『黄金の女王』対『白銀の姫君』1
文字数 6,677文字
第2ピリオド開始に先立ち、東和麗華学園のキャプテン・大堂 恵礼那 と就学園のキャプテン・筧 美雪 は、審判に選手の交代を申告した。
ウイングボールのルールとして、試合に出場する選手は五名だが、出場登録は十二名までで、選手の交代の回数、人数に制限はない。
ファールと呼ばれる反則も一選手につき五回、犯すと強制的に交代となるし、著しい反則であれば、一回でも退場となる。
審判に選手の交代を申告しながら、恵礼那は美雪のユニフォームの襟元に目を向けると、あっと声を上げた。
美雪の襟元からのぞいているブラは、可憐な総フラワーレースのセクシーランジェリーだった。察するに、ブラベルトやショーツの後ろまで透けたデザインに違いなかった。
恵礼那は、このデザインでローズと呼ばれる真紅のレースで仕上げられた下着を身につけていたが、美雪は大人の雰囲気を醸し出すブラックだった。
恵礼那はまたも自分の向こうをはられた思いになり、美雪の迫ると、
「あんた、高校生のくせにそんな格好して試合に出て!」
声を上げると、美雪はにやりと笑って、
「あんたこそ、かわいい『お嫁さん』の前でこれ以上、赤っ恥かかないようにしなさい」
恵礼那が山手誠栄女学院の雛子と婚約したことなど、既に知れ渡っていることを匂わせた。雛子は東和麗華学園の応援団の中に混じっているはずだった。
二人の口論の背後で、競技場の南北に設置された大型映像装置には、『reset』と表示され、第一ピリオドの試合経過が瞬時に再生されると、すぐに恵礼那と美雪が申告した選手の交代が、解りやすく競技場内の画像に重なって、装飾された文字情報でスーパーインポーズされた。
競技場の全システムが復旧したのだった。
間髪おかずにレポーターが、
「東和麗華学園は、背番号12番、高一B組、志垣 瑞希 選手は、突き指により、背番号30番、高一C組、穂積 美羽 選手と交代し、スモールフォワードにつきます、
就学園は、背番号9番、高二A組、久光 由香 選手が左手首捻挫のため、背番号29番、中一D組、睦 舞 選手と交代、センターに入ります」
『黄金の女王』がいよいよ表舞台に立ち、場内は歓声に包まれた。
東和麗華学園の応援団の一角で、ソートⅠに分類され、漆黒の翼を背にもつ小柄な女子高生が、
「おじいちゃん、美羽ちゃんだよ!」
声を上げた。
第二ピリオドが、睦舞のフリースローで開始された。舞の眼前にいた花之木 仁菜 は、舞と目が合うと、互いにあっと声を上げた。
「舞ちゃん?」
仁菜が驚くと、
「仁菜ちゃんだ!」
舞も自分の目を疑った。二人は公立小学校で、五年生、六年生と同じクラスだった。これといった交流はなかったが、卒業間近に舞は難関で知られる新宿の私立中学へ進むと噂になっていたし、仁菜と三木 華生 は、六本木の学力以外にも応用力、積極性、社会性を求められる私立中学に合格した、とささやかれていた。
三人がウイングボール部に入部し、大舞台でレギュラーに選ばれているとは、思いもしなかったのだった。
舞のフリースローが投げ込まれると同時に美羽がそのボールを手にするや、はるか彼方にある就学園のバックストップ・ユニットに向かって片手で放り投げた。誰もが、このシュートは失敗すると考えた。
しかし、ボールは美雪の頬をかすめ、ツインテールにしていた右側のリボンを引きちぎり、正確にリングのど真ん中を貫いた。
スリーポイントエリアからのシュートなので、当然、東和麗華学園は三点の先取点を挙げた。
場内は、歓声を上げるよりも、水を打ったように静まりかえった。『黄金の女王』の小手調べが、まさかここまでとは誰も予想していなかったのだった。
北品川にある仁菜の自宅で営むホームベーカリーの店先では、仁菜の弟がリモコンを使って、TVを必要以上の音量に上げていた。
茫然と画面に見入っている弟のすぐ傍らで、調剤薬局を営む婦人は小腹が空き、買い物に訪れると、TVの画面に気づき、
「まあまあ、仁菜ちゃんが『黄金の女王』と一緒に。強くなったね!」
弟は、他家からも姉が認められ、嬉しく、
「おじいちゃん、おとうさん、ほら、お姉ちゃんが『白銀の姫君』と戦っている!」
職人気質で一徹な父祖に声をかけると、
「ふん、ぜんそくもちの娘が散々、心配かけやがって」
工房で小麦粉、水、酵母を調合しながら父は鼻をすすると、
「やりゃ、できるんじゃねぇか」
祖父は焼き釜をのぞき込みながら、破顔した表情を隠した。
「第二ポイント、東和麗華学園の追い上げが続きます!
