1.…間奏曲… 空中分解 Part.1.
文字数 26,434文字
夜が明けた。
気がつけば全員そのままの恰好で眠りこけちまってたらしい船の小さな居間の中で、目を覚ましてみればとうにおひる。洋上を一路日本へとホバー走行しているところだった。
青い青い浪が見渡す限り広がっている。
所々の島影をのぞけば360°が、ぼうっとかすむ光の水平線だ。
「 ふ わ~ぁぁァ…あ。」
みんなモゾモゾと起きだしていた。
好だけはいつの間に入りこんだのかコクピットの副操縦席に収まって、まだしっかり眠りこけている。
女の子から順ぐりに洗面所、使い。
ユミちゃんはまだ麻酔が効いている老人の包帯とりかえ、ひろと先輩は栗原のクォクが早速ぶっ壊れているとか云って、当の栗原と2人して大喜びで修理工具ひっぱり出している。
ヤニさんは寝不足は美容にどうのと景気よく悪態をつき、色っぽく欠伸を噛み殺しながら…
も~、美人は何やっても美人に見える。うん♪
…人数分の濃いコーヒーを淹れてくれた。
ゆかり姫、その隣でヤニさんの言葉使いに苦笑しながら、朝食の支度をしてくれてる。
手伝おうかと申し出たら、「男子厨房に…」どうとか云われて追い出されてしまった。
う~む古式ゆかし過ぎる教育ってのも考えもんだな。
俺、ヒマ、持てあましちまう…
フテて寝なおそうとしてたらユミちゃんから洗濯のあがった分の包帯巻きをおおせつかった。
しゅるしゅる。
わりと平和。
ゆかり姫がヤニさんに質問しているのを聞けばあと2時間ほどで日本本土の防衛海域につくという。
………突如。
…赤ちゃんが泣きはじめた…!!
「 ! ぅ、ぅわァ~~~ゴ、ゴメンっ!」
はっきし云って俺、このコの存在を忘れはててたもんね…っ
育ての親らしき人物から引き離されたってのにケロッとした顔して平然と眠り続けてるしさ、そういや昨夜ヤニさんが普通の乳児にしちゃ長いこと目を覚まさなすぎるとか心配していたような記憶がないでもないけど、
…ぅわあ、何でもいい。どーーーーにかしてくれ、この泣き声…っっっ
俺と姫がオタオタしているとユミちゃんがすっ飛んできて優しく抱きあげた。
「困りましたネェ。粉ミルクなんてもう置いてないンですョ。せめて牛乳と思ったンですけど、あいにくこれも切らしちまってましてネ。なにせ合成モンには飽き飽きして、どうせ地球に行くからには美味いホンモノを仕入れてやろうって思ってた矢先なンですから。」
なんでそんなものが積んであるのか、空の哺乳ビン放りあげながらヤニさん登場。
「 牛乳? このくらいの赤ちゃんにはかえって良くないと思うわ。イシュタンパクシツですもの。」
さすが看護婦志望。イヤな顔ひとつせずテキパキとおくるみはがして、オムツ替えにかかる。
…俺パス。…
「あァ、タオルなんか代用にしなくっても、オムツなら前に使ってたやつが…
オヤ。男の子なンですかい?」
「そうみたい。優しい顔してるから、てっきり女の子だと思ってた。」
食糧に関しては白米が少しあったので、ユミちゃんが重湯を作ってみようということで話が落ちついた。
それにしても、何だってそんなに赤ン坊の世話なんかに慣れて…??
あぁ、そーか。ゆみちゃん、よくうちの母上にくっついて、乳児園だの養護施設だのへ
ボランティアに行ってたっけ…。
「 ワコよ…!!」
ぎくりと、ソファに寝かされていた老人が身動きしてハネ起きた。
「 ! そこに居ますわ。お起きになってはいけません。」
ゆかり姫が慌てて腕を添えるまでもなく、苦痛に顔をゆがめて再び倒れてしまう。
そのままギラギラする眼をうすく開けて、 "ワコ" さまとやらの無事を確認するように横目で眺めていたが、ヤニさんがほんっとに幸せそうな顔してあやしているもんで、安心したのか、ふっと体のちからを抜いた。
遠くを見る目つき。
(しっかし流石のヤニさんも、女だけあって、赤ちゃんとかの小さな 可愛いもの 見ると眼の色の変わっちまう一人らしい。
…猫にマタタビ…?
男にはイマイチあの反応は… 理解しがたいね!)
「よう爺さん、目が覚めたのか。」
好がうっそりと操縦室との戸口をふさいでいた。
はん。よっく言うぜ、自分だっていま起きたところのくせに。
「…わしは…場沼という。」
「それで?」
そろそろと上体を起こし、壁にもたれかかって、ポツリとだけ爺さん…場沼さんは口をきいた。
「……それで?」
好にしては辛抱強く尋きなおすんだけれど、それっきり、答えない。
おし黙っている。
「 おい。清。」
おかげでホコ先が俺にまわって来てしまった。へぃへぃ。
「 荷物 が2つに増えた理由を説明して貰おうか。」
ユミちゃんが慣れた手つきで楽しそうに授乳(授おもゆ?)しているほうを好はアゴで指した。
わ~。だからそう恐ろしい眼をするなっつーの!
