教会の扉を開けると、いつもの受付のおばさんに挨拶した。
「はい。……あの、お願いがあるんですけど……牧師さんとお話しすることって、できるでしょうか?」
「あら、増田先生と?そうね……聞いてみるわね。ちょっと待っててね」
そう言うと婦人は2階へ上がっていった。玄関で手持ち無沙汰に突っ立っていると、後ろから声がした。
タカだった。今日は七分袖のシャツに皮のベスト、くるぶしまである水色パンツという出で立ちで、相変わらず雰囲気はやんちゃだった。
「おはようございます、タカさん。この間はありがとうございました」
「あ、はい。牧師さんと、お話がしたいなと思って……」
耳に手を当てながらタカがコメントする。と、受付の婦人が戻ってきた。
「美沙ちゃん、お待たせしたわね。それがね、普通なら求道者向けのクラスがあって、礼拝前は忙しいんだけど、今日はたまたまクラスがキャンセルになってね、30分くらいなら時間取れるそうよ」
「応接室」と書かれた小部屋に案内され、大きくゆったりとした3人掛けのソファーに深く腰を下ろす。少しするとドアをノックする音がした。
白髪交じりの短髪にふちなしの横に細いメガネ、175cmの体躯はがっしりとしていて、「元レスラーです」と言われても「なるほど」と信じられそうだった。ともすれば威圧感すら感じさせる風貌だが、瞳の奥の温厚な光と暖かな笑顔、ゆったりとした物腰が周囲に安心感を与えていた。指の太い大きな手でがしっと握手してくれた。
部屋は窓が壁2面に大きく取ってあり、陽の光がゆたかに降り注いでいた。増田牧師はブラインドを動かして調光し、美沙の向かいのソファーに腰を下ろした。
「何度か教会に足を運んでくださっていますよね。ありがとうございます」
深々と頭を下げる増田。だが、嫌な感じはしない。美沙のような若者にも、敬意を払って接してくれているのが伝わって来る。美沙は恐縮して、
初めは増田牧師が率先して話をふってくれて、お互いのことを分かち合った。家族構成や教会に来た理由、それにタカに世話になった事などだ。
婦人が運んでくれたお茶をすすりながら、増田は話し出した。
牧師になるほどの人なら、そういう家系なのかと勝手に思っていたが、意外だった。
「ずいぶん荒れた青春時代を送っていました。生きる意味や目的が見出せなかったんですね。」
「ええ。ところが高校2年の終わりに、体の故障でレギュラーから外されてしまいましてね」
そこから甲子園という目標を見失い、何かを求めるようにしてアメリカに留学したが、そこでもカルチャーショックや言葉の壁から来る孤独に苦悶し、ついに自殺まで考えたという。
「私ね、思ったんですよ。もしこの世界に【神】という存在がいなければ、全ては偶然から生まれて偶然に死んでいくだけだとしたら、そこに意味など見いだせるはずがない。定められた運命も、課せられた使命もあるわけがない、とね。そうして心身共に疲弊しきって、身を投げるのにいい海沿いの絶壁を下見していた時に……それは突然起こったんです。」
「空をね、海をね、太陽をね、見ている時に突然……わかったんです。
『もし創造主である神が本当に存在するとしたら、この世界に存在する全てのものには意味があり、使命があり、目的がある』と。
この自然界を治める美しい物理法則や調和は、決して偶然や無秩序からは生まれ得ない。事実、科学者たちが今のこの地球の軌道や太陽との距離、地軸の傾きを計算してみたところ、そこからほんの少しでもずれたり離れたりするだけで、地球は生命の住めない星になってしまうそうです。それが、何百年、何千年、何万年とその絶妙なバランスを取り続けている。これはもう、偶然では説明不可能なのです」
それから増田は教会に通い始め、キリストを信じるに至り、現在に至るという。