キャプテン・大堂選手にパスを回したのは穂積選手。大堂選手、力強いパスをしっかりと受け止めました。しかし、ゴールを目前としながらも副部長の大堂選手にパス。
副部長を務める大堂選手、姉に大きくうなずき就学園の筧キャプテンのディフェンスをかわし、シュート!
ツーポイントエリアからのシュートで二点を追加!」
レポータの身を乗り出した実況に、星野も負けじと、
「東和麗華学園、水を得た魚ごとく、就学園に挑みます。これは面白い一戦ですよ!」
連盟からのコメントが上がると、東和麗華学園の応援団の一角にいた大堂 徹 は、
「だから、言ったじゃねぇか、うちの娘たちは強いってな!」
周囲へ聞こえよがしに大笑いをした。
美羽は、逸希 からパスを受けると、インカムのマイクを口元に寄せ、
「聡子先生、このままやっちゃってもいいんですか?」
チームベンチの醍醐に尋ねると、
「えー、悪い理由って何?」
女子高生と同じ口調で尋ね返した。美羽は、
「だって、あっさり逆転しちゃうと、面白みに欠けるというか、その……まだ、前半だし……」
映像装置に映し出された、就学園六点、東和麗華学園五十点という数字を見ながらこたえた。醍醐はあきれて、
「何を言っているの? 同点になってからの後半が半面白いんじゃない。私立校は客商売なのよ、さあ、盛り上げて!」
「それもそうですね」
美羽がけらけらと笑うと、
「試合中に誰と話し込んでいるの!」
就学園でウイングボール部の副部長を務める早見 渓 が、美羽の眼前から迫った。
「就学園の背番号2番、早見選手、東和麗華学園の背番号30番、穂積選手のボールを奪おうと急迫します!」
美羽の周囲に渓の進路を妨害したとして、『attention』の文字が黄色く点滅した。続いて『warning』の文字がオレンジ色に点滅すると同時に、黄金の翼が羽音を上げて周囲の空気を震わせた。
「全員、30番をマークして!」
目を見張った美雪が叫び終わる前に、美羽は金色の光と化して、就学園のバックストップ・ユニット直前で待機していた仁菜にパスを送った。舞が逞しく上昇して、
「ゴールはさせない!」
仁菜のシュートを防ごうとしたが、仁菜はやすやすと得点を挙げた。
「東和麗華学園五十二点、就学園六点。ここで第二ピリオドが終了となりました。
第一ピリオドの得点を合算すると、東和麗華学園五十四点、就学園五十四点。
大差をつけられたかに見えた東和麗華学園が追いつきました!」
レポーターの興奮した実況が続き、解説の星野も、
「これで、両校とも振り出しに戻ったことになります」
第二ピリオドが終了すると、インターバルとなる。東和麗華学園と就学園はバックストップ・ユニットを交代し、風向きによる不公平が解消される。
東和麗華学園のチームベンチに、港区議員の信濃 が顔を出すと、
「醍醐先生、すごいですね、『黄金の女王』は! まるで士気が違って見えますよ」
選手たちの視線を意識して、チームを賞賛すると、
「まあ、信濃先生。わざわざお越しいただき恐縮です」
醍醐が作り笑いでこたえると、競技場の二基の大型映像装置には、東和麗華学園中高等部の紹介映像が映し出され、六本木五丁目の交差点に面したビルの足場崩落事故で、人命救助を果たした美羽が讃えられた。
園田 真希 が制作した『黄金の女王の帰還』も流用されている。
美羽のプライバシーを調べ上げ、醍醐を利用しようとした信濃を思い出し、真希は、
「あー、あんた、ストーカー議員でしょ!」
「ま……あ、園田さん、駄目ですよ、そんなこと言っちゃ」
醍醐が真希を苦笑して窘めたが、部員たちの白い目が信濃に集中すると、信濃は逃げるように立ち去った。
