プロット

文字数 3,505文字

【起】
 時枝(ときえだ)小学校では、5年生から委員会活動が始まる。
 小学5年生になりたての小柄な男の子・田島(たじま)睦輝(ムツキ)は、放送委員会に入ると決めていた。理由は、給食の時間が息苦しいため。育成シミュレーションゲームが好きなムツキは、流行するシューティングゲームの話で盛り上がるクラスメイトの話題に、早くもついていけないと感じていた。(ムツキのお気に入りのゲームは、「パーフェクトマッスル」。トレーナーとしてボディビルダーを育成し、ボディビル大会での優勝へ導く。)そこで、お昼の放送の当番の日には放送室で給食を食べられるという特権持ちの放送委員になり、音響係でも務めようと思ったのだ。
 しかし放送委員会には、希望者同士のじゃんけんに負けて入ることができなかった。放送委員会以外は眼中になかったムツキ。仕方なく、枠が余っていて、どことなく響きが「放送」に似ている「広報」委員会に入ることにした。

 委員会活動初日。顧問の熊谷(くまがい)先生(31歳男性、筋トレ好き)が、広報委員会のメンバーに対して活動内容を説明する。さまざまなメディアによって、校内の情報を児童の視点から発信する委員会だという。
 メンバー10人は、新聞、ポスター、動画、それに今年度からの新しい試み、写真共有SNS(:Instagram)を加えた4つの担当メディアに分かれることになった。同じクラスのよしみで、ムツキは森山(もりやま)まゆあ(マユア)に、2人で一緒にSNS係にならないかと誘われる。
 マユアは、クラスのムードメーカーのような女の子。美人ではないが愛らしい印象で、ぱっちりした二重(ふたえ)まぶたが特徴的。
 SNSには疎いムツキだが、誰にでも分け隔てないマユアとなら活動しやすそうだと思い誘いを受ける。
 こうしてムツキとマユアの2人は、学校の公式アカウントの運営者になる。


【承】
 とはいえ、小学生がいきなりSNSを管理するのは危険。最初の1か月は、熊谷(くまがい)先生と一緒に、ロールプレイング方式にてSNSを利用する際のマナーを学習することになった。
 その結果、ムツキやマユアが考えた運営案:「SNSの利用者1人1人に『フォローしてください!』とダイレクトメッセージを送る」や、「“()える”写真と英字ハッシュタグでおしゃれな雰囲気にする」などには問題があることが見えてきた。一番の目的はフォロワーやいいねを増やすことではなく、閲覧者の心理に寄り添った情報発信だと気づいた2人。話し合いを重ね、ついに学校公式SNSの運用方針を定めることができた。
 ターゲットは、時枝(ときえだ)小学校の児童を主とする全国の小学生。頻度は週に3回。穴の目立ちにくい名札の付け方や引き出し整頓術など、小学生にとってのお役立ち情報を投稿することになった。

 時枝(ときえだ)小学校公式アカウントは、みるみるアクセス数を増やしていった。もちろん、小学生が委員会活動の一環として本格的なSNS運用をしているということへの話題性もあった。しかし何より、ボディビルダー育成ゲームで磨いた美的センスでムツキが写真を見栄えよく加工し、気づかい屋のマユアが共感を呼ぶ文章を書くという最適な役割分担が功を奏したのだ。
 自校にとどまらず全国の児童からの評判が高まり、SNSの運営者と交流してみたいというメッセージを受け取ることが増えた。それでムツキは、SNSのアプリ内でライブ配信をすることを提案する。熊谷(くまがい)先生も、他校の児童との交流はいい刺激をもらえるだろうと乗り気。
 しかしマユアは、「それだけはイヤ!」と激しく拒否。いつも明るくて温厚なマユアの豹変(ひょうへん)に戸惑うムツキ。我に返ったマユアはすぐに笑ってごまかすが、明らかに不自然。
 今まで活動のなかで意見が食い違ったときは、譲歩をしあって相手との妥協点を探すことができていた。しかし今回のマユアは、反対する理由すら述べないまま、断固として譲る気配を見せない。マユアにこんな姿があったことを初めて知る。
 委員会活動をとおして、マユアと信頼できる相棒関係になれたつもりでいたムツキ。マユアのことをほんの1面しか知らない状態で、相性抜群のコンビだと思っていた自分を恥じる。
 ――森山さんは、ぼくに心を開いてなかったのに。

