第1話

文字数 1,088文字

 眼鏡をかけると、度が入っていなかった。昨日までは度が入っていたのに不思議だ。
 私は高校生である。父に頼み、眼鏡を見てもらった。そして曰く「度は入っているぞ、遠くまでよく見える。お前の目が悪くなったんじゃないか?」と、そんなことはない、昨日今日で目が悪くなるものかと反論した。いくらか話したのち、平行線のままで結局、近視の状態での生活を余儀なくされた。
 登校は非常に大変だ。信号は見えないし、水たまりを踏むしで不幸体験を多くした。学校では、電柱に頭をぶつけた間抜けとして、友人達に笑われてしまった。その中の眼鏡をかけた友人に眼鏡の度が入っていないことを説明し、交換してもらった。すると、友人の眼鏡にも度が入っていないではないか。驚愕する私を尻目に友人は言った「度は間違いなく入っているぞ、お前の目が悪くなったんじゃないか」と、その話は聞き飽きたよと思い、場を切り上げてしまった。 
 同日、ホームルームで担任の先生に呼び出しをくらってしまった。心あたりはあるが、行く気にはなれない。サボって両親に連絡がいくのも嫌だと思い、職員室まで足を運んだ。先生曰く「若いうちはみんな悩むものだ、お前が悩むのも無理ない。親御さんと相談して、書いてこい」と、進路希望を自分だけ出していないのであった。未来さえわかれば、楽に書けるのにと思いながら帰路に就いた。
 眼鏡の件に関しては、世界中の眼鏡が私に嫌がらせをしているという結論に至った。自分の眼鏡は確かに度が入っているらしく、他人の眼鏡をかけても自分にだけは度が入らない現象が起きているからだ。実際、こんな生活でも慣れるものである。信号はみんなで渡ればいいし、水たまりはみんなが避けている。みんなの真似をすればよかった。
 朝は眼鏡を第一に確認するのが日課になっていた。ある日、朝食の場で父は進路はどうするんだと聞いてきた。やばいと、担任が親に連絡を入れたのではないかと推測しながら言葉を考えた。私は「友人達と同じ大学進学を考えている、学力の問題もあるから担任の先生と相談している」と、当たり障りのないことを言い、家を後にした。
 同日、進路希望を提出し、その日を終えた。中身は何も考えていない大学進学。
 次の日、ようやく眼鏡が元に戻った。不便な生活からは解消されたが、腑に落ちない。眼鏡が写す景色は、みんなが同時に信号を渡っているし、水たまりを避けている、以前と変わらない景色だと思うが以前とは違う。そう思わざるを得なかった。
 眼鏡は遠くを写す道具である。遠くを見れば、未来がわかる。だが、未来を作るのは自分だ。今日久しぶりに、水たまりを踏んだ。
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