第2話「北の森へ」

文字数 3,253文字

 ツルギの体力が戻り、魔物博士の家へ行くことになった。
 ツルギは、療養所からユリカの家へ行き、そこでユリカと話をしていた。
「魔物博士の家は、コルバドの町の、北の森を越えた所にあるわ。魔物は少ないけど…、襲ってくることがあるから、気を付けてね。私は、魔物を浄化出来るから…。」
「魔物を助けているのに、魔物を浄化するのか?それって、矛盾してねえか?」
「この世界にいる魔物は、魔界から迷い込んだ魔物なの。浄化は、魔物を本来の場所へ帰すこと。だから浄化することは、魔物を滅することにはならないの。あるべき所へ帰すことなの。」
「そういうことか…。それが、お前の浄化の力か。」
「だから、魔物を浄化することも、私の役目なの。」
「そうか…。」
「そうだわ。しばらく留守にするから、スミレに言っておかないと。スミレは、コルバドに住む錬金術師で、私の親友なの。すぐ西の町だから、準備しながら行きましょう。」
 二人は、旅支度を整えると、西の町、コルバドに向かった。

 特に悪い魔物に遭遇することもなく、二人はコルバドの町に着いた。
 小さな町だが、店がたくさん並んでいて、人通りも多く賑わいの感じられる町だった。
 町に入ってすぐの場所に、道具屋があった。
「スミレはそこの道具屋で、お父さんの手伝いをして働いているの。さあ、入りましょう。」
 店のドアを開けると、からんとドアベルが鳴った。
 小さな店内には、品物が所狭しと並べられていたが、きちんと整理されていて、掃除も行き届いており、小綺麗な印象を与えた。カウンターには、店員と見られる若い女性と中年の男性が立っていた。
「お、ユリカ。」
 若い女性が、ユリカを見てすぐに声を掛けてきた。
 スミレは、吊り上がった大きな目をした、活発そうな顔をしていて、頭の片方の高い所で、髪を一つにまとめていて、動きやすそうな格好をしていた。
「こんにちは。…ツルギ、紹介するわね。この子が、錬金術師のスミレ。スミレ、この人は、ツルギ。」
「ふうん、また魔物を助けたんだ。初めまして、ツルギさん。錬金術に興味ある?」
 スミレは、快活な笑顔を浮かべていた。
「いや…。」
「今から、魔物博士に会いに行くの。しばらく留守にするから、魔物たちのことをお願いしに来たの。」
「分かった。行ってらっしゃい。気を付けてね。」
「ちょっと待ちなさい。」
 カウンターから、中年の男性が、何かの入った袋を持って出て来た。
「北の森を越えるのなら、魔物に気をつけないとな。薬草を多めに持っていった方がいい。これはおじさんからのプレゼントだよ。」
「ありがとうございます。助かります。」
 ユリカはお礼を言った。
「なに、いつもユリカちゃんには世話になってるからね。質のいい薬草や、果物をいつもお客さんに褒められているよ。こちらこそ、いつもありがとう。」
「そんな…。おじさん、本当にありがとうございます。」
 何度もお辞儀しながら、ユリカはツルギとともに、店を後にした。
 それから、武器防具屋で装備を揃えた。
「ツルギは、旅人の初心者向け装備セット、ブロンズソードと革の鎧、それと革のブーツね。」
 ユリカに買ってもらった装備品を、ツルギは店の着替え室で身に付けた。
「ありがとう。こんなに買ってもらって…ほんと悪いな…。」
「そんなに気にしないで。それより、よく似合ってるわよ。」
 ユリカはブロンズロッド(杖)をはじめから所持していて、アクセサリー装備として革のマントと革のブーツを身に付けていた。
「ユリカは杖を使うのか…。魔法使いみたいだな。」
「私は、薬師なの。攻撃より、回復が得意な職業よ。この辺には弱い魔物しか出てこないから、私の攻撃でも一撃で倒せるわ。ただ、北の森にはたまに、バットが出るから注意してね。バットは素早いから、もし遭遇したら必ず先手をとられるの。ツルギの装備したブロンズソードは、斬るというより、相手を叩いて攻撃する武器だから、初心者でも使いやすいと思うわ。」
「随分詳しいんだな。」
「そんなことないわ。これくらいは誰でも知っている知識よ。」
「そうなのか。ところで、職業ってのは何だ?」
「職業は職業よ。その人の肩書。私は薬を作って生計を立てているから、薬師。スミレは道具屋の店員だけど、本職は錬金術師。」
「俺も何かの職業につけるのか?」
「そうね…。とりあえず、魔物の力を取り戻す方が先じゃないかしら。もしかしたら、力を取り戻すことで、本来の職業を思い出すかもしれないし。もし、思い出さなければ、新たに自分で職業につけばいいわ。そんなに難しく考えなくても、自分のしたいことを職業にして、そのためのスキルを身に付ければ、その職の技が上達していくと思うわ。」
「ふうむ…。じゃあ、農民になって、畑仕事を頑張れば、農民として成長していくってわけか?」
「その通りよ。」
「よし、じゃあ、もし何も思い出さなかったら、俺は農民になる。」
「うーん…。なんとなく、ツルギは農民というより、もっと戦い向きの職業のような気がするけど…。まあ、いいわ。それじゃあ、装備も整ったし、北の森に行きましょう。」