「 あ、えとさ。」
俺はできるだけ手短に あの場面 の説明。
もちろん信じてもらえそうもないので、不可思議な印象と現象のことはほぼ全面的にはしょって。
話してるうちにチクリと胸が痛む。
あの神秘的な、神々しくさえあった、端正な死に顔。
横たわっていた姿が目に浮かぶ。
…うわ~~~。
…俺って、あの妖精人に、……惚れちまってたんだな……っ
二言三言しか話してない相手なのに我ながらヘンだとは思うけど、多分、あの瞳。
最初に鍵のことであの深い色の瞳にのぞきこまれた時から、魅かれちまってたんだ。
一目惚れって現象、本当にあるんだな。バカバカしい…
…もうあの貴婦人は、死んじまったのに…。
「 ふん。」
気に喰わねェな、と話を聞き終えた好の口から十八番(オハコ)が出る。
「それで? その女は 何処へ そのチビを届けさせたがっていたんだ?」
単に恐いのとは違う、妙に光る眼をして俺を睨めつける。
見透かされるような…
………ふん。
おまえにはそんな能力ナイってくらい、俺ちゃんと知ってるんだからなッ
「…え~…と、アサ…朝…朝ナントカ…なんとか森。」
「…アサ………『朝日ヶ森』か…?!」
好の手の中でコーヒーカップが大きく揺れた。
「熱(あち)っ!」
「大丈夫? お兄ィちゃんたらっ」
「あっそうそう。そんな名前。」
ちょうどその時ひろと先輩たちが油まみれになって格納庫から戻って来ていた。
「…ピィユゥ!」
栗原がヘタっくそな口笛。
話の終わりの方だけ聞きかじっていたらしい。
ひろと先輩、爺さんと赤ン坊を等分に値踏みして。
ヤニさんが含みのあるような眼つきで煙草管に点火した。
キセルパイプ…。
俺としちゃやっぱ煙管(きせる)とかパイプとか素直に呼びたい。
けど、これが「正式名称」。
”宇宙人” 御用達のタバコ吸引用具。
喫煙。…この素晴らしい習慣というのは『指輪物語』をひきあいに出すまでもなく、人類には欠かせないものらしい。
だけど宇宙空間で紙巻きや葉巻くわえたって火の点けようがないし、初期の… ”植民者” (コロニスツ)以前の ”開拓者” (フロンティア)の時代、コロニー建設の為に何十時間も宇宙服着たまま真空中で作業し続けたり、休みをとるにしても体を横にするのが精一杯ってェ気密匣(ポッド)の中では、不必要な酸素消費が許される筈もない。
そうでなくても嫌煙権なんてコトバ発明する人種もいるわけだし、進取の気性と妙なロマンチシズムを兼ねそなえた宇宙の男たちが大いに閉口させられたのは、ま当然だろーな。
そんないきさつから工夫されたのが、このポータブル(持ち運び可能)な装置だった。
本体は厚みも重さも、俺らの感覚で言う ”煙草の箱” の2倍強ずつくらい。
ヤニさんはこれを銀のガンベルトの左側に装着してるけど、Point.Pやスターエア宙港ではポケットに入れたり、単にカバンに放りこんでるだけという人も見かけた。
形やサイズにも結構いろいろ有るらしい。
で、これから折り曲げ・引き伸ばし自在な細いチューブ(管)が出ていて。
その先端にパイプ。
The Kiseru Pipe.
命名はもちろん形が煙管に似ているところから。
このパイプの吸い口のところはもちろん簡単にくわえてもいいんだけど、スペース・メットの飲食物パック用ジョイントとも規格が合わせてある。
で反対側の、本来なら火皿がある筈のところへ、粉末煙草の圧縮カートリッジをセット。
間のパイプと本体とのチューブは両方とも二重構造になっていて、吸うのに合わせて適量の酸素を供給する一方、排煙…つっちまうとなんかエライ表現だな…を換気し、本体へ送り返して、浄化・放出する。
つまりは宇宙服脱げない状態や、狭い船内、公共の金で空気確保してんでエチケット上喫煙できない場所なんかにおいて、周りに迷惑かけずに一服楽しめる装置なわけだ。
もっともヤニさん、地球に降りて来てからは煙モクモク輪っか作ったりしながら吸ってるけどね。
…う~~~。うまそおだなァ。
俺も吸いたいッ
そう云や《ムーン II 》で手持ちのひと箱空けちまって以来だ。
…閑話休題(それはさておき)…。
「………朝日ヶ森?」
ゆかり姫が山盛りサンドイッチのお盆を運んで来ながら不審そうに眉を寄せた。
「その名前…あたくしにも聞き覚えがありますわ。正行さんから。」
ちょっとちょっとっっっ
んじゃそれ知らないのって俺だけなわけっ??