 それ以来、マユアは委員会に出席しなくなった。クラス内でも、ムツキをさりげなく避けている気がする。
 ただし、マユアが委員会の仕事を放棄したわけではない。SNS投稿用の文章を、メッセージアプリでムツキ宛てに事前に提出してくれている。さらに、「今日も出席できなくてゴメンね、用事が入っちゃって」などといった気づかいが感じられる文言も、毎回添えられている。
 元々分業していたこともあって、運営には支障がなかった。鈍感な熊谷(くまがい)先生とは違い、マユアの言う「用事」がウソなことはうすうす分かっているムツキだが、マユアが仕事をきっちりとこなしている以上は()いてとがめづらい。ムツキのほうも、マユアとの温度差を感じてしまった気まずさから、積極的に現状を解決しようとする気はなかったのだ。
 広報委員会の活動をとおして相手の心理に寄り添うことの大切さを学んだムツキは、いつの間にか趣味の合わないクラスメイトとも会話を弾ませるすべを身につけていた。教室が息苦しかったかつてと違い、今のムツキは広報委員会と――マユアと積極的に関わる理由がない。
 膠着(こうちゃく)した日々が続く。


【転】
 1学期も終わりが近い。委員会の任期は半年間。ムツキがマユアと一緒に広報委員会SNS係でいられる時間は日に日に短くなっているが、いまだにテキストメッセージのやり取りだけで週3回のSNS更新を続けている。

 あるときムツキは、クラスメイトの女の子が「私もマユアちゃんくらい本物っぽくアイプチしたい」とうらやましそうに言う声を聞いた。その場にマユアはいない。
 「アイプチ」が何のことか分からなかったが、現在微妙な関係となっているマユアの話題だったので、気になって調べてみたムツキ。のりを使って、まぶたを二重(ふたえ)にするメイク術だと知る。マユアの印象的な二重(ふたえ)まぶたは、影の努力によって獲得されたものだったのだ。
 
 ――まさか。ムツキは思う。マユアがSNSでのライブ配信を拒んだ理由は、自分の顔にコンプレックスがあったからなのではないか。
 見当はずれな可能性もあった。しかしムツキは、自分の直感を確かめるため、マユアと向き合う決意を固める。


【結】
 2人きりになれる空き教室。ムツキは、マユアが以前ライブ配信に反対した理由を問う。インターネット上での顔出しは怖いから、と建前でいなそうとしたマユア。しかしムツキが二重(ふたえ)のり疑惑のことを切り出して「森山さんの本当の気持ちを知りたい」と告げると、マユアは覚悟を決めた顔でスマホを取り出した。あるページをムツキに見せる。マユア個人の裏アカウントだった。
 そこでは、別人としか思えないほどきつく加工が施された自撮りが、定期的にアップされていた。
 ムツキの直感どおり自分の顔に自信がなかったマユアは、1年前の小学4年生の頃から「mayu(マユ)」のハンドルネームで自撮りを投稿していた。いいねやコメントなどの評価を得ることで、一時的にコンプレックスを忘れることができたという。
 マユアがライブ配信において恐れたのは、インターネット上で「無加工の」顔出しをすることだった。
 裏アカウントのこと、(いつわ)りの二重(ふたえ)まぶたのこと。マユアは、信頼する相手に隠しごとをしている自己嫌悪から、ムツキを避けたのだと話す。
 ムツキは、マユアも自分のことを相棒として思ってくれていたことを知り、安堵する。その気持ちさえ本物であれば、マユアに裏の姿があっても気にならなかった。
 ムツキは、話したくないだろうことまで話してくれたお返しに、実は筋肉フェチなことをマユアに教える。「そっか、誰にだって意外な一面ってあるよね」――本当の自分を見せるのが怖い自分への罪悪感が軽くなったマユアは、心からの笑顔を見せた。
 
 現実の自分を認めてくれる存在に気づいたマユアは、裏アカウントへの投稿頻度が減る。
 ムツキたちの投稿が人気を博したおかげで、来期の広報委員会は間違いなく高倍率。また一緒にSNS係になれる可能性はかなり低かった。
 そこで2人は、非公式の裏アカウントを作ることを決める。今までと同じく小学生をターゲットに、ペン回しのやり方や体操服のおしゃれな着こなし、臨時おこづかいのねだり方など――もちろん、自然に見える二重(ふたえ)のなり方も――、大人たちには秘密の情報を発信するのだ。
 広報委員会で学んだノウハウを生かし、ムツキとマユアはこれからも一緒に、児童の味方インフルエンサーとして活動していく。
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