「……ああ、失礼。すっかり話し込んでしまいました。美沙さんは、話がしたくていらして下さったんですよね」
増田の話に聞き入ってしまっていた美沙はハッと我に返り、カバンの中からレポートを取り出した。
「増田牧師さん、私がここに来たのは、学校の宿題のレポートを書くためでした」
手を組み、わずかに笑みを浮かべて無言でうなずく増田。
「増田さんのお話をレポートにまとめようとしましたが、どうしてもうまく行きませんでした。お話してくださる内容は決して難しくはないんですけど、なんて言うか、まとめられなかったんです」
「それから、私の人生に不思議なことが起こり始めたんです。最初は台湾人チームのダンスを見たときで……」
それからしばし、一連の体験を語りだす。語るうちにどんどん熱が入っていくのに、美沙は気付いていた。
(私、びっくりするくらいしゃべってる……そうだ、今までは自問自答するばかりで、こうしてまとまって人に話す事はできなかったんだ。理解してくれそうな人を見つけられなかったから……って、そりゃそうだよね。こんな話、誰が理解できるの??でも、この人ならたぶん何か教えてくれるんじゃないかな)
増田は美沙の目を真っ直ぐに見て、時折驚いたような顔や嬉しそうな顔を浮かべながら話に聞き入っていた。
しゃべり切ってから、美沙はこの夏休みの結晶とも言えるものを差し出した。
増田はレポートを受け取ると、美沙にやさしい眼差しを向けながら言った。
「美沙さん、ありがとう。大切に読ませていただきます。大変申し訳ないのですが、礼拝の準備がありますので、ひとまずここで失礼します。ぜひまたお話したいのですが、礼拝の後はお時間ありますか?」
再び話す約束をすると、増田牧師に礼を告げて、美沙は応接室を後にした。
二階の礼拝堂に入ると、開け放たれた窓から気持ちの良い風が吹き込んでいた。天窓からは説教壇に光が降り注いでいる。真っ白に塗った高い三角天井には清潔さと神聖さを思わせる広がりがあった。
一人静かに祈っている人、近況報告をし合うご婦人たち、何やら準備をしている人、整えた生花を説教壇の隣の机に飾り付ける人など、様々だ。外の通りの忙しい往来とは別に、ここにはゆったりとした時間が流れていた。美沙は座りやすい最後列の椅子にちょこんと腰掛けた。
かわいい声で呼ばれて振り返ると、いつぞや挨拶した子どもがキラキラした目で美沙を見ていた。
思わず頭をよしよしする。くるくる天パ頭の男の子がにこーっとする。
荷物を置いて立とうとすると、30代くらいの女性に挨拶された。
「おはようございます、斎藤と申します。ウチの恵太がお世話になりまして」
「あ。え?いえ、ぜんぜん……むしろ、かわいくて助かってます!」
なんだか若干意味の通らないお礼になった、と言った後で気づいて顔を赤くする美沙。
「あ、えっと、その、かわいくて、そんでもって、自分みたいにまだ教会に日が浅い人でも気軽に声かけてくれて、居場所をもらってるみたいで、そういう感じで助かってます……」
「こちらこそ、恵太はやんちゃ坊主なんですけど、教会に来るとみんなに可愛がってもらえるし、私も育児を少し忘れて荷を下ろせるので助かってるんです」
斎藤にぺこりと頭を下げて、美沙は恵太の後を追った。
ぜんまい仕掛けのミニカーを走らせて遊びながら、ふと美沙は恵太に聞いてみたくなった。
「うん!いえすさま、けーたくんのこと、だいすきなんだよ。けーたくんも、いえすさまのことすきだよ」
(やっぱり、言われたら素直に信じる子どもだからかなあ)
(……あ、あれ?そういえば鈴子さんも確か、似たようなこと言ってたような……あ、そうか。『親子、みたいな感じ』って言ってたんだっけ。……子どもだけじゃ、ないんだ??)