「ユミちゃん知ってるっ?」
「ううん。初耳。」
じゃ、 俺たち だけ、か…。
「好ォ、なーんなんだよそれっ」
「 ンでもねェよ。」
ウソつけ★
おまえが物こぼすなんざ何年に一度じゃないかよっ
「…ふんっだ。…とにかくその何でもないナントカの長に預けて欲しいって言ったんだ、彼女は。」
「…リーダーに、ねェ。」
ヤニさん、ポンと廃カートリッジ(吸殻)を手の平にたたき出して。
「朝日ヶ森…か。それが 有る からには、結局、いずれは行くことになるだろうな。
しかし… なるほど、緑衣隊イコール皇国軍か? …」
好は独言のように呟く。
ゆび噛むクセやめろってばっ
「………ふん。いいだろう。清、おまえが責任持つならそのガキ置いといてもいい。ただしジャマになったらその場で放り出すからな。」
「おまえなァ~~~~っ」
人情ってもんがないのかよ。相手は自力じゃまだ生きていかれない赤ン坊なんだぞっ!」
「それで構わねェだろうな爺さん。」
「…ああ。足手まといなら出て行く。」
なんとなくそれで話は決まってしまった。
そして遅い朝食。
サンドイッチは全員に行き渡るだけ十分にあった。
食事の間に栗原が昨夜の話をはじめ、ドギューン!とかバリバリ!とか、
しきりに擬音を交えて動力室のぶっ壊しかたを解説している。
その手振り身振りにユミちゃんキャアキャア云って面白がり
(事実上聴衆は彼女ひとりだ。)、ゆかり姫テーブルの後片付け。
ひろと先輩はドガンズギュンをうるさいとも思わず再び眠りこける。
ヤニさんは着替えると云って寝室にひっこんでしまった。
好… コ・パイ・シートでコーヒー啜ってる。
あいつ一度気に入った場所見つけると居ついちまうからな~…
俺も操縦室はいってスクリーンを覗く。
今はものすごく素直に外の景色を映し出してるから、窓と変わりがなかった。
青い青い海と、それより明るい色調の青い青い空。
「…ふうん。綺麗なもんだよな。…これって南太平洋だろ。」
普段ならもっと大騒ぎして感動してやるんだけど、寝不足と精神的な疲れのおかげで、そんな気分じゃない。
「 いや。もう北半球に入ってる。」
そんな事どうだっていいのに、わざわざ計器に目を走らせて、好。
俺の表情を確かめるように振り返って、座れよって感じで無愛想にアゴで指す。
普段ならヤニさんが座る、メインシート。
時折り操縦桿がかすかに振れるのは自動システムだ。
柔らかい。広くてゆったりしていて、自由に姿勢を変えられる。
「…外の音って聴こえないわけ? ここ。」
好の長い指が黙ってボタンのひとつに触れる。
おーお。もうしっかり扱いかた覚えちまって。
まあ昨夜一晩ヤニさんがやるのを見てたんなら、こいつなら当然だけど。
わりと抑えたボリュームで ”外” の生の音が部屋の中に入ってくる。
太洋を渡る波の音。
MISS-SHOT の吹き出すジェットの響き。
「………ふうん。………」
俺は片方の膝をかかえて深くシートにもたれかかった。
目をつぶって。
潮騒のくりかえし宥めてくれる優しさとはずいぶん違う。
もっとずっと男性的な、洋々として、荒々しい。
そして限りなく自由。
………海…………。
俺はスクリーンに映っている浪ではなく、心の中に浮かび上がってくる青い色を見つめる。
青。
(( …ああ。そうか。 ))
何かが心のなかでつながった。
青い浪。
白い、純白のように見えながら、それでもどこかに海の耀よいを秘めた、泡の飛沫。
(( エルフィーリ(妖精人)…訂正。…ネーレイド (人魚姫)。 … ))
もう死んでしまった彼女の瞳と髪の色だ。
「 おい。」
海の… いや、 ”水の” 娘……
「 おい。清?」
後ろでシュンっという軽い音がする。
「 げっ!! 」
みっ、…耳もとに息なんか吹きかけるなアホゥッっっ!
思わずのけぞったすぐ目の前に好の顔。
ニヤッと やらしい 笑いかたをして、いつの間にやら俺の椅子のヒジかけに片膝のっけて乗り出して、両手で背もたれのフチをしっかりつかまえて。
………しまった油断したッ…!!
