第14話

文字数 1,992文字

「今日は音夢に、免許皆伝を与えようかと思うんだ」

「いきなり何なのです」

 お父さんが昼下がりに話しかけて来た。その内容はこうだ。仏教の勉強ばかりで疲れているだろうと、休暇をくれたのだ。いつも机に向かって頑張っている私にくれるご褒美らしい。でも、免許皆伝とは何のこと?

「音夢にこの時計をあげようと思う」

 私にプレゼント……? 中身は何だろう……。期待を膨らませて、包装を開けたところ、ただの古びた腕時計が入っていた。

「これは何なのです? 私をばかにしているのですか」

 私はお父さんに向かって手をあげるアクションを取った。

「い、いや。よく見るんだ」

「これは……」

 ダイヤルに何か英語が刻んである……。TimeMachine? よく見ると、メモが一枚挟んであった。

 音夢へ……。この場所に本当の宝物が眠っている。いつも頑張っている音夢にプレゼントだよ。ここはお父さんと、お母さんが、出会った場所だ。愛しているよ。

「この地図は……」

 ここは公園? この場所でお父さんと、お母さんが、出会ったというのは本当? でもタイムマシンとは一体何のことなのやら。

「仏堂で観音様に聞いてみるといい。きっと音夢に答えてくれるよ」

 そう言って、お父さんは自分の部屋に戻っていった。

(……観音様、何か心当たりがあるのです?)

 観音様は、その腕時計を見て懐かしいと言っているだけで、何も答えようとはしてくれなかった。

 ……ともかくその場所に行けということですね。やれやれ、こんな遊びに付き合わされることになるとは思ってもみなかった。

 私は私服に着替えを済ませ、その公園まで出かける準備を整えた。その公園は、このお寺から歩いて三十分ほどの距離にある。小さな公園だが、確か子供用の遊具が一通り置いてあった様な気がする。ここは童心に帰るとしますか。

 そうしてお寺の外に出た私は、横断歩道を何度か渡り、公園の近くまでやってきた。

 懐かしい……。ここで小さい頃はお父さんによく遊んで貰っていたな。

(音夢……どうやら、ここにプレゼントが置いてあるみたいだよ)

 観音様にそう言われた私は、その言葉を聞いて、辺りをきょろきょろを見渡した。どこにそんなものが……。

「あっ!」

 私が小さい頃、いつも使っていたスプリング遊具の近くに、砂で出来た小さな塊がある。ここを掘り返せと言うのだろうか?

 ……丁寧にシャベルまで置いてある。

 私はシャベルでそれを掘り返たところ、小さな箱が隠されていた。

「これは……」

(開けてみてごらんよ。音夢)

 観音様に催促され、私は中を開けてみた。

「これは……万年筆?」

(よかったねえ、弥勒が買ってくれたものかな? でも高そうな万年筆だねえ)

(でも、どうやってこんな高いものを……)

 私は気が付くと、涙を流していた。

(きっと、働いて買ったんだろう。最近、忙しくしていて、やけに外に出ていたみたいだから……。弥勒にこんな甲斐性があったなんてねえ)

(うん、これで本を書く為に頑張れるのです)

 あとでお礼を言っておかなきゃ。私は、お父さんがくれた万年筆を鞄に大切にしまって、公園の周りを散歩していた。

(じゃあ、ここは私も、音夢にプレゼントをあげましょうか)

(プレゼントです?)

(ああ、ここは弥勒の思い出話でもしてあげようか)

(弥勒はねえ……中学生の頃にたいそう、いじめられていてね。幼なじみだった千佳と会わなくなったのもその頃からさ)

(お父さんが……いじめられていた)

(弥勒には好きな女の子が居たんだけどね、ちっとも振り向いて貰えなかったのさ。いじめられても、誰にもちっとも庇って貰えなかった。その期間があまりにも長くて、学校に行かなくなってしまってね)

(うん……)

(それでも、頑張って働こうとはしたんだけれど、それからあいつは人間が怖くなってしまったんだ。アルバイトなんか器用に一つもこなしたことがない。そんな弥勒が、唯一頑張れたことは仏教さ。部屋に引きこもりながらも、頑張って仏教を学んでいたことは、とても偉いことだった)

(お父さんに友だちはいなかったのです?)

(ああ、全く居なかった。千佳とも会えなくなってしまったからね。ただね、音夢)

(はい……)

(あいつには心の中に友だちが居たのさ。それで十年、引きこもっていた間、ずっと私ともお話をしていたんだ。だから、本当の意味で寂しかったかどうかはわからない。そうして、十年の間、あいつはそうやって修行していたんだ)

(なるほどです……)

(そうして、千佳と出会って、あいつは宝物を作った)

(その宝物とは何なのです?)

(おまえのことさ、音夢)

 ……。

(分かったのです。もうこれ以上、私を泣かせないでください……)

 私はゴシゴシと目を擦った。

 この公園にタイムマシンは確かにあったのだろう……。お父さんの懐かしい子供時代に戻った、私は鞄から万年筆を取り出し、ぎゅっと握りしめた。
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