第152話 食卓

文字数 2,036文字

 その女性はユウトに気づくと手から顎を上げて「おっ」と多少驚いたような顔をする。正面で顔を捉えてようやくその女性がレナであることにユウトは気づいた。

これまでユウトが知っているレナの姿は軽装の鎧に身を包み、大雑把に後頭部で髪をまとめ上げた勇ましい戦士の風貌だけしか記憶の中にはない。今、目の前にいるレナはそういった戦士とは程遠いゆったりとした布の服装、肌と髪にはどこかしっとりとした水気があって艶があった。

 ユウトと目が合たレナは恥ずかしそうなむずがゆい表情ですぐにそっぽを向く。ユウトはいつもと違うレナの風貌に不意打ちを食らってしまい、気持ちの準備がままならないため久々に全身をこわばらせる緊張感が全身を駆け巡っていた。

 ユウトはレナと対角線上の丸椅子にぎこちなく腰を下ろして目線を落とし、目の前の食卓の木目を数えるように集中して無心に努める。

「ごめんなさい、ユウトさん。レナの身体を洗うのを手伝ってあげたら拗ねちゃって、機嫌が悪いんです」

 申し訳なさそうにユウトへレナの状態を説明しながらメルはユウトの隣に腰を下ろした。

「それはメルが強引に湯あみさせるからで・・・ってちょっと!どうしてユウトと一緒だったの?」

 レナは正面でにこにこと料理を取り分け始めているメルに苛立ちを隠さず尋ねる。

「ユウトさんが列に並んでるところで偶然会ってね。せっかくだからお誘いしたの」

 メルの言い分に対してレナはいぶかしむようにユウトの方を一瞥した。

「あんた、セブルの毛並みに見とれて誘ったでしょ」
「ま、まぁそれもあるかな」

 レナとメルがやり取りを横で聞きながらユウトはセブルやもう一匹のクロネコテン、ラトムを食卓の上に下ろす。誰もいない席の前に空いた食卓の上でセブル、ラトム、もう一匹のクロネコテンの魔物達は大人しく待機した。

「あっ!セブル、目を覚ましたの。さっきの戦闘では助かったわ。ラトムもありがとね」

 レナがそれまでの不機嫌さを忘れたようにぱぁっと表情を明るくして魔物達に声を掛ける。レナの呼びかけに答えるようにセブルは「なーぅ」と一鳴きし、ラトムは「オヤスイゴヨウ!」と答えて嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねた。

 レナと魔物達のやり取りが和気あいあいと進む中でユウトは落ち着きを取り戻してくる。フゥーと長い息を吐いてようやくユウトは目線を上げた。

 そのころにはメルも料理を配り終わり、ユウトの目の前には湯気の立ち昇る肉や野菜の焼き料理、パン、チーズが並んでいる。

「それじゃあ食べましょう!」

 メルの一声で食事が始まった。

 これまでの印象と違うレナだったががつがつと見てくれを気にしない豪快さで食事を勧めていく。その様子を横目で見ていたユウトはレナはやはりレナだなと内心で静かにつぶやいていた。

 ユウトは魔物達から要望を聞いて食べれそうなものを分け与えながら食事を進める。時折メルが席を立って新たに料理を追加してくれたりしながら時間が経っていった。

「なぁレナ。脚の方はどうなんだ?しばらく時間が経ったけど変化はないのか?」

 ひと段落したユウトがレナに尋ねる。レナは大口を開けてかぶりつこうとしていた骨付き肉を一旦さらに置いた。

「ええ。痛みは出てこないわね。あれから一度ノノが経過を診に来たけど順調だってさ。ただね・・・」

 レナの表情が少し険しくなるのがわかる。

「ただ?」 
「ただ決戦までの全快は難しいだろうって。万全の状態では臨めない。確かに力の入りが弱い気がする」
「そうか・・・決戦当日はどうする?後方に回るって手もあると思うけど」

 レナはそれまでの険しかった表情から一変してにやりと笑みを浮かべユウトを見た。

「まさか!絶対に後方で大人しくなんてしない。あたしは予定通り最前線に出るつもり。姉さんの目の前に立って今度はあたしが守ってやるんだ。
 姉さんの中ではあたしはまだ守ってあげる存在かもしれない。けどあたしだって変わったんだって、少しは強くなったんだってことを思い知らせてやるんだ」

 レナの力強い笑みは頼もしくユウトもつられて笑顔になる。

「そうだな。あの戦闘の傷がその程度で済んだことの方がずっと幸運か」
「でも死ぬような無茶だけはしないでね。死んでしまえば元も子もないんだから」

 少しむっとしたような声でメルが会話に入ってきた。

「も、もちろんわかってるって。ようやく煩わしかった霧から抜け出そうとしているんだからその先を見ずに死ねないわよ」

 先ほどまでの勢いが急に弱まりレナはたじたじになる。

「まぁ今更だけどね。まさか本当にゴブリン討伐ギルドに入ってしまうなんてあの時は信じられなかった。今はその言葉を信用してあげるわよ」

 半ばあきらめのような笑顔でメルはレナに向けて語った。

 レナはその言葉にどこか安堵のような表情で答え、手に持ったままだった肉にかぶりつく。レナやリナ達の安全の一旦は自身の肩にもかかっているんだよなとふと気づき、ユウトは身の引き締まる思いとなっていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み