う。
気がついた時にはたいてー後のまつりなんだ、こーゆーのは。
なまじ《ムーン II 》で1週間も同室だったのに手を出されずに済んでいたんで、気をゆるめたのが、マズかった…
「…おまえ、まだ何か隠してんだろう。」
「 へ? な、なんのことかなっっっ!? 」
長いつきあいなんで好の言いたい事くらいすぐに判る。
喋ってたまるかっての。もう死んじまった年上の女性に一目惚れしてあげく落ち込んでるなんざ…
冗談じゃねェよ。
他ならぬ好にチラッとでもバラしてみろ。むこう3年間は、いやンなるほどからかわれ続けるに決まってる…
「それ以上寄るなよなっ! わめくぞ。ユミちゃんに人格疑われてもいいのかよっ」
「後ろ見てみな。」
げ。
さっきの シュン は、エアロック閉めた音かいな…ッ★
「…おまえ~…! くそ、どのスイッチだよっ」
「下手にいじくると船ごと墜ちるぞ。」
う。
「さて、と。あきらめて白状するんだな。何を隠してる?」
アゴに手なんぞかけるなっ! 服の前かってに開けるな~っ!!
「ンな大事な事じゃないってのッ☆」
「 ほー。…重大でないことを、なンでわざわざ隠す必要がある?」
「 ぎゃっ…」
…そ、その指…っ!
その指先をなんとかしてくれっ! !!
「どうせならもう少し色っぽく反応しろ。」
………き さ ま な ~~~~~ッ★
「…おまーこそ、アサヒガモリ、ってな何なんだよ…っ!?」
咄嗟に口をついた疑問詞。
べつに深い意図はなかったんだけど、単に他のセリフ思いつかなかっただけなんだけど、
何故か………
反撃成功。(??)
「 ………おまえにゃ関係ない。」
好の顔がすっと遠のいて、一瞬、見覚えのあるひどく優しいような表情。
そして困惑。
それからそれを見せちまったことに腹をたてたみたいにそっぽを向いて。
「 関係ないことあるかよ。おまえに関係あってどーして俺に関係ないんだよっ!」
も、噛みついたろ。
追及してやろ。
こいつにこーゆ顔させたのってホンっト久しぶりですぜ。
やったねっ♪
しかし束の間の勝利。
「 ガキの口だす事じゃねえんだよ。童顔。」
ぐ。
ぐっさァ~~~~っっ
も、死んでやる。スネてやる。イジケてやるっ
よくも人の弱点を。よくも俺がいちばん気にしていることをっ!!
どーせ童顔だよ。精神年齢も低いよ。
だからって姫だって栗原だって知ってるらしいことを、
俺にだけ教えないっていうのは、何なんだよ。
…くそ~~~~っ
どっせ頼りになんぞなんねェんだよ俺は。
フンッッ!
「 、っ…☆ っっ」
軽いキスひとつ残して、好はさっさとエアロック開けて出て行ってしまった。
去りぎわに、目一杯 ”外の音” のボリュームあげて…。
ぐわ。
思わずよろっときそうな音量。
「きゃっ。」
「なん? お、どーしたんだよ杉谷。」
「清に聞いてみな。」
あのヤロウ。
……… ”不利な喧嘩はする奴がバカだ” てのはあいつの処世訓のひとつ。
ふん。
おまえだって俺に弱味握られた事になるんだから、な。
「ぉわ~すげぇ音っ!」
栗原がスイッチ切りにコクピットへ入って来る気配。
俺は慌てて胸のジッパーを引き上げなけりゃならなかった…。
本来のコースを大きく迂回して南米方向から来たように見せかけていた俺たち、やがて日本の防衛海域に入ろうってところでスターエア⇔日本首都の洋上主要航路に合流する。
大型タンカーや鉱石貨物船は 船 で、スピードが勝負の商業貨物や旅客専門はホバー船や MISS-SHOT と同じようなジェット推進で運行している。
無論さらに "速さ" を要求する輩ははるか高空、大圏航路の上だけど…一般の民間の用船がそこを通ると、時折 誤って 皇国軍に撃ち墜とされるんだそうな…。
ところどころを方向区分ブイで仕切られた両側を、右往左往する乗りモンの類は、ラッシュ時でない首都高速のそれと同じ程度に混みあっていた。
その大人しやかでいてそれなりに活気を見せる高速船の列の中を、ひっきりなしに電波サイレンで警告を出しながら、パトロール艇らしいのが走りまわっている。
ヤニさんがそこらの船の通信員に立体電話でちょっかいかけて聞き出したことには、
{ 知らねェのかい。ゆんべスターエアの皇国軍司令部が襲われてな。ほとんど壊滅状態でビルさえまともにゃ残りゃしねェってんで、今日は朝っぱらからすげェ騒ぎよ。
