第17話 パソコン教室と私の人生

文字数 1,443文字

教室を開業して22年目になりました。
こんな小さな教室を選んで頂いたすべての人に感謝しています。
雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、地震の日も来て頂きました。
本当にありがとうございます。受講者名簿は延1600人以上になりました。
受講者名簿を眺めていると各々の方の姿が思い浮かびます。

創業のころの苦労も今になると楽しい思い出に変わりました。
皆様との世間話や何げない会話の中から、その人の歩んできた歴史が見えました。
壁の張り紙一つ、机の傷一つに思い出があります。
今までの楽しいエピソードや失敗話などを題材にして小説が書けそうです。

昔読んだ五木寛之の「青春の門」が好きでよく読みました。
物語の中の情景が手に取るように浮かんできます。
自分が主人公の伊吹信介になったような錯覚を覚えました。
一流作家の文章には天性の才能を感じます。自分には届かない世界があります。

どんな分野でも一流と二流がある。だから高望みはしない。
三流作家でもいいから自分のやり方で精いっぱい小説を書いてみるつもりです。
いくつかの目標が壁に貼ってあります。その目標がまだ殆ど実行されていない。
でも目標を掲げると何か充実した気分になりますね。

今から30年ぐらい前までは、パソコンは1台50万円以上していました。
一部の専門家や研究者だけが使う別世界のものでした。
その後画期的にパソコンの技術が飛躍し、大量生産されるようになりました。
だんだん使いやすくなり、値段も安くなってきました。
だから今こうして一般の私が簡単に使えるようになったのです。

団塊の世代以上の方はまだパソコンを食わず嫌いの人がほとんどです。
自分自身もあるきっかけがあって50歳からパソコンを始めました。
サラリーマン時代には、パソコンができないだけで嫌な思いもしました。
だから中高年専用のパソコン教室を開校したのです。
同世代の方にこの便利さを知ってもらいたかったのです。
パソコンの便利さを知りながらいまさらという人が殆どでした。
面倒くさいなと思ってやっていない人が多いと思います。
私のパソコンのスキルはそんなに高くはありません。
この教室に来る人はみんな初心者です。
だからお客様よりは多少詳しく知っていれば教えられます。


パソコン教室はだんだん少なくなってきましたね。
パソコンは冷蔵庫や洗濯機のように、誰でも使える電化製品になったからです。
知らない人のほうが少なくなっています。パソコン教室も少なくなってきています。
この教室はどうにか継続しています。
何年か前、お客様が殆んどいなくなりこのままでは潰れると思いました。
その時は教室をやめようと思いました。でも他にやる事が思い浮かびませんでした。
自分にはこの仕事しかないと考えました。

何かを変えなければと思い何ヶ月も改善しました。そしてまた再生できました。
またお客様が増え始めました。
何を変えたのかと言えば「自分」です。自分の考え方を変えました。
ホストクラブのホストの役を演じました。
綾小路公麿のビデオを何回も見て真似をしてみました。
友人からは「寄席に来てるわけではないんだからヨセよ!」と言われました。
「じゃあパソコン教室じゃなくてクラブ“パソコン”にするよ」と実行しました。
お客様から「ああ面白かった」と言ってもらえると嬉しくなります。
お客様ははパソコンを習いに来ているだけじゃないと感じました。

パソコン教室は接客業、サービス業だったのです。
知人、友人、家族等の紹介客が多くなってきました。
固定客が増え始め経営が安定しました。
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