「いえすさまはね、みさちゃんのこと、だーいすきなんだよ」
恵太の何気なく放った言葉が、美沙の頭を通り越して、魂に入り込んだ。
刹那、美沙の中で何かがはじけた。今まで起こったバラバラに思える出来事が、瞬時につながった。
初め、なぜこのように未知からの介入を受けなければならないのか、合点がいかなかった。
そして、次第に『自分のことを取り込もうとしているからか』と思うようになった。自分のしたいことを禁止し、したくないことをさせ、行きたくないところに行かせ、自分から自由を奪うため、何かに従属させるため、自分を利用するためにこうしているのか、と。
それ以上の答えが見つからなかったので、美沙は美沙なりにその応答として結論を出した。課題のレポートはこう締めくくっていた。「聖書の神様はたぶん良いお方なのだと思います。でも私は今まで通り自分の人生を歩みたいです。私はこの方を信じることはできません」
しかし
もしそれが、純粋な愛から出たものだったとしたら。
未知と思っていた存在が、実はたまらなく懐かしい、帰るべき故郷のような存在なのだとしたら。
心の底で求め続けてきた、【何が起こったとしても決して変わることのない愛の源泉】がそこにあるとしたら。
今までの人生の中で自分に与えられてきた、親や友達、環境、保護、恵みがすべて、この存在に端を発していたとしたら。
自分はなぜ、背を向けて、歩み去ろうとしているのだろう?
恵太の声で、はっと我に返る。とめどなく涙を流しながら、声も立てずに美沙は泣いていた。
懐かしい人に出会ったような、暖かな陽だまりで心から安心するような、ほしくてしょうがなかったプレゼントをもらった時のような、お父さんのふところに抱きしめられた時の記憶のような、あたたかい、やさしい、快い、うれしくて飛び跳ねたいくらいワクワクする、それでいて安心な、不思議な感覚。知らずに緊張していた体のすべての部分がほどけていくような心地よさ。ずっと誰にも言えなかった秘密を打ち明けて、受け止めてもらえたような安堵感。
自分でも何を言ったらいいのかわからない。なのに、次に出てきた言葉に自分自身がびっくりした。
主語はつかなかったが、それが「イエスさま」であり「神さま」であることは自分でわかっていた。恵太は満面の笑みを浮かべて美沙に同意した。
鈴子がいつもの明るい調子で入ってきて、予想外の事態に驚いた。が、すぐに察して美沙に近づく。
「美沙ちゃん、答えたくなかったら、答えなくてもいいからね。……どうして、泣いてるの?」
美沙は答えようとしたが、言葉にならない。涙だけがほろほろとこぼれ続けている。鈴子は目を閉じて、何やら歌うように小声でつぶやき始めた。日本語ではなさそうだが、どうも英語や韓国語など、聞き覚えのある言葉でもなさそうだ。それでいて、不思議と違和感はなかった。やがて、鈴子が口を開いた。
「美沙ちゃん、神さまは今、美沙ちゃんにこう言ってる感じがするよ。
『そうです。わたしはあなたを愛しています。
あなたを形造り、あなたを愛おしんで造り上げたのはこのわたしです。
わたしはあなたを束縛したり、何かを強制したりは決してしません。
わたしの娘よ。安心してわたしのところへ帰ってきなさい。』」
すると、それまで声ひとつ立てずに泣いていた美沙が、大声で泣き出した。魂の底から泣いている。そんな表情をしていた。礼拝堂にいる人々は、慣れた様子で泣き声の主のために静かに祈り始めた。こういう状況はそう珍しいわけでもないようだ。
(なんで……?なんで鈴子さん、私しか知らないはずのことを、こんなにも言い当てるの……?!)