続いて、映像装置には就学園の紹介映像が流れ、昨年と一昨年、東京地区代表に輝いた実績を振り返った。
美羽は長身痩躯で高級註文紳士服がよく似合う信濃の後ろ姿を見ると、祖父の穂積 偉介 を連想した。
次いで、偉介が若い日に書いた『黄金の女王』の一文がよぎった。
ソレイユと接戦を続ける白い翼の子ですが、決してソレイユが憎いわけではりませんでした。
ソレイユも白い翼の子も、休憩地点では小麦粉を焼いてつくったお菓子を分けあったり、
お互いの翼でお互いの体を包みあって、眠っています。
でも、翼競争が始まると、白い翼の子はソレイユを負かさなければなりませんでした。
白い翼の子にも絶対にかなえたい願い事があったのです。
ソレイユもおねえさんから託された願い事をかなえなければなりません。
白い翼の子の強さに、ソレイユは何度もくじけそうになってしまいす。
そのたびにおねえさんの姿を思い出しました。
厳しい自然の中で村々が互いに助け合う、という決まりごとを確かなものにしようとしたおねえさん、
その思いをソレイユは絶対にかなえたい、と思いました。
この辺りは偉介の創作なのであろう。北アルプスの自然を思いながら書いた、というだけのことはあったが、ペルーの自然ははるかに厳しかったことだろう。
このとき、ソートⅠで漆黒の翼をもった女子高生が、東和麗華学園の応援団が気勢を上げる一角を妖精のように飛び跳ねながら、
「ほら、もっとかわいらしく! そんなの秋葉原じゃ通用しないよ!」
東和麗華学園のチアリーディング部を叱りつけた。次いで、近隣の男子校から駆けつけてきた応援部に、
「あんたたち、全然、声が聞こえてないよ!」
女子高生に突然、声をかけられた応援部長は頬を赤くしながら、
「お……おう……」
蚊の鳴くような声でこたえると、女子高生は、
「あんたたちに、『おう』なんて返事ない!」
更に応援部長を怒鳴りつけた。
「押忍 !」
「もう一回!」
女子高生が言うと、
「押忍! てめぇら、気合いもらったぞ」
応援部長は部員たちに叫ぶと、応援合戦を盛り上げた。
女子高生が、よしよし、とうなずいて飛び去っていくと、美羽は呆気にとられ、
「あの子、誰?」
見ず知らずを平然と怒鳴りつける気性に印象を深くして真希に尋ねると、
「渋谷区の南青山にある開和 女子学園の野澤 日々記 。通称、『黒曜石の舞姫』」
「へえー、二つ名をつけられている女の子って多いんだね。あ、あの落ち着きのないところを皮肉って『舞姫』なんだ」
美羽は、東京地区だけでも二つ名をつけられた鳥人女子が多く、その力量も窺い知れた。
その鳥人たちを二年連続で破った美雪は間違いなく強敵だった。
美羽は遠目に美雪の横顔を見つめると、
「美雪さんの願い事って、何ですか?」
ぽつりと尋ねた。
第三ピリオドは更に壮絶だった。
まず、恵礼那が審判に選手の交代を申告した。センターの背番号23番、花之木仁菜から背番号27番、三木 華生 へ代えた。
恵礼那のスローインを羽音を全く立てずに飛行できる東和麗華学園の背番号13番、志垣 逸希 が低空でボールを手にすると、その後方をぴたりと追尾していた背番号2番の大堂遙流香にパスを送った。
「くるよ、2番!」
美雪が遙流香をマークするように就学園の選手たちに指示を出した。
ゴール直前で就学園の背番号6番の河田 美耶 がディフェンスに入ったが、遙流香はすぐに後ろ上方にいた美羽にパスを送った。
美耶が舌打ちをして美羽を振り仰いだときには、美羽は既にシュートを決めていた。
場内に歓声が上がった。
センターサークル上方と二基の映像装置に、東和麗華学園の先取点二点、就学園〇点が表示される。
美羽は恵礼那と遙流香を遠目に見ると、
