第13話 オッドアイ

文字数 1,857文字

 公民館の建物に入る秀一(しゅういち)を見送った後、正語(しょうご)は車で鷲宮家の白塀を目指した。

 どうも気持ちが晴れない。

 この町に来ることは元々乗り気ではなかったが、今では一刻も早く東京に戻りたくなっていた。 

 (……せめてテニスコートまで、あいつを見送ればよかったな)

 山の斜面を運転しながら物思いに耽っていた正語は、脇道に気づかなかった。
 『西手はこっちです』と、手書きで書かれた看板を見逃した。 

 (様子がおかしいのはわかっていたのに、どうしてもっとあいつの話を聞いてやらなかったんだ……)

 以前はもっと簡単だった。

 母親を亡くした秀一が正語の家にやってきた時、空き部屋がなかったため、秀一は正語の部屋で寝起きすることになった。
 末っ子の正語にしてみれば可愛い弟ができたようなもので(実際秀一はこの上なく素直で愛らしかった)正語は進んで世話をやいた。

 東京に来たばかりの秀一は、よく布団を被り声を殺して泣いていた。
 亡くなった母親を思い出すのか、故郷が恋しいのか……正語はそんな秀一を慰め、腕枕してやりながら寝かしつけた。
 学校であったことも些細な日常の話も親身になって聞いてやった。

 ところが高二になって、それが一変する。

 父親、正思(しょうじ)の酔狂のせいで、正語は自分はゲイだと両親に告白せざるを得なくなった。
 したり顔でニンマリする父親の横で、母親の光子(みつこ)は無言だった。
 何も言わないが、光子の行動は早かった。

 光子はまず、バイト代が貯まったら家を出ていくと公言していた次男に金を貸し与えて家を出した。そうして空いた部屋を秀一の個室にして、正語から引き離した。

 正語は頭に血が上った。
 (よこしま)な気持ちなど抱いたこともないのに、あんな子供に手を出す男だと母親から思われているのか、と。
 ああも母親を憎んだことはなかった。

 あの時期が人生最大の反抗期だったと、正語は思う。
 何かというと父親に反発した。
 母親には何も言えない分、父親に当たった。
 『君は人間ができてないなあ』とおどけられて、さらに父親にむかっ腹が立った。

 だが今思えば、母には先見の明があったのだ。
 あのまま秀一と同じベッドに寝ていたら、自分はとんでもないクズ野郎に成り下がっていただろう。




 前方からピンクの軽自動車がやってきた。

 正思がいたら、『第一町民、発見!』と、はしゃぐところだろうが、今の正語は何の感動も覚えなかった。
 対向車をやりすごそうと、車を左に寄せて停めた。

 軽自動車が通れるくらいのスペースを開けたつもりだったが、対向車は停まり、中から運転手が出てきた。

 若い女だった。身長は160センチほどだが手足が長く均整の取れた体つきをしている。

 正語は窓を開けた。
 近づいてくる女の目を見た途端、驚いた。

 女の右目は黒曜石のように黒々としているが、左目は青灰色——秀一の目と全く同じ色をしていた。

 女は正語に会釈すると「すみません。ここ私道なんです。迷われたんですか?」と、すまなそうな顔をした。

「……『西手(にして)』に行きたいのですが、この先でしょうか……」

 言いながら正語は女の左目に釘付けになっていた。

「ちょっと前に脇道を見ませんでしたか?」と女は愛想よく笑った。『西手』に行くには、そこを曲がるんですよ」と顔を上げて正語が元来た道を指差した。

 だが、すぐその手を降ろすと、女は再び正語の方に顔を向けてきた。
 女の顔から笑みが消えていた。 

「……もしかして、東京の刑事さんですか? 智和(ともかず)さんから呼ばれて来たんですか?」

 智和から呼ばれて東京から来たのは確かだ。刑事ではないが警察官だ。
 正語は曖昧に笑ってみせた。

 途端、女は顔色を変えて、窓に手をかけてきた。

「刑事さん! 弟は何もしていないんです! 智和さんの言いがかりなんです! この先にある本家に行って、どうか先に私たちの話を聞いて下さい!」

 何の話かさっぱりわからない。
 この女は何者かと、正語は眉を寄せた。

「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」

佐伯真理子(さえきまりこ)です。鷲宮高太郎(わしみやこうたろう)の娘です」

 (この女が、真理子か……)

 正語は親たちから聞いた真理子に関する話を思い出していた。

 ——霊媒を生業としてきた鷲宮家で、現在生存するただ一人の霊能力者。亡くなった鷲宮一輝の不倫相手——。

 真理子は泣き出しそうな顔で訴えてきた。

「智和さんは弟のコータが一輝さんのスマホを盗んだんだと思いこんでいて、弟を責めるんです……神社でスマホが見つかったのも弟のせいにされてしまって……でもあの子は、絶対にそんなことしません!」

 
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登場人物紹介

鷲宮秀一、主人公の高校生

九我正語(くがしょうご)、秀一の従兄弟、警察官

九我正思(くがしょうじ)正語の父親。人の恋愛感情を瞬時に見抜く特殊能力を持つ。

九我光子、正語の母親。秀一の伯母。

雅、介護士。雅は熟女スナックにいた時の源氏名。本名は不明

夏穂、秀一の幼馴染。秀一に片思い。

涼音(すずね)、秀一の幼馴染

武尊(たける)、秀一の幼馴染

賢人、秀一の甥っ子

真理子、みずほ中学の教師

コータ、真理子の弟、秀一の幼馴染

野々花、パンケーキ店の女主人

岩田、秀一のテニスの師匠

鷲宮一輝(故人)秀一の兄

鷲宮輝子(故人)秀一の母親。正語の母親、九我光子の妹

水谷凛、夏穂の従姉妹

鷲宮智和、秀一と一輝の父親

鷲宮高太郎、智和の兄

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