おかげでこちとら仕事あがったりだが、ま、オエラガタの慌てぶりが想像できるってェだけでも、お釣が来るってもんよ。}
「…おぉやぁ。そりゃァ残念なコトをしちまった。急いでリマになンざ向かわずにスターエアで一泊しとくんでしたネェ…!」
そうすりゃ騒ぎにまざれたかもしれないのに、あたしの知り合いもあそこに捕まってたンですョ…と、洗いざらい情報聞きだしながら、シャアシャアたるもの。
実はヤニさん、すでにペルーの友人に口裏合わせてくれるよう、連絡つけてある。
派手な赤ペイントの惑星間小型艇が列に割り込んで来たとあって、
「…アチ。おいでなすった…」
神経とがらせてる海上巡視艇が職務質問のため「停船!」を呼びかけてきた。
「………普段ならこんな目に遇いやしないンですがねェ…」
うんざり。という風に大げさに額に手をやりながら、もう片方の白い指がサラサラ操作盤の上を走って停止・着水する。
小型の曳航艇がチャグチャグと直進してきた。
「さ、て。
ボーヤとこちらのお嬢さン以外はコンテナーの方に行っといちゃくれませんかね。
あとは適当に誤魔化しときますョ。」
俺とユミちゃんを指す。
あとの連中はゾロゾロと指示に従って。
ピーッと玄関?のブザーが低く鳴るのへ、ヤニさんはスタスタと出て行った。
俺は面白そうなのでほこほこくっついて行き。
振り返るとユミちゃんは居間との境にひっかかって、不安げに首だけをのぞかせていた。
平気だよ。とウィンクひとつ。
「 ハイな。 」
目一杯なまめかしく壁にヒジついてシナを作って、ヤニさんは扉の開閉ボタンへと指を伸ばした。
「 お役目ごくろうさンでございます。」
残念ながら俺のほうからは見えない、凄いほどに艶やかだろう微笑みに、
踏み入って来ようとしたパトロール2人はまずビビらされてしまったようだった。
その鼻先に小さな銀板とIDカードをさしつける。
「 惑星間自由貿易人、ヤニ・シュゼンジシブ・シュゼンジシカ。
"火喰い竜の" ヤニと云えばもしかして御存知じゃあと思うンですけどネ。」
「 ! 火喰い竜のヤニ…!」
若いほう、新入りらしいパトロールの顔に思わず尊敬というか憧憬の色。
へ~えヤニさん有名人っ!
…しっかし…
自由貿易人なんつって許可証や身分証明みせたところで早い話が宇宙の運び屋、流れ者。
アウトロー(無法者)にパトロールが憧れてたりなぞしていいものか? いまいち疑問。
案の定、年かさのほうは若いのを横目で睨みつけて、ますます表情を硬くした。
「カードとライセンスは本物だ。…で? 荷の品目と数量は? 目的地及び受取主は?
…コンテナ内を改めさせてもらう。」
カードの判別器を腰に納めながら乱暴に押し入って来ようとする。
「きゃ。」
背後でユミちゃんの短い悲鳴。が。
むずと掴まれたヤニさんの細腕は不思議とびくとも動かなかった。
「積み荷はこのおふたりコンテナは居住用。」
唄うような揶揄うような口調。
「マ、もちのろん、嬢さん坊ちゃんがたの為の専属用心棒が3~4人乗りこんじゃァ、居ますがね。
皆さん首にごたいそうなシロモンをぶら下げていらっしゃるンで、パトロールにお引き合わせするってェわけにも行かないんですョ。」
「 なんだと!」
「ま、ま。鈍い旦那だねェ、ヤボ云うは女に嫌われますョ。
そこは察ッして下さらなくッちゃァ。」
チッチッと指を振る。
パトロールはますます居丈高に船荷証を見せろと主張。
「 解ってないンですネェ、いまいち。」
広げた胸もとから気短そうに書類ザックを取り出した。
「お尋ねのモンはここですョ。…ぉおっと触っちゃァ、いけないねェ旦那。
まずコレだけちょいと拝んじゃ貰えませんかぃ。」
1枚、ちらっと引き出してまたすぐ戻す音。
「 う!?」
パトロール達の顔色が… みるみる変わって行って。
「こんな手はァ、あんまし使いたかないンですがね。」
ヤニさんはいとも色っぽくタメ息をついた。
「いま見せたのは、ま、別ン仕事の時のですけれどね?
お解りでショ。ふたつ名前はダテや酔狂でついてるわけじゃァない。
それなり の自信と実績があって初めて名乗れるもンですからねェ…。
パトロールの旦那がたなら無法者のルールっくらい、先刻ご承知でしょォが。
この方々はネ、さる御方からあたしが内密に依頼を受けて、はるばる冷たい真空世界からお連れして来たンですョ。
顔立ちをご覧になりゃ半分日本人だ。ってェのはお判りですね?