「ソートⅣ二人は分が悪いわね」
ぼそりと呟いた。
美羽のスローインで試合が続行すると、逸希がボールをキャッチした。そのまま就学園のバックストップ・ユニットを目指したが、美雪が進路を塞ぎ、
「二度目は!」
シュートの体勢に入った逸希から、巧みにボールを奪い取り、東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ進んだ。
美雪の真後ろについた美羽が、ふとはしゃぎ続ける日々記に目をやると、愕然とした。日々記が『おじいちゃん』と呼んでいるその人は、美羽の祖父、偉介の霊だった。
日々記は美羽同様に霊が視 え、その天真爛漫な性格から応援に来ていた偉介とすぐに仲良くなったのだろう。日々記のチームメイトらしい鳥人女子が二人、
「あーあ、部長がまた始めたよ」
「部長、今度は誰と話しているんですか?」
日々記に呆れ顔をしていることから、明白だった。
偉介の右隣りの観客席には父の紘樹 と母の怜子 の霊が座っている。こだわりはすぐに流すことが出来る家族らしく、美羽は安心したが、自分の家族に赤の他人がベタベタと振る舞っていることに腹が立った。
美羽は、美雪が舞に送ったパスを奪い取り、そのまま日々記に向かってボールを投げつけた。
たちまちあらぬ方向へボールを投げたとして、美羽にファールが取られた。
美羽が投げたボールはシートをぶち壊すほどの速度だったが、日々記はあっさりと片手で受け止め、偉介、紘樹、怜子に、
「ほら、美羽ちゃんがくれたんだよ!」
見せびらかし、美羽に手を振っている。
シートを破壊しかねない速度のボールを片手で受け止めるとは、日々記も驚異的な身体能力をもった鳥人であることが察せられた。
美雪のスローインで試合は再開され、流れに乗った東和麗華学園でセンターを務める華生が就学園のバックストップ・ユニットに迫った。
舞はまたも目を見開き、
「華生ちゃんまで!」
手足と翼を広げながら、思わぬ再会に目を見張った。華生は、
「本当に舞ちゃんがいた!」
仁菜から聞いていた同窓生との再会に驚きながら、シュートを決めた。
舞は、仁菜ばかりか華生にまでゴールを取られ、コートに着地すると、がくりと手をつき、
「……全然、かなわない、わたし……」
頬に涙が伝わった。
美雪は審判に選手の交代を申告した。すぐにレポーターが、
「就学園、選手交代です。背番号29番、中一D組、睦舞選手から背番号28番、中二C組、西脇 未来 選手がセンターへ入ります」
就学園キャプテンの美雪のスローインで試合が再開されると、すぐに恵礼那がボールを奪い、就学園のバックストップ・ユニットを目指した。
東和麗華学園の応援団の一角から、
「お姉さま、がんばって!」
雛子の声援が聞こえた。
恵礼那は後方に追い上げてくる美雪の気を感じると、すぐ傍らで、
「恵礼那!」
妹の遙流香がパスを送るように叫んでいた。
恵礼那は遙流香にパスを送ると、遙流香はボールを抱きしめ、上昇をかけようとしたそのとき、美雪が遙流香へと進路を変えた。たちまち遙流香の周囲に美雪の進路を妨害したとして、『attention』の文字が点滅した。
遙流香は美雪の右か左を抜こうとしたが、ソートAの巨翼を最大展帳されては、容易にかわせるものではなかった。
「遙流香、ボールを捨てなさい!」
「遙流香さん!」
恵礼那と美羽の声が聞こえたが、更に美雪に迫られ、遙流香は左肩からコートに叩きつけられた。
恵礼那は茫然としてコートに横たわる妹を見つめた。
ウイングボールのルールとして、試合に出場する選手は五名だが、出場登録は十二名までで、選手の交代の回数、人数に制限はない。