美沙は大泣きしながら、同時に頭の片隅で冷静に考えていた。
(あぁ……そういえば、イエス様が人の考えていることを見抜いているって事、聖書に書いてあったっけな……。)
「『わたしの娘よ、こわがらなくていい。
わたしはあなたの全てを知っている。
わたしはあなたを抱きしめ、
わたしのすべての良いものであなたを満たしたいと願っている。
こわがらずに、わたしの元に帰ってきなさい』」
声はもちろん鈴子の声なのだが、鈴子がしゃべっているというよりは、まるで鈴子を通して誰かが美沙に語りかけているようだった。
ほどなくして、恵太が美千代を連れてきた。
「あらー。はいはいはい。美沙ちゃんよね。鈴、どう?」
「けーた、ありがとねー。美千代さん、祈って、主の心を少し伝えたところです。」
「あらよかったー。ね、美沙ちゃん。よく聞いてね。今あなたが体験しているのは、聖霊なる神様ご自身があなたに触れてくださっているのよ」
先ほどの号泣から少し落ち着いてきた美沙は、にこやかに語りかける美千代と呼ばれる夫人を見た。40代後半くらいの、ショートヘアで深いワインレッドの上品なワンピースを着た細身の女性だ。笑うとできる目尻のしわがチャーミングだった。
美千代は美沙の目をまっすぐにのぞき込みながら美沙に語りかけた。
「……あぁ、あなたはとてもいい子なのね。他者を思いやる気持ち、誠実さを大切にする心、真理を追究したい飢え渇きを持っている。すばらしいわ」
会ったばかりで、この人はなんでこんなに言えるのだろう。美沙は不思議に思った。
「優しさゆえに、深く傷ついてきたのね。かわいそうに……。主なる神さまは、あなたの今までの歩みを全てご存知なの。あなたをとっても深く愛しておられるわ。そして、あなたを主の愛の中で解放し自由にして、愛で満たしたいと願っておられるわ」
それは、たぶんわかる。今まで起こった出来事は、たぶんそういう事なのだろう。美沙は心の中でそう思った。美智代は言葉を続けた。
……たぶん、そうだと思う。聖書に書かれている通りの事が、直接に、あるいは両親などに間接的に実際に起こっているのだから、聖書は嘘ではないのだろう。その聖書がイエスを神の子だと宣言している。であればそうなのだろう。こくり、と首を縦に振る美沙。
美千代はにっこり微笑むと、次の質問をした。
「イエス様は美沙ちゃんを心から愛してるわ。信じる?」
こくり、と首を縦に振る。自分にいろいろ起こる理由が、まさか【愛されているから】だとは夢にも思わなかったが。
「美沙ちゃん、イエス様が十字架にかかられ苦しまれたのは、美沙ちゃんのすべての罪や過ち、傷や病を代わりに背負うためのものだったの。イエス様を美沙ちゃんの人生にお迎えすれば、すべての罪や過ちは赦され、傷や病気は癒され、新しく生まれ変わって、死後も永遠に続く命を与えられるわ」
意味は、半分ちょっとはわかっただろうか。一回で素直に入ってこなかった。それでも、赦される、癒される、命、という言葉には言いようもない安堵を感じた。
「美沙ちゃん、このイエス様を、あなたの人生の主としてお迎えしない?」
この問いにどう応えるかで、その後の人生は大きく変わってしまう。
(聖書のこんな高い基準を自分が生きられるとでも思ってるの?無理!どうせ途中であきらめて投げ出すに決まってる!人を憎むのも、悪口を言うのもダメなんて、できっこない!)
(こんなに安心したの、生まれて初めて……。もっと、この愛に浸っていたい。)
(きっとめんどくさい事いっぱい押し付けられたりやらされたりするよ!やりたくないことやらされるよ!やだよ!)
(私のこと、こんなに思ってくれる存在になら、心あげてもいいな……。)
(信じちゃったら、自分の好きに生きられなくなるよ!自分のしたい時にしたいようにできなくなっちゃう!そんなの不自由だよ!)