さて、それ程ちょくちょく《コロニスツ》の領域まで出向いて来られる御方と云えばァ。
………さてネ?」
「…そ、相当、 "上" 、の、…?? 御方。って事に……っ??」
若いパトロール、おどおどと。
「 "云わぬが花" ってもンでしょうが?」
「…本当でありますか…ご子息殿?」
年配のほうはそろそろ同期の出世度合の気になるお年頃。
今までの失点を取り繕うとでも云うように急に丁重な態度。
「………疑うわけ?」
せいぜい『生まれのいいお坊ちゃん』らしく高飛車な声を出してやるんだけど。
俺、こういうおっさんの姑息な表情って、あんまし好きくはない~…
「 マ、そぉいぅ事で。」
声はにこやかに態度はシタテに出ながらも、ヤニさん断固とした動作で前に進み出て、パトロール2人を船外へ追い出してしまった。
「し、しかし。ちゃんと調書を取って行きませんことには、上司に…」
若いほう、世慣れしていないだけに、 "権威" てものがピンとは来ないらしく、シャクシジョウギ。
「あァ。…それもそうですかねェ。」
例の、小首をかしげる感じの振り向きかたで俺たちの方へチラッと微笑みかけてから、自分も揺れるタグボートの上に鮮やかに飛び降りた。
………ハシゴを使っても、下までは約2mあるんですが………
スリット入りのロングドレスったってスペース・スーツの一種なんだから、もちろんその下に細身のパンタレットみたいなものをはいてはいる。
しっかしそれが白地の極薄。ほとんど半透明に肌の色や脚の形が透けて見えるとあっては男としては、まンだすなおに素足でいてくれたほうが、精神衛生上ありがたい…ような気がする…
タグボートから見上げれば、ヤニさんはちょうど逆光線になっている筈だった…。
ユミちゃんは安心したのか一旦居間のほうへ引っ込むと、洗い物のカゴを持って来てランドリーのほうへ姿を消す。
『新入り坊や』がシドロモドロに質問するのへ、ヤニさん適当にでっちあげて答えて。
「どしたンです? 書かないンですかい?」
「は。あの、規定では、船内の実物とチェックしながら…」
「…新入りサァン…っっ アンタって、ほんっと、可愛い…♪」
何を思ったのか笑いこけ… 笑いじょーごだったんですか、ヤニさん。
『パトロール・年配』は、これはもう彼女に逆らおうという気力はなく。
「 てっきとう に生きましょうや、ねェ? 早く老けちまいますョっ!」
すっ、と俺の眼下、斜め下2mかける3mくらいの所で
ヤニさんのすらりとした体が『新入り』のほうへ近寄った。
「…ま、これはほんの、ワ・イ・ロ…♪」
白魚の指先がひょいと相手のアゴを捉える。
げっ!!
きっ! …キッキッキっ! kissしてる~~っっっ!! ??
………………ッ☆
あ、あいつ役得だッ うらやま… ぃゃ不届きな…
ぃや、えーと。
と、とにかくっ!
ア然としている年配と、呆然としている若輩を乗せて、タグボートは静かに母船へと去って行った。
「…ヤ、ヤニさん………。」
当の彼女はごく平然とした顔で海面からのハシゴを登って来る。
手を貸そーかと思ったけど、なんとなく、俺はひきつって壁に貼りついてしまって離れられなかった…。
「 ぉおや。 坊やさん、どうかしなすッったンですかィ?」
ニッ、という、笑み。
十分解ってるくせしてこちらの反応を楽しんでいる。
ふいっとその限りなく陽気に色っぽくて人生を楽しんじゃってる顔が、大映しになった。
! ひ、ヒエェっっ
…ぅ、わ。
………柔らかい感触………。
(………やっぱ好とは、………ずいぶん違う。…………☆)
「 これっくらいで驚いてちゃァ、いけませンよ。」
人差し指でチカッと合図を残しながら、ヤニさん退場。
………ぉ、男の側の立場と都合ってェもんも考えてもらいたいぃぃぃぃっ!