ファールと呼ばれる反則も一選手につき五回、犯すと強制的に交代となるし、著しい反則であれば、一回でも退場となる。
審判に選手の交代を申告しながら、恵礼那は美雪のユニフォームの襟元に目を向けると、あっと声を上げた。
美雪の襟元からのぞいているブラは、可憐な総フラワーレースのセクシーランジェリーだった。察するに、ブラベルトやショーツの後ろまで透けたデザインに違いなかった。
恵礼那は、このデザインでローズと呼ばれる真紅のレースで仕上げられた下着を身につけていたが、美雪は大人の雰囲気を醸し出すブラックだった。
恵礼那はまたも自分の向こうをはられた思いになり、美雪の迫ると、
「あんた、高校生のくせにそんな格好して試合に出て!」
声を上げると、美雪はにやりと笑って、
「あんたこそ、かわいい『お嫁さん』の前でこれ以上、赤っ恥かかないようにしなさい」
恵礼那が山手誠栄女学院の雛子と婚約したことなど、既に知れ渡っていることを匂わせた。雛子は東和麗華学園の応援団の中に混じっているはずだった。
二人の口論の背後で、競技場の南北に設置された大型映像装置には、『reset』と表示され、第一ピリオドの試合経過が瞬時に再生されると、すぐに恵礼那と美雪が申告した選手の交代が、解りやすく競技場内の画像に重なって、装飾された文字情報でスーパーインポーズされた。
競技場の全システムが復旧したのだった。
間髪おかずにレポーターが、
「東和麗華学園は、背番号12番、高一B組、
就学園は、背番号9番、高二A組、
『黄金の女王』がいよいよ表舞台に立ち、場内は歓声に包まれた。
東和麗華学園の応援団の一角で、ソートⅠに分類され、漆黒の翼を背にもつ小柄な女子高生が、
「おじいちゃん、美羽ちゃんだよ!」
声を上げた。
第二ピリオドが、睦舞のフリースローで開始された。舞の眼前にいた
「舞ちゃん?」
仁菜が驚くと、
「仁菜ちゃんだ!」
舞も自分の目を疑った。二人は公立小学校で、五年生、六年生と同じクラスだった。これといった交流はなかったが、卒業間近に舞は難関で知られる新宿の私立中学へ進むと噂になっていたし、仁菜と
三人がウイングボール部に入部し、大舞台でレギュラーに選ばれているとは、思いもしなかったのだった。
舞のフリースローが投げ込まれると同時に美羽がそのボールを手にするや、はるか彼方にある就学園のバックストップ・ユニットに向かって片手で放り投げた。誰もが、このシュートは失敗すると考えた。
しかし、ボールは美雪の頬をかすめ、ツインテールにしていた右側のリボンを引きちぎり、正確にリングのど真ん中を貫いた。
スリーポイントエリアからのシュートなので、当然、東和麗華学園は三点の先取点を挙げた。
場内は、歓声を上げるよりも、水を打ったように静まりかえった。『黄金の女王』の小手調べが、まさかここまでとは誰も予想していなかったのだった。
北品川にある仁菜の自宅で営むホームベーカリーの店先では、仁菜の弟がリモコンを使って、TVを必要以上の音量に上げていた。
茫然と画面に見入っている弟のすぐ傍らで、調剤薬局を営む婦人は小腹が空き、買い物に訪れると、TVの画面に気づき、
「まあまあ、仁菜ちゃんが『黄金の女王』と一緒に。強くなったね!」
弟は、他家からも姉が認められ、嬉しく、
「おじいちゃん、おとうさん、ほら、お姉ちゃんが『白銀の姫君』と戦っている!」
職人気質で一徹な父祖に声をかけると、
「ふん、ぜんそくもちの娘が散々、心配かけやがって」
工房で小麦粉、水、酵母を調合しながら父は鼻をすすると、
「やりゃ、できるんじゃねぇか」
祖父は焼き釜をのぞき込みながら、破顔した表情を隠した。
「第二ポイント、東和麗華学園の追い上げが続きます!
