。だから、このお話を聞いて、さっそく祖父のお墓参りをしました」
博之さんが、お墓で手を合わせている姿が目に浮かぶ。
「それにしても、自分のおじいさんが昔、飼っていた犬のことで、こうして何人もの方が訪ねて来られるなんて、本当に不思議です。このことを知って、心から感動しました。先祖に感謝ですね」と、笑顔でおっしゃった。
次号に続きます。