 北の森。
 冒険初心者はよくここで修行している。
 木々が生い茂り、緑の間から、木漏れ日が差していた。
 所々にある切り株の根本には、おいしそうなキノコが生えていた。
 川も流れていて、清流の中を魚たちが泳いでいた。
 のどかで、静かな森だった。
 二人が森に入ると、早速出てきた魔物が、ラットだった。ネズミのような姿の魔物だ。
「弱そうだな。」
 ツルギは、ラットに向かってブロンズソードを当てたつもりが、素早く避けられた。
「油断しないで。」
 ユリカは、杖でラットを叩いて浄化した。ラットは消滅した。
「消えた…?」
「前も言ったけど、浄化は、元の場所に帰すことだから、さっきのラットは、もといた魔界に戻ったはずよ。この世界にいる魔物のほとんどは、魔界からこちらへ何らかの力で飛ばされてきたの。それで、本人たちも訳が分からないまま暴れているの。賞金稼ぎの対象にされてたりするけど、本当はかわいそうな子たちなのよ。」
「そうだったのか。じゃあ、俺はとどめはささずに弱らせて、お前がとどめをさして浄化させるってのがいいかもな。」
「そうしてもらえると助かるわ。」
 二人はそのように戦法を決めて、他にも出て来た魔物たちをそうして浄化していった。
 そうしてどんどん森の奥へ進んで行くと、生い茂る木で、辺りが薄暗く感じられた。
「気を付けて。この辺から、バットが出てくるから。」
 二人は慎重に進んだ。
 バサバサと羽音がしたかと思うと、ツルギはバットに噛み付かれた。
「うあっ!?」
 驚いて、ツルギは剣を滅茶苦茶に振った。
 その一撃が、強烈にバットに当たって、バットは即死した。
「しまった…!」
 ツルギは倒れているバットに駆け寄った。
「…ごめん。」
「…仕方ないわ。倒すより、浄化する方が難しいもの…。ツルギにケガはない?噛まれたようだけど…。」
「俺は全然平気だ。でも、こいつを殺してしまったな…。」
 ツルギは、バットの死骸に対して、自然に手を合わせた。
 それを見て、ユリカも手を合わせた。
「…ツルギは優しいのね。」
「え?」
「だって、普通は魔物を殺しても平気な人の方が多いのに。魔物は人を襲うから悪い生き物だって。でも、ツルギはそうやって自然に手を合わせて拝んで…。そんなことをしてたら、キリがないのに。」
「けど、ユリカが魔物は殺すなって言っただろ。俺は、ユリカの話を聞いて、魔物が悪いわけじゃないって分かっただけで、もしお前の話を聞いてなかったら、平気で殺してたと思うぜ。別に、俺が優しいわけじゃねえよ。」
「そうかな?私の話を素直に信じてくれたこと自体が、優しいと思うけどな。」
「やめろよ。そんなんじゃねーし。」
 ツルギは、照れたようにして、ユリカに背中を向けた。
「ふふ。」
 ユリカは微笑んで、その背中を見つめていた。
「い、行こうぜ。魔物博士の家はまだなのかよ?」
「あと少しかな。急ぎましょう。」
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