キャプテン・大堂選手にパスを回したのは穂積選手。大堂選手、力強いパスをしっかりと受け止めました。しかし、ゴールを目前としながらも副部長の大堂選手にパス。
副部長を務める大堂選手、姉に大きくうなずき就学園の筧キャプテンのディフェンスをかわし、シュート!
ツーポイントエリアからのシュートで二点を追加!」
レポータの身を乗り出した実況に、星野も負けじと、
「東和麗華学園、水を得た魚ごとく、就学園に挑みます。これは面白い一戦ですよ!」
連盟からのコメントが上がると、東和麗華学園の応援団の一角にいた
「だから、言ったじゃねぇか、うちの娘たちは強いってな!」
周囲へ聞こえよがしに大笑いをした。
美羽は、
「聡子先生、このままやっちゃってもいいんですか?」
チームベンチの醍醐に尋ねると、
「えー、悪い理由って何?」
女子高生と同じ口調で尋ね返した。美羽は、
「だって、あっさり逆転しちゃうと、面白みに欠けるというか、その……まだ、前半だし……」
映像装置に映し出された、就学園六点、東和麗華学園五十点という数字を見ながらこたえた。醍醐はあきれて、
「何を言っているの? 同点になってからの後半が半面白いんじゃない。私立校は客商売なのよ、さあ、盛り上げて!」
「それもそうですね」
美羽がけらけらと笑うと、
「試合中に誰と話し込んでいるの!」
就学園でウイングボール部の副部長を務める
「就学園の背番号2番、早見選手、東和麗華学園の背番号30番、穂積選手のボールを奪おうと急迫します!」
美羽の周囲に渓の進路を妨害したとして、『attention』の文字が黄色く点滅した。続いて『warning』の文字がオレンジ色に点滅すると同時に、黄金の翼が羽音を上げて周囲の空気を震わせた。
「全員、30番をマークして!」
目を見張った美雪が叫び終わる前に、美羽は金色の光と化して、就学園のバックストップ・ユニット直前で待機していた仁菜にパスを送った。舞が逞しく上昇して、
「ゴールはさせない!」
仁菜のシュートを防ごうとしたが、仁菜はやすやすと得点を挙げた。
「東和麗華学園五十二点、就学園六点。ここで第二ピリオドが終了となりました。
第一ピリオドの得点を合算すると、東和麗華学園五十四点、就学園五十四点。
大差をつけられたかに見えた東和麗華学園が追いつきました!」
レポーターの興奮した実況が続き、解説の星野も、
「これで、両校とも振り出しに戻ったことになります」
第二ピリオドが終了すると、インターバルとなる。東和麗華学園と就学園はバックストップ・ユニットを交代し、風向きによる不公平が解消される。
東和麗華学園のチームベンチに、港区議員の
「醍醐先生、すごいですね、『黄金の女王』は! まるで士気が違って見えますよ」
選手たちの視線を意識して、チームを賞賛すると、
「まあ、信濃先生。わざわざお越しいただき恐縮です」
醍醐が作り笑いでこたえると、競技場の二基の大型映像装置には、東和麗華学園中高等部の紹介映像が映し出され、六本木五丁目の交差点に面したビルの足場崩落事故で、人命救助を果たした美羽が讃えられた。
美羽のプライバシーを調べ上げ、醍醐を利用しようとした信濃を思い出し、真希は、
「あー、あんた、ストーカー議員でしょ!」
