〇二・ 調理師:佐藤和子(さとう・かずこ)の仕事。
文字数 2,737文字
五時半までが自由時間で。
いつも話題の振幅幅がとても大きい先生に、後れを取らないよう。
幅広く、かつ自分なりに厳選したニュース速報群にざっと目を通しながら。
まずはトーストとコーヒーだけの、簡単な自分朝食。
時間が余れば読みかけの資格取得教材の続きをちょっと眺めて。
六時からが勤務時間。と、自分で決めている。
広いメイン食堂の広い調理場で。
オーブンに火を入れ、お茶用ポットの湯量と温度を確認し。
夜中に勝手に冷蔵庫を開けて夜食を食い散らかした連中の。
だらしなくも乱れ、とっちらかっている洗い物を…
(秘かに怒り狂いながら)ざっと洗って拭いて、収納(しま)って。
手早く仕込みにかかる。
…あ…ッ!!!
ひどいッ…!
今朝のメイン野菜の予定だった、自慢のピクルスサラダ!
半分? 食べちゃったの…
誰ッ!!!!?
…まぁ犯人の目星なんか簡単につく。
怒り狂いつつも、溜息ついて、諦めて…
残ったピクルスサラダじゃ、見るからに量が足りない。
急いで…
作れるものは…?
…よし。
とっておきの梅干しを棚の奥の甕から出して。
ごりごりと。
すりこぎで、梅肉だけを手早くはがして潰して。
(種は、後でお茶にしよう。)
片手間で、小ぶりの新ジャガをたくさん。
皮ごと、丸ごと茹でて…
急いで冷まして、皮をぷりぷりはがして…
『 茹で新ジャガの、ざっくり梅肉和え♡ 』
これなら…
先生の好物♡
*
ご飯は炊けた。パンも並べた。
味噌汁もスープも用意はできた。
和洋どちらにも合うよう味付けを工夫している煮物と漬物は、すでによそった。
肉や魚や卵や豆腐は、食べる人間が来てから。
リクエストを聞いて、用意するから…
…よし。七時。ジャスト。
全室一斉通報のインターホンを押す。
『朝食でーす!』
『…うぉーい!』
『いま行きまーす!』
律義に返事をしてくれるのは、だいたい、二人だけだ。
『…先生? 先生ー??』
内線越しに叫んでみても、例によって、先生からは、
…返事なし。
…窓を開ける音は聞こえたんだから、今日は、もう起きては、いるはず…
一番近い直通の内階段に至るドアを開けて、パタパタとペントハウスに駆け上がる。
「先生~? 朝食できてますけど、どうします…?」
「いま行く~!」
たいがい、先生はニコニコとすぐに振り向いて、待っていたように、応えてくれる。
…たぶん、自分が毎朝のんびりと眺めている、屋上からの…
広大な、朝の光景を。
一日厨房に籠りっきりの自分に、一目、見せたくて。
わざわざ…、
呼びに来させて、くれている…?
…んじゃないかな?
…と、思う…。(嬉しい。)
*
その後しばらくは。
ちょっとした戦場だ。
「おぁよう~! あたしサカナー! デカイの焼いてー!」
はいはい。魚種はなんでもいいんですよね知ってます。ホッケ特大でいーですねッ?
そんなことだろうと用意していた上物の生干しのホッケを網に載せてグリルにかける。
リクエストの主は、女性とも思えない大股で半あぐらをかいて。
どんと! 真ん中の椅子に座って。
まず番茶をすする。
ワイルドとしか言いようがない、この蛮族のごとき。
寝乱れたままの男物のパジャマと、オヤジのごとき物腰の人物は。
これでも一応、(驚くことに!)…うちの敏腕有能・美人(女性)営業部長!
…であったり、する…。
(食卓での傍若無人ぶりを観る限り。
常識的かつ社会的な、気配り?なんか、出来そうに、思えないのに…!)
深夜のピクルスサラダ大量窃盗犯も、二分の一の確率で…、
いや、今日の場合、間違いなく…
こやつが主犯であろう。
と、思うが。
「…だって、カコさんが最初に、
『自分の家だと思ってくつろいでね。』って、言ってくれたし~?」
…と、開き直られるだけなので。
へたに追及するだけ、無駄だ…。
…と。
いつものように、怒りの拳をなだめる。
…まぁ。
肝心の、カコ先生が。
いつものように。
歌うように、踊るように、ちょっと…お行儀悪く。
お箸を音楽家の指揮棒のように、振り回したり…、しながら。
「美味しい~♪ 美味しい~♪」
と、連呼しながら。
即席追加メニューの『新ジャガの梅肉和え』を。
みごとな勢いでがつがつかっこんで。
「おかわり!」まで、要求してくれた…♡
ので。
まぁ。
怪我の功名ということで。
赦すとしますか…。
*
「おはようございまーす! 遅れてすいませーん!」
「べつに遅れてないよー?」
これも、いつもの会話だ。
「先生、原稿あがったんですね? 次の打ち合わせの予定、確定しちゃっていいですか?」
「うん。明日以降ならオッケー」
「進めておきます」
「よろしく~」
「…卵はどうしますか?」
「具入りのダシ巻でお願いします♡」
…だいたい毎朝これだけど。
たまに違うリクエストも来るから、うっかり焼いておくわけにもいかない…。
ダシ巻用の縦長フライパンに手早く生卵を割り入れ。
しゃくしゃくとかきまわしながら、用意の茹でインゲンと、ニンジンの甘煮を投入…
「おはようございまーす!」
「おはよう~」
「おはようさん」
「はよー!」
「おはようございぁーっす!
うちの先生ほか、アシさん含め、漫画勢は全員ダメです!
起きられませんー! オニギリにしたげて下さいー!」
「了解でーす。…十一人、いる?」
「十人ですw」
「アタシは炒り卵と~。ご飯大盛で。シャケのバターソテーも小さいやつ食べたいでーす♡」
「はーい少々お待ちをー!」
先生原作の長編小説を漫画にしている女所帯は現在合計三グループも同居しているので、常駐するメインアシさんだけでも、なかなかの大集団で。
ほぼ毎月末ごとに泊まり込みで進捗状況を見張りにくる各社の編集さん達と、
締め切り前だけ遠距離通勤で参加してくる派遣?のアシスタントさんまでふくめると、
総勢…三十数人。
そのほかの寮住みスタッフと、通いだが食事希望の社員を合わせると、
総計…約五十人?
独身女が、集団で。
「基本、朝ごはんは七時で~。なるべく全員そろって~。」
…というのが。
先生が、同居に当たって出した条件のうちの一つだった。
おかげで、朝・昼食担当の住み込み調理員、わたくし佐藤和子(さとう・かずこ)は。
毎朝、てんてこ舞いですのよ…☆
(…いえ、もちろん、仕事は楽しいですが…!)