第3話 完結

文字数 1,087文字

 別れを切り出されたのは当然と言える結末だった。
 梅林はハンドルを握ったまま、かほるを家の前で降ろすと、プレゼントとして送ったペンダントを、車の窓からこれ見よがしに投げつけた。
 人影が飛び出してきたのは、梅林が車を走らせようとした瞬間だった。両手をひろげて立ちはだかるその人物は桜山重次だった。彼は鳴り響くクラクションにまったく動じず、不満顔で降りてきた梅林に駆け寄り、首元に掴みかかった。
 バキッという鈍い音が鳴ると、梅林は地面に倒れ、左手で頬を押さえた。重次は肩で息をしながら、まっすぐな目でその弱腰の梅林に罵声を浴びせた。
「二度とかほるに近づくんじゃねえ!!」
 灰色の目をした梅林は、這うようにしながら車に乗り込むと、重次に向けて中指を立てながら走り去っていった。

「どうして……」言葉が続かず涙があふれた。泣きじゃくるかほるに重次はぶっきらぼうな声を掛ける。
「あんな男に騙されやがって。馬鹿なことは昔から知っていたが、まさかここまでだとは思ってもみなかったな」
 彼の言葉に、かほるはその場へ座り込んだ。そして人目もはばからずに泣き声を上げると、彼は背中からそっと抱きついてきた。荒い息が聞こえ、心臓が高鳴っているのが伝わってくる。ロン毛から漂うシャンプーの香りが鼻孔を揺らし、何とも言えない心地よさに包まれていく。
「お前にあんな男は似合わない。仕方が無いから、俺が彼氏になってやるよ」
 突然の告白で涙が止まり、かほるは放心状態となった。
「でも、あなたには……」彼女がいるんでしょう? と、かほるは振り返ってその瞳をじっと見つめた。
 重次は顔を赤らめながら語りだす。
「……実は、恋人の話は口から出まかせなんだ。ほら、小さい頃、お前をいじめていただろう? 何だか後ろめたくてな。お前の気持ちは判っていたが、今さらどの面下げてと思ってごまかそうとしたんだ。だから恋人がいるフリをして、自分の気持ちを抑えようとしたんだぜ」
「じゃあ、どうしてこんな事を?」かほるは梅林と対峙した時の殺気だった重次の顔を思い出す。
「正直、見ていられなかったんだ。これ以上お前が傷つくところをな。お前が罵倒される様が窓から見えて、気が付いたら表へ飛び出したってワケさ。暴力はもう封印していたけど、我慢できずに、つい手を出しちまったよ。……カッコ悪いよな、俺って」 

 かほるの借金は二人で少しずつ返していこうと重次は誓い、それからまもなく二人は交際をスタートさせた。
 
 共に歩く街路樹には満開の桜が咲き誇っている。

 その時、かほるは確かに感じていた。少しだけ,、桜を嫌いではなくなっていたことを……。
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