「ま……あ、園田さん、駄目ですよ、そんなこと言っちゃ」
醍醐が真希を苦笑して窘めたが、部員たちの白い目が信濃に集中すると、信濃は逃げるように立ち去った。
続いて、映像装置には就学園の紹介映像が流れ、昨年と一昨年、東京地区代表に輝いた実績を振り返った。
美羽は長身痩躯で高級註文紳士服がよく似合う信濃の後ろ姿を見ると、祖父の
次いで、偉介が若い日に書いた『黄金の女王』の一文がよぎった。
ソレイユと接戦を続ける白い翼の子ですが、決してソレイユが憎いわけではりませんでした。
ソレイユも白い翼の子も、休憩地点では小麦粉を焼いてつくったお菓子を分けあったり、
お互いの翼でお互いの体を包みあって、眠っています。
でも、翼競争が始まると、白い翼の子はソレイユを負かさなければなりませんでした。
白い翼の子にも絶対にかなえたい願い事があったのです。
ソレイユもおねえさんから託された願い事をかなえなければなりません。
白い翼の子の強さに、ソレイユは何度もくじけそうになってしまいす。
そのたびにおねえさんの姿を思い出しました。
厳しい自然の中で村々が互いに助け合う、という決まりごとを確かなものにしようとしたおねえさん、
その思いをソレイユは絶対にかなえたい、と思いました。
この辺りは偉介の創作なのであろう。北アルプスの自然を思いながら書いた、というだけのことはあったが、ペルーの自然ははるかに厳しかったことだろう。
このとき、ソートⅠで漆黒の翼をもった女子高生が、東和麗華学園の応援団が気勢を上げる一角を妖精のように飛び跳ねながら、
「ほら、もっとかわいらしく! そんなの秋葉原じゃ通用しないよ!」
東和麗華学園のチアリーディング部を叱りつけた。次いで、近隣の男子校から駆けつけてきた応援部に、
「あんたたち、全然、声が聞こえてないよ!」
女子高生に突然、声をかけられた応援部長は頬を赤くしながら、
「お……おう……」
蚊の鳴くような声でこたえると、女子高生は、
「あんたたちに、『おう』なんて返事ない!」
更に応援部長を怒鳴りつけた。
「
「もう一回!」
女子高生が言うと、
「押忍! てめぇら、気合いもらったぞ」
応援部長は部員たちに叫ぶと、応援合戦を盛り上げた。
女子高生が、よしよし、とうなずいて飛び去っていくと、美羽は呆気にとられ、
「あの子、誰?」
見ず知らずを平然と怒鳴りつける気性に印象を深くして真希に尋ねると、
「渋谷区の南青山にある
「へえー、二つ名をつけられている女の子って多いんだね。あ、あの落ち着きのないところを皮肉って『舞姫』なんだ」
美羽は、東京地区だけでも二つ名をつけられた鳥人女子が多く、その力量も窺い知れた。
その鳥人たちを二年連続で破った美雪は間違いなく強敵だった。
美羽は遠目に美雪の横顔を見つめると、
「美雪さんの願い事って、何ですか?」
ぽつりと尋ねた。
第三ピリオドは更に壮絶だった。
まず、恵礼那が審判に選手の交代を申告した。センターの背番号23番、花之木仁菜から背番号27番、
恵礼那のスローインを羽音を全く立てずに飛行できる東和麗華学園の背番号13番、
「くるよ、2番!」
美雪が遙流香をマークするように就学園の選手たちに指示を出した。
ゴール直前で就学園の背番号6番の
美耶が舌打ちをして美羽を振り仰いだときには、美羽は既にシュートを決めていた。