(でも私、このおっきな存在のこと、もっと知りたい。この方にだったら、ついていきたい……。)
沈黙の中、決着はついた。
うつむいていた美沙がゆっくりと顔を上げた。涙に濡れた目には、決断の光が灯っていた。
美千代と鈴は顔を見合わせて微笑むと、美千代が美沙に語りかけた。
「じゃあ、美沙ちゃん。私が最初に祈るから、後に続いて言葉を真似して祈ってくれるかしら?ただ言うんじゃなく、心からの言葉になるようにしてね」
「救いぬしイエスさまのお名前によって…お祈りします」
祈りながら、美沙はまた泣いていた。
祈りが終わると、鈴子が立ち上がり、母子室の扉を開けて言い放った。
わっと、礼拝堂いっぱいに歓声と拍手が沸き起こった。皆が美沙の方を向いて祝福の眼差しと拍手を送っている。泣いて目と鼻を真っ赤にした美沙はハンカチでは足りずタオルで涙を処理していたのだが、突然の展開にあたふたあわあわしていた。礼拝堂前方にあるグランドピアノから、ハッピーバースデーのイントロが流れてきた。礼拝堂いっぱいに歌が響き渡る。
『ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー、ディア美沙ちゃん……ハッピーバースデー、トゥーユー……!!!!』
祝福の拍手が美沙に降り注ぐ。美千代と鈴子に支えられながら辛うじて立ってはいるが、ほとんどへたり込む寸前だった。みんなが列を作って美沙におめでとうを言いに来た。いつも受付にいた夫人は
そう言って美沙を抱きしめてくれた。あたたかな温もりと共に、ふわりといい香りがした。ずっとこのまま抱きしめられていたいと思うような優しい抱擁だった。他にもたくさんの人に笑顔で握手したり挨拶したりされて、美沙は心にあたたかいものが流れ込んでくるのを感じていた。心に、ふつふつと喜びが湧き上がってくる。ああ、私、赦されたの?新しく、生まれ変わったの?
そんな予定外のバースデー祝いのため、その日の礼拝はいつもより少々遅れてスタートした。それをみんな別段気にした風でもなく、心から喜んで賛美の歌を主に向かって捧げていた。美沙は、ほとんど知らない曲ながら、賛美の間中、なぜだか嬉しくてたまらなかった。
お昼ご飯は出来合いのお弁当だったが、食べながらみんなとお話するだけで十分楽しかった。可愛い子どもたちと一緒にいっぱい遊んだ。同年代の若者たちと一緒にしたゲームも楽しかった。なぜだか、さっきまでずっと感じていたアウェー感がすっかり消え去っていた。
3時を回り、増田牧師が美代子と一緒にやってきた。
座布団とテーブルが並ぶ広々とした和室は、体の大きな彼が入ってくるとやや狭くなったように感じる。
「レポート、読ませて頂きました。よく、書けていましたよ」
「美沙ちゃんはとーってもいい子なんだから。ね、美沙ちゃん」
「ってことは、美代子さんて、タカさんのお母さん……」
「そうそう。あの子はほんとーにやんちゃで、美沙ちゃんみたいにもっとこう、素直になってくれたらいいのにねぇー」
遠慮のない人だとは思ったが、本当に遠慮しない、思ったことは口にする人なんだな、と美沙は改めて思った。
「恐らく美沙さんは今日、主を信じようとしてここに来たわけではなかったのでしょう」
「だから、今日美沙さんが信じることができたのは、創造主なる神さまからの贈り物、プレゼントなんですよ。よかったですね」
帰り道、普段見慣れていた何もかもが輝いて見えた。照りつける太陽も、緑の街路樹も、青い空も白い雲も、飛び交う鳥たちも、行き交う車や人々も、吹き抜ける風も、全てが美沙を祝福してくれているかのようだった。
(千尋ちゃんに見せるつもりで持って来たレポートの結論、書き直さなきゃ。
家に帰ったら、お父さんお母さんにも話そう。
聞いた話、起こった事は何でも報告する、そういう約束だったもの。
私、愛されてるんだ。
私、自由にされたんだ。
嬉しい。
うれしい!)
背中に羽が生えたように心が軽かった。大切な人たち全てにこの気持ちを分かち合いたいと思った。目に見えないけれど、確かにある世界のことを。触れられないけれど、たしかに守り導いてくれる存在のことを。聞こえないけれど、たしかに語りかけてくれる方のことを。
ー了ー