第14話 嫁取りチルー

文字数 2,203文字

 泊での出来事より数日の後。
 与那嶺チルーと求婚者たちとの初の掛け試しが行われた。
 これは今日も沖縄では「嫁取りチルー」という昔話として有名であるが、その割に詳細な文献、記録という物がない。
 なので正確にはどこで行われたのか不明だが、与那原のどこか広場のようなところであり、そこはウガンジュ(礼拝所あるいは祈祷所)であったらしい。おそらく見物人も大勢集まったことであろう。

 ・・・おお、あれが与那嶺チルーか。噂どおり美しいな。

 確かにウガンジュに現れたチルーは、いつもながらに美しい。例によって着丈の短い着物を身に付けているが、今日はさらに袖も取り外しているので両の腕は肩までむき出しであった。すべては動きやすくするための工夫であるが、見物人にはとても色気ある衣装に見えた。

 ・・・美しいが鬼神のごとき強さらしいぞ。未だ男にも負けたことが無いそうだ。

 ・・・だが今日の対戦相手は三人。いずれ劣らぬ剛の者たちだ。

 ・・・いくらチルーでも所詮は女だからな。

 チルーの対戦相手である三人の若者は、いずれも武名が鳴り響いているだけあって、よく鍛え上げられた無駄の無い体つきであった。

 チルーと並んで立っていたチルーの父親が、挨拶を始めた。

「本日はようこそ、娘の与那嶺チルーのためにお越しくださいました。ただ今より御名前を読み上げますので、順にチルーと掛け試ししてください。では最初は長浜親雲上朝信殿」

「おう」と言って三人の中でもやや背が高く、体格のよい若者が進み出た。
 この若者、長浜朝信はアティファー(当破=打撃力)の強さで有名であり、まさに一撃必殺。『長浜に二の手無し』と恐れられていた。

 長浜はチルーの父親とチルー、それぞれにお辞儀をすると、チルーに話しかけた。

「チルー殿、私はあなたの美しい顔を傷つけたくないので、顔は叩きません。しかし私のアティファーは手加減が効かぬゆえ、腹を突いても数日は寝込むことになるでしょう。恨みなきようお願いしますよ」

 チルーは長浜に、にっこりと微笑みかけた。

「お優しいのですね。噂のアティファー、楽しみです。では」

 そう言ってチルーは右手で拳を握り顔の前まで挙げて、その手の甲を長浜に向けた。掛け試しの作法である。
 長浜はそのチルーの右手首に引っ掛けるように、拳を握った右手首を合わせた。
 その瞬間・・・長浜は自分の先ほどの言葉を撤回したくなった。

「長浜様、どうしました。ご遠慮なく力を出してくださっていいですよ。それともまさか、それが精一杯ですか」

 手首を合わせたまま、まったく動いていないのに長浜の額から汗が滴り落ちでいる。
 一方のチルーは、つまらなそうに欠伸を噛み殺している表情だ。

「なんだ。どうやらそれで精一杯のようですね。じゃあ終わりにしましょう」

 重ねた長浜の手首をチルーは右手で掴み、腰のあたりまで引き下ろす。ただそれだけで、長浜は手も足も動かすことが出来なくなっていた。こうしてがら空きになった長浜の顔面に、チルーの強烈な突きがめり込んだ。

「かっ・・が・・」声にならないうめき声と折れた歯と血を撒き散らしながら、長浜は腰が抜けたように崩れ落ちた。
 その長浜をチルーは冷めた目で一瞥すると、父に向かって言った。

「二の手無しって、この人には一の手も無かったですよ。お父様、次の方とやりましょう」

・・・信じられねえ・・あれ、本物の長浜朝信だったよな?

 高名な長浜朝信がチルーにまるで雑魚扱いされたのを見て、見物人たちがざわついていた。
 チルーの父親もかなり驚いていたが、気を取り直して

「では、お次は・・金城親雲上チャーン殿」

「はっ」次に歩み出てきたのは、やや小柄だがすばしこそうな男だ。
 その金城チャーンが、与那嶺チルーに話しかけた。

「長浜殿は噂ほどの腕前ではなかったようですね」

「あなたは違いますか?金城チャーン様」

「私はあの真壁チャーンの後継者と目されている、闘鶏蹴りの達人ですよ。油断なさらぬよう忠告しておきましょう。ではやりますか」

 先ほどの長浜と同様に手首を引っ掛けるように合わせるが、触れるか触れぬうちに金城は大きく跳びあがる。
 そして素早い連続蹴りを飛ばしてきた。チルーをそれを身を捻るようにして躱した。
 続けて二度目の跳躍からチルーの顔めがけて飛んで来る金城の蹴りの足首を空中で掴み取ると、チルーはそのまま弧を描くように地面に叩きつけた。

 潰れたカエルのように地面に貼りついた金城は、そのまま気を失っているようだ。

「この程度ではチャーンを名乗るには百年早いですね。お父様、次行きましょう」

 あまりにも一方的な試合に見物人も唖然としている。

「ええ、お次は照屋親雲上高兼殿・・・」

「あ、いや・・・私、本日は少々体調が悪いので辞退させていただく。では」

 三人目の照屋は足早に逃げて行った。

 「お父様、私をお嫁に貰ってくださる方は居なかったようですね。今日はもう終わりですね」

 そういうチルーは汗ひとつかいていない。
 強すぎる娘を持ったチルーの父は、大きくため息をついた。
 そのとき、見物人の中から身なりの良い琉装(琉球の正装)の、ひとりの若者が歩みでてきた。
 
「あのう、すみません」

 チル-はその若者を見て、顔を強ばらせた。

「あんたは・・松村宗棍!」

 チル-の言葉を聞いた松村は、明るい笑顔を見せた。

「いやあ、名前を覚えていただいてましたか。うれしいなあ」
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