場内に歓声が上がった。
センターサークル上方と二基の映像装置に、東和麗華学園の先取点二点、就学園〇点が表示される。
美羽は恵礼那と遙流香を遠目に見ると、
「ソートⅣ二人は分が悪いわね」
ぼそりと呟いた。
美羽のスローインで試合が続行すると、逸希がボールをキャッチした。そのまま就学園のバックストップ・ユニットを目指したが、美雪が進路を塞ぎ、
「二度目は!」
シュートの体勢に入った逸希から、巧みにボールを奪い取り、東和麗華学園のバックストップ・ユニットへ進んだ。
美雪の真後ろについた美羽が、ふとはしゃぎ続ける日々記に目をやると、愕然とした。日々記が『おじいちゃん』と呼んでいるその人は、美羽の祖父、偉介の霊だった。
日々記は美羽同様に霊が
「あーあ、部長がまた始めたよ」
「部長、今度は誰と話しているんですか?」
日々記に呆れ顔をしていることから、明白だった。
偉介の右隣りの観客席には父の
美羽は、美雪が舞に送ったパスを奪い取り、そのまま日々記に向かってボールを投げつけた。
たちまちあらぬ方向へボールを投げたとして、美羽にファールが取られた。
美羽が投げたボールはシートをぶち壊すほどの速度だったが、日々記はあっさりと片手で受け止め、偉介、紘樹、怜子に、
「ほら、美羽ちゃんがくれたんだよ!」
見せびらかし、美羽に手を振っている。
シートを破壊しかねない速度のボールを片手で受け止めるとは、日々記も驚異的な身体能力をもった鳥人であることが察せられた。
美雪のスローインで試合は再開され、流れに乗った東和麗華学園でセンターを務める華生が就学園のバックストップ・ユニットに迫った。
舞はまたも目を見開き、
「華生ちゃんまで!」
手足と翼を広げながら、思わぬ再会に目を見張った。華生は、
「本当に舞ちゃんがいた!」
仁菜から聞いていた同窓生との再会に驚きながら、シュートを決めた。
舞は、仁菜ばかりか華生にまでゴールを取られ、コートに着地すると、がくりと手をつき、
「……全然、かなわない、わたし……」
頬に涙が伝わった。
美雪は審判に選手の交代を申告した。すぐにレポーターが、
「就学園、選手交代です。背番号29番、中一D組、睦舞選手から背番号28番、中二C組、
就学園キャプテンの美雪のスローインで試合が再開されると、すぐに恵礼那がボールを奪い、就学園のバックストップ・ユニットを目指した。
東和麗華学園の応援団の一角から、
「お姉さま、がんばって!」
雛子の声援が聞こえた。
恵礼那は後方に追い上げてくる美雪の気を感じると、すぐ傍らで、
「恵礼那!」
妹の遙流香がパスを送るように叫んでいた。
恵礼那は遙流香にパスを送ると、遙流香はボールを抱きしめ、上昇をかけようとしたそのとき、美雪が遙流香へと進路を変えた。たちまち遙流香の周囲に美雪の進路を妨害したとして、『attention』の文字が点滅した。
遙流香は美雪の右か左を抜こうとしたが、ソートAの巨翼を最大展帳されては、容易にかわせるものではなかった。
「遙流香、ボールを捨てなさい!」
「遙流香さん!」
恵礼那と美羽の声が聞こえたが、更に美雪に迫られ、遙流香は左肩からコートに叩きつけられた。
恵礼那は茫然としてコートに横たわる妹を見つめた。