「…あら? 清クン変な顔してどうしたの?」
からのカゴ持ってランドリー兼バスルームから姿を現わすユミちゃん。
「わっ馬鹿っ☆」
こ、こんな時に肩に手なんかかけないでくれっっっっっ
…も、俺は、アセッてトイレに駆けこむっきゃ、なかった…。
………………。★
洗面所で手と顔を洗って居間へ戻ろうとすると、開けかけた扉(ふだんは手動になっている)の向うに誰かしらがいるような気配がする。
ふっ…と、何とはなしに手が止まった。
「………び出して何の用だ、会田? 逢引でもしたいのか?」
「 、…そうやっていつでも相手の足元をすくおうとなさる態度には、あたくし感心できかねましてよ。」
うっ …扉のすき間から声がもれてくる。
なんとゆーか、出るに出られない雰囲気。
「どうしてもお伺いしたい事がございましたの。かと云って他のかたがたもいらっしゃる所で軽々しく口にすべき内容とは思われませんでしたし、この船でひとけの無い場所といえばここくらいのようですから。」
…俺はだんじて立ち聞きしたくてしてるわけじゃないんだからね姫…っ
「 女のほうから迫られても面白くも何ともねェぜ。」
あくまでも話をおちょくりはぐらかすつもりの好を相手に、ゆかり姫の表情、想像できてしまう…。
「…婉曲な言いまわしはお嫌いでいらしたのでしたわね。直截に申し上げましょう。お伺いしたいのですわ。
杉谷さん。あなたはスターエア島で皇国軍司令部司令官室へお行きになられたはずです。
では、その司令官をどうなさいましたの?! 」
みぞおちに冷たく突き刺さる、張りつめた声。
「 ふん。」
俺の親友が鼻で嘲り笑う。
…ソノ司令官ヲドウナサイマシタノ…
その答えは、おそらく俺も薄々感づいてはいる、けれどもけっして意識にのぼせたくはない、なにか、だった…
好は、これから日本本土に乗りこもうって時に、その一支部とドンパチ追撃戦やりながら、もつれ込んだりせずに済むように、ってんで先手必勝を決めこんだんだった。
その本部・司令官室にまで単身乗り込んで行ったのだったら。
やる事は決まっている…
口封じ。
より上層部へと俺たちの情報が伝わらないように。
好は肯定も否定もしない。
ゆかり姫もそのまま黙っている。
俺の首すじを伝う、汗。
「少なくとも、正行さんがいらっしゃれば、そういう行為をお許しにはならなかった筈ですわ。」
「その会田サンを探しに来てるんじゃないのか、今は。」
好、たぶん、いつものあの薄気味の悪い嘲笑を浮かべて。
「…………その通りでしてよ杉谷さん。」
姫の声はますます硬く強張った。
「そして、ともあれ 今は あなたがリーダーシップを握っていらっしゃるのですから、従いましょう、あたくしもね。
ただこれだけは覚えていらして下さい。あたくし、あなたのなさりかた、認めませんわ。
絶対。」
「 それが、オレにどう関わりがある?」
カシャッという低い音。漂ってくる煙草の煙の匂い。
「…いいえ。なにも…。
後悔、なさいませんように。あたくしこれでも恐い女でしてよ。」
「 ” I know. ” 」
かつっ。
ゆかり姫が一歩行きかける、靴のかかとが床にあたる響き。
「考え直せ。と、正行さんならばおっしゃることでしょうね。穏やかに。
あなたが冷然と人を殺せる人間だなどと知ったら、優実子さん、磯原さんも、さぞ悲しまれるだろうと思いますわ。
…おふたりとも、すっかりあなたを信頼していらっしゃるようですもの。」
エア・ロックの開く音。
そして再び軽い擦過音。
「…冷然… 信頼ねェ。」
ふーっ…
聞き慣れた、煙を輪っかに作る時の、ため息みたいな低いブレス。
ぐぃ、と、俺と好の間を隔てていた銀色が横に消えた。
「 おまえ、オレを信頼するほど馬鹿か?」
わからない。
「ユミにはバラすんじゃねェぞ。」
最後の1本の残ったCABINの箱をライターと一緒に俺に投げてよこしながら、背を向ける一瞬前のいつもの皮肉っぽい、自負に満ちた笑顔が…
何故だか哀しく視えた…
煙草を1本、できるだけ長い時間かけて。
ゆかり姫、少なくとも俺のことは、心配してくれなくてもいいよ…。
好がどんな奴だか… もう、6年越しのつきあい。
割れたビール瓶1本で7人に重傷を負わせたことも。
ワナを仕掛けて卑怯な手段でひとりカタワにしちまった時も。
いつも俺は一緒だった。
なかばいじょう強引にひきずりこまれて。
好が、どんな奴だか………
ヒトゴロシ。
だけど… この言葉だけは…
「おまえ、オレなんぞについてっとロクな目に遇わねェもんな。」
こんな科白をふいっと云われたのは、あれはいつの事だったろう…。
俺は吸いガラを始末すると、深呼吸して、何喰わぬ顔で、扉を開けた。
「 ! …磯原さん。」
「あれ、清クン、まだそっち居たの??」
「うん。なんで?」
あくまでも。俺はウソが得意なんデス。…
「どしたの、ゆかり姫。かお蒼い。」
白々しい質問だなぁ。
「 あ、いいえ。別に…」
気づかわしげな視線が走る。
はん。
好は奥か…。
「 坊やさん、お嬢さんがた。」
コクピットからヤニさんが声をかけてきた。
「そろそろ日本が見えてきましたョ。」
