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文字数 1,412文字
それから数日間、ヒトミは酷い疲労のため寝込んでしまった。
朝になると店に出ると言って身を起こすのだが、思うように動けずまた布団へ戻る。そんなことを繰り返していた。
あれほどの数の眼球があっても、捉えた映像を処理する脳は一つだ。だから酷く消耗するのだろう。
脳の疲労ならブドウ糖がいいのではないかと有馬が言うので、目を覚ましたときにはバナナや蜂蜜を与えた。
ソルはヒトミのそばにつきっきりで看病して、疲れると隣で大きな身体を丸めて眠っていた。
ソルは肉体だけではなく、知能も相応に成長しているようだった。聡介が話しかける言葉はすぐに覚えたし、ヒトミに貸した電子辞書の使い方も少し教えただけで理解した。
この数日は、聡介は一人で店に出ていた。
以前は一人が当たり前だったのに、ヒトミがいないとなんとなく物足りなさを感じる。常連も口々にヒトミを心配して、見舞いの品を持ってきてくれたりした。
愛されているのだなと、改めて思う。今となっては、ヒトミはブレイクに欠かせない存在となっていた。
いつまでもここにいて欲しい。もちろん、ソルも一緒に。
心からそう思っている。
思ってはいるのだが。
「うー……ん……」
今朝も聡介は開店作業を済ませると、カウンターで一人、電卓を叩きながら唸っていた。
二階の住居に大人三人暮らすのは無理がある。
一人は子どもだが……身体は大人だ。余裕があればヒトミとソルのためにアパートでも借りればいいのだが、あいにくそんな金はどう捻ったって出てこない。住居費だけではなく、生活費だって必要なのだ。
かといって、帰る場所のない二人を追い出すこともできない。売り上げをもっと上げる工夫をするか、何か副業でも考えるしかないか。
答えの出ないまま頭を抱えていると、ヒトミが制服に着替えて二階から降りてきた。ソルも一緒だ。
彼にはとりあえず、聡介の持っている一番サイズの大きいTシャツと、スウェットパンツを貸した。それでも、ソルにはピチピチだ。彼にも何か着替えを用意してやらなければ。
今後の生活に頭を悩ませながらも、聡介は自然に笑みを浮かべていた。何にせよ、ヒトミもソルも無事だったのだ。
「おはよう、朝飯食ったか? テーブルに用意してあったやつ」
「うん、ありがとう。ソルには食べさせた。ごめん、遅くなって」
「ヒトミさん、もう少し休んでな。店はいいから」
そう促してみたがヒトミは静かに首を横に振り、神妙な顔をして聡介のそばに立つ。
「聡介……ソルを置いてやって。わたしがここを出ていくわ。仕事には通いでくるから」
「ヒトミさんだって行くところないだろ」
「お金を貯めてソルを迎えにくる。こうなることはわかっていたんだ」
そう言いながら、ヒトミはカウンターに薄い冊子を置く。高収入アルバイトとピンク色の可愛い書体で書かれている、主に風俗店中心の求人誌だ。
「いつの間にこんなもの……」
「少し前だ。聡介にばかり負担をかけるわけにはいかない」
疲れは残るものの、強い意志を宿した目で、ヒトミは聡介を見つめた。
「ほら、人妻も大歓迎って書いてある」
「バカ、やめとけ。どういう仕事かわかって言ってんのか」
聡介は慌てて冊子を奪い、ゴミ箱へ投げる。
「何すんだよ、聡介!」
「俺がなんとかする」
「なんともならないだろ! これ以上迷惑かけたくない!」
「迷惑じゃない!」
朝になると店に出ると言って身を起こすのだが、思うように動けずまた布団へ戻る。そんなことを繰り返していた。
あれほどの数の眼球があっても、捉えた映像を処理する脳は一つだ。だから酷く消耗するのだろう。
脳の疲労ならブドウ糖がいいのではないかと有馬が言うので、目を覚ましたときにはバナナや蜂蜜を与えた。
ソルはヒトミのそばにつきっきりで看病して、疲れると隣で大きな身体を丸めて眠っていた。
ソルは肉体だけではなく、知能も相応に成長しているようだった。聡介が話しかける言葉はすぐに覚えたし、ヒトミに貸した電子辞書の使い方も少し教えただけで理解した。
この数日は、聡介は一人で店に出ていた。
以前は一人が当たり前だったのに、ヒトミがいないとなんとなく物足りなさを感じる。常連も口々にヒトミを心配して、見舞いの品を持ってきてくれたりした。
愛されているのだなと、改めて思う。今となっては、ヒトミはブレイクに欠かせない存在となっていた。
いつまでもここにいて欲しい。もちろん、ソルも一緒に。
心からそう思っている。
思ってはいるのだが。
「うー……ん……」
今朝も聡介は開店作業を済ませると、カウンターで一人、電卓を叩きながら唸っていた。
二階の住居に大人三人暮らすのは無理がある。
一人は子どもだが……身体は大人だ。余裕があればヒトミとソルのためにアパートでも借りればいいのだが、あいにくそんな金はどう捻ったって出てこない。住居費だけではなく、生活費だって必要なのだ。
かといって、帰る場所のない二人を追い出すこともできない。売り上げをもっと上げる工夫をするか、何か副業でも考えるしかないか。
答えの出ないまま頭を抱えていると、ヒトミが制服に着替えて二階から降りてきた。ソルも一緒だ。
彼にはとりあえず、聡介の持っている一番サイズの大きいTシャツと、スウェットパンツを貸した。それでも、ソルにはピチピチだ。彼にも何か着替えを用意してやらなければ。
今後の生活に頭を悩ませながらも、聡介は自然に笑みを浮かべていた。何にせよ、ヒトミもソルも無事だったのだ。
「おはよう、朝飯食ったか? テーブルに用意してあったやつ」
「うん、ありがとう。ソルには食べさせた。ごめん、遅くなって」
「ヒトミさん、もう少し休んでな。店はいいから」
そう促してみたがヒトミは静かに首を横に振り、神妙な顔をして聡介のそばに立つ。
「聡介……ソルを置いてやって。わたしがここを出ていくわ。仕事には通いでくるから」
「ヒトミさんだって行くところないだろ」
「お金を貯めてソルを迎えにくる。こうなることはわかっていたんだ」
そう言いながら、ヒトミはカウンターに薄い冊子を置く。高収入アルバイトとピンク色の可愛い書体で書かれている、主に風俗店中心の求人誌だ。
「いつの間にこんなもの……」
「少し前だ。聡介にばかり負担をかけるわけにはいかない」
疲れは残るものの、強い意志を宿した目で、ヒトミは聡介を見つめた。
「ほら、人妻も大歓迎って書いてある」
「バカ、やめとけ。どういう仕事かわかって言ってんのか」
聡介は慌てて冊子を奪い、ゴミ箱へ投げる。
「何すんだよ、聡介!」
「俺がなんとかする」
「なんともならないだろ! これ以上迷惑かけたくない!」
「迷惑じゃない!」