西海篇
文字数 4,586文字
屋代島の戦いより二十年以上前、当時の日本列島は、共産主義独裁政権の日本人民共和国に支配されていた。それゆえ、日本人にしてアラビアの一神教徒でもある
宇喜多氏と言えば、あの
そんな武門の末裔と語られる宇喜多清真の元に、
この宇喜多清真こそが、後に畿内軍閥の中國地方司令官として、瀬戸内海を挟んだ九州に展開する私達に対し、
「君の御所望の物だ」
ヨルダンの男、顔に
「絵を見たまえよ。聞くより早いさ」
ヨルダンの男、そう言って再び懐を探り、煙草を取り出して一本を口に咥えた。
私は構わずに写真に目を下ろし、絵の内に見入る事とした。
「先頃、ツガルの友より送られて来た」
ヨルダンの男、ただ突き入れられて
私はようやく正気に醒めて男に問うた。
「
「悪いが、絵に付け足せる技も粋も持ち合わせてはおらん。ニホン人なら簡単なんだろうが」
無論、日本人とて無理な話だ。
しかし、絵に写るのは無理を押し通したモノであり、一揆など脳炎にでも
そして、私の中に
「どうした?」
ヨルダンの男、煙草を咥えたまま私の顔を覗き込み、私の心中を察した。
男は煙草を離して、
「望むなら、国に帰してやるが?」
「知り合い頼みだが、ソイツから手を回してもらう」
「このケースではな」
ヨルダンの男、三度懐を弄り、一枚の名刺を出した。
「
「喰わないそうだ。存外淡白でな。累代
「ヤシマ。二世ヨイチ。噂に聴かないか?」
「ソイツは俺のニホン語教師だ。あんまり悪く言わんでくれ」
ヨルダンの男、わざとらしく煙草の息を私に掛かるように吹っ掛け、私が
「ジャのミチはヘビー、ってやつさ」
ヘビー?…ああ、蛇、か。
彼は蛇と言うより猫だ。
少し気紛れが過ぎる。
「シュラドー? なんだそれ?」
シュラドー、シュラドー?
「流石にニホン人。ブッダ好きだな」
ヨルダンの男を惜しく思った。
貧しさゆえに軍隊で暮らす事になり、遂に脚を洗えなくなったこの哀れなる者!
もし、彼が大学へ通えるだけの富裕の子であれば、きっと、きっと多くの学を志す若者達の先達で有り得たであろう。
彼の知的な好奇については彼の仲間内でも煙たがられるほどであり、そんな男ゆえに、東洋の亡命者であった私に付きまとって知己を得るに至ったのだ。
「金はイラン。君はムスリム、同胞だ。同胞の里帰りだ。心ゆくまで時を費やしてこい。人は一応付けてやる」
「カタジケナイ?」
フフッ、と笑うヨルダンの男。
私は少し気恥ずかしくて顔を背ける。
男は少しニヤついたまま、話を続けた。
「丁度、ここら辺からトンズラしたい奴が居てな。腕は立つ。なんでもやれるから使ってみてくれ」
「
「軍隊で上官に逆らって処刑された弟の仇を討った。2年前に殺しをやって軍隊から逃げ出した。その後は放浪の中で共産党の高官共を襲って身包み剥いで日銭を稼いでいた」
なるほど、そういう方面にも顔を出し始めたか。
つくづく、堕ちる所まで堕ちたんだな。
そう思わずにはいられなかった。
「頼もしいだろう? ああ、安心しろ。君の事は知っている。君のクランについての話も知っている。それに憧れたようだ。君自身も尊敬している」
「安心したよ。ハマダ(石州 浜田市)の港に着ける材木積みの船が2週間後に
「お得、と言って欲しいな」
ヨルダンの男は笑いを漏らした。
だが、すぐに表情を切り替えた。
「覚悟は、いいな?」
そうとも、私、いや俺はこの時を待っていたのだ。
ヨルダンの男は、そうか、とだけ呟いて、しばし黙った。
「明日、いや明後日だ。皆呼んでくる。盛大に喰って、好きなだけ馬鹿をやろう」
「ブレイコウ。そう、ブレイコウだ」
ヨルダンの男、遂に意味を問わずして、言葉の真相を掴んだ。
「…ニホン」
「必ず、手にして来い。君のクランのレコードを塗り替えて来い」
「ナオイエ(宇喜多直家)は偉大なる壁だ。だが、越えて行ける。いま生きているのは、君なのだからな」
ありがとう、ヨルダンの友よ。
きっと勝ってみせる。
偉大なる祖をきっと超えてみせる。
「そして俺をショーグンにしてくれ」
ジェネラルでなく、ショーグン、か。
なら俺は…不敬な話だ。
そうだ。
そうだとも!
…ま、…さまっ!…宇喜多様っ!
私は時計を見る。
執務室の簡易ベッドに横たわって3時間、か。
遅かったな、予想よりも。
すると主が既にスクっと起きているのに少し面喰らっていたようだ。
宿直は呆けたような顔をしている。
「あ、あの、閣下? 今、なんと…?」
取り敢えず、今から武官、文官共に集めても30分は掛かるだろう。
茶の一杯でも飲もうじゃないか。
何を一人で慌てている。
「えっと、あ、あのですね…」
宿直は『呆気にとられました』、とばかりにボケっと突っ立っている。
やれやれ。
私が起きたらまずは茶を淹れてくれ。
いつもそう言っているのに。
全く、若い連中は気が利かないな。
出羽の清水も人(清水
その出羽と戦った
私がかしずく男(
歳を取るわけだ。
皆我が子供のような世代だというのに、私はまだ張り切っておらねばならない。
我が敵は若作りした婆さん(吉野菫)だそうだが、歳相応の振る舞いもできぬ輩など恐るに足らないというものだ。
「御意っ!」
宿直はそう答えると、慌てて
茶を淹れてくれって言ったろうに。
周防大島守備隊、全滅か。
そうか、やはり大島は捨てたのか。
実に君らしい、思い切りの良さだ。
それは正しい。
あそこが落ちたと聞けば、きっと女狐の誑かしに気付くだろうからな。
君には感謝せねばならない。
私は良い死に場所を得た。
君の、私の夢の、終着点がそこにあるんだ。
応えてみせよう、君の将軍として。
君の友として。
そして、我らは感謝しなければならない。