第13話 狼男には野望がある

文字数 1,572文字

「今に俺がこの地上の人間全てを獣人に変えてやる! 獣人の帝国を! 獣人の世界を作るのだ!」
 満月の月を背に、男が叫ぶ。
 見る影もなく変わり果てた彼を目の前にした私達は息を飲んだ。

 そこに居たのは狼男。
 狼の頭に人間の身体。
 その身体は頭と同じ茶色い毛で覆われていて、その手には鋭い爪と肉球らしいものが確認できる。
 足の形も犬が二本足で立ったらきっとこんな感じになるだろうという見た目をしている。

「すごーい! もふもふ~! ねえママ、この人を私のパパにしてもいい?」
 狼男の腕に抱かれ、ズボンと白衣以外は身に付けられていないせいでむき出しになったもふもふの胸板に顔をうずめながらアンナリーザが言う。

「ダメに決まってるでしょう!?」
 思わず私は声をあげる。
 そんな、犬飼っていい? みたいなノリで聞くんじゃありません!

「えー、なんでー? 私パパ欲しい!」
 不満そうに、猫のような耳と尻尾を生やしたアンナリーザはむくれる。
「パパの話は後で聞くけど、その人はダメ!」
 誘拐犯なうえに危険思想の持ち主なんて、どんな優れた才能を持った人間でも願い下げだ。

「大丈夫だ。今回は魔法の途中で邪魔が入ったせいでこんな不完全で中途半端な姿になってしまったが、次はちゃんとアンを完全な獣人にしてみせる!」
 キリッとした様子で狼男は言うけれど、問題はそこじゃない。
 というか、それ以上アンナリーザを獣に近づけようとするなら容赦なく潰す。

「そんな事は心配してないわよ! あなた自分が何してるかわかってるの!?」
「この世界をあるべき姿に変えるだけさ!」
 自信満々な様子で、高らかに狼男は宣言する。

「ふざけないで! 人の娘を誘拐して、変な魔法で勝手に獣人にしようとして、何があるべき世界よ!」
「あんたは考えた事が無いのか、なぜ、この世界には獣人がいないのかと」
「あるわけないでしょう!? 獣人もエルフも巨人も小人も、全部物語の中だけの話なんだから!」
 本気で彼は何を言っているのだろう。

「そうか。優秀な魔術師のようだが、人生の大半を損してるな、あんた」
「はあ!?」
 やれやれ、と狼男が首を横に振る。
 なんで私が残念な奴みたいな反応されなきゃいけないのよ!?

「獣人とか最高だろう! もふもふの体毛にふわふわのしっぽ! 獣の頭だぞ!? それが実際にいたら素晴らしいと、世界中の人間がそうなったら最高だと、なぜ気づかない!?」
「気づく以前に素晴らしいとも最高だとも思わないわよ!」
 渾身の力で私がつっこみを入れれば、そうだそうだ! と私の後ろにいる自警団の皆が声をあげる。

「そうか……あんたはアンの母親で、俺と同じく学会に喧嘩を売った魔術師だというから、もしかしたらと期待したんだがな……」
 言いながら狼男の耳がぺたんと倒れる。
「あー、ママがジャックをいじめたー」
 アンナリーザは狼男の頭を撫でながら、不服そうに私を見る。
 なぜ、私が悪者みたいな扱いを受けなければならないのか。

「だが、そろそろ儀式の途中に乱入してきたあんた達にも影響が出てきたんじゃないか?」
 狼男は急にニヤリと牙を見せて笑う。

 何事かと思った私は、ふと自分の耳の感覚に違和感を覚えた。
 恐る恐る手を頭の方に持っていけば、ふかふかの毛に覆われた謎の物体に触れる。
 辺りを見回せば、皆の頭に犬や猫のような大きな耳が生えている。

「なあに、心配するな。今に全員仲良く完全な獣人にしてやる」
 邪悪な笑みを浮かべる狼男に、ロッドを構えて対峙する。

 なぜ、こんな事になっているのかと言えば、正直私にもわからない。
 強いて言うなら、きっと私の生まれ育ったこの町に帰ってきた事自体が間違いだったんだと思う……。
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登場人物紹介

レーナ

魔術師。本作の主人公。

最近やっと長年の研究が成功し、完成したホムンクルスにアンナリーザと名付け、自分の後継者として育て始めた。

初めはアンナリーザの天才っぷりを喜んでいたが、あまりの天災っぷりに頭を抱えるようになる。


※画像はカスタムキャストで作成しました。

アンナリーザ

ホムンクルス。本作のヒロイン。

天真爛漫で好奇心旺盛。

思いついたら試さずにはいられない。

高い知能と魔術的才能に恵まれているが、その全てが裏目に出て頻繁に大惨事を引き起こす。


※画像はカスタムキャストで作成しました。

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