「きゃ~~~。見たい。見せてっ♪」
明るく楽しくユミちゃんが飛んで行く。
ので、オレもつきあって ”外” を見に移動した。
倍率をあげてくれたので、蒼い大海原の向う、黒ずんだ稜線がくっきりと浮かび上がる。
その手前に銀色のかなり巨大そうな海上都市。
明るかった空は心なし曇りはじめ、左手、南西の方角からかなりの速さで黒雲の端切れが寄せてくる。
「…まずいことにひと荒れ来るようなンですョ。今夜あたりちょいと揺れるかも知れませんねェ。」
「 嵐になんの? へぇ♪」
「?」
「清クンてばカミナリ好きだもんねぇ。」
「 加えて。栗原が居るだろ。あいつは地震カミナリめちゃくちゃ苦手なんだ。もぉひたすら騒ぎまくるんだぜっ♪」
「ホント~~~? きゃあ♪」
「……イイ性格してますねェおふたかた☆ ………あたしも楽しみにしとこ。」
「、どっちがぁ~??」
わめくと、ニンマリ笑ってヤニさんは後部ガレージの連中を呼びに行く。
ゆかり姫はまだ居間で暗くなったまんま、どっぷり自己嫌悪に陥ちこんで。
((………やめなよ。人を責めるたんびに自分の潔癖さがイヤになるって、きみのしょーもない性格は、解っちゃいるけど。…今回ばかりは確実に、好が悪いんだからさ。
…きみの言い分、絶対的に正しい。))
俺の母親はキリストの信者です。
汝、殺すなかれ。
俺が蚊を叩いても怒るという…
スクリーンの中、大きな雲が「闇の乗手」のように重苦しく走り過ぎて行き。
部屋の中にも一瞬おとずれる暗がり。
姫に、なにか言ってあげたいけど、そうすると会話を聞いていたことがばれて余計にめりこむでしょう…。
「 ねェねェねェ、清クンったらあ。」
雲間から、ぱあっとまた陽光がそそいだ。
「ここ、太平洋側でしょ。日本のどのあたりなのか、判る?」
「え? んーっと、」
O市は内陸都市だったし、 ”海” と云えばどっちかってと日本海側を指す。
俺は急にふり向いたまぶしさに、小手をかざして目をしばたいた。
コンソールに指を伸ばして、これだけはやっと覚えたスクリーンの倍率操作。
目盛りをあげると海上都市の像は手前にずれてぼやけ…
浮かび上がる海岸線の遠景。
乏しい地理的知識を総動員して推理する。
「 う~~~ん。…」
頭をひねりながらユミちゃんのそこに居てくれることに感謝していた。
まったくのところ、好がユミちゃんにだけはよわいっていうのも、単なる血のつながりなんてものだけが理由じゃあないと思う。
そうではなくて、彼女は本当に、護られるにふさわしい特別な女の子なんだ。
特別な。
…俺、6年近くつきあっててユミちゃんの落ちこんだりヒガんだりしたところって、想像すら出来ない。
(スネるとかヒスおこすとかは時々してるけど。)
何があっても曲がらないし、負けない。
どんな時にも物事を明るいほうへと持って行くことのできる天才で。
……花にたとえるならキミは向日葵(ひまわり)そのものなんだろーね、ユミちゃん。
見ているとこっちにまで太陽エネルギー、充電されてくる…。
「皇国とやらの ”首都シゾカ” って、シズオカ のことかなあ? だとすりゃ富士山みえてもいい筈なんだけどね。」
「あ。見たい、それ♪ あたし未だ見たことないっ!」
「きれいだよ~あれはホントに。」
なんせここは俺たちから見れば未来世界?で、地名や単語の発音なんかが大分ちがいがある。
古語…とまで俺達の口調が古めかしく聞こえるってわけでもないようだったけど、流行語はもちろん、新造語とか、日本人お得意のガイライゴ、なんかでは、ヤニさんや皇国軍の兵士たちの言葉遣いの中にもずいぶん判らないものがあった。
そこはそれ、宇宙から降りて来たばかり、てことで上手く誤魔化したけれど…
「ヤニさんさ、なんで最初の名目、通さないわけ?
俺たちって確か親の遺品を祖国にかえしに来たケナゲな青少年御一行さまじゃなかったっけ。
身分証明だって偽造のやつ、ちゃんと持ってるし。」
銀色をした巨大な海上都市、実は皇国軍の一大方面基地(げっ!)でもあるそうで、そこの入国管理署で例によって船荷証を見せろ、いやですョ、の遣り取りをした挙句、 "さる御方" がどうのこうのをまたも押し通したヤニさん。
いきなり態度の変わった小役人どもに書類が整うまでVIPルームでお待ちを、とか言われてすたすたと歩き出してしまうのへ、慌てて俺とユミちゃんとで追いついて。
「………あァ。」
ニヤニヤと、しよーもなく無法者的な笑いが彼女の頬に浮かんで消えた。
さすがに皇国軍基地内のこととて声のトーン、落として。
「坊やさんにお嬢さンといい、説明しとかなくても適当に話を合わしてくれちまう頭の良さには、この火喰い竜のヤニ、感謝してるンですョほんとに。
いえね。Point.Pから地表へ降りて来る分にゃそいつが一等うるさく言われずに済むンですがね、
…悪いことにここは皇国で、国民総背番号制なンですさ。」
「 え?」
早い話が、なに、親の遺骨の埋葬に来た? じゃ、その親の皇国臣民番号を言ってみろ、っつわれて…
コンピュータに照合して、該当番号が見つからなけりゃ、それでチョン。即座にスパイ扱い。
…ことほど左様に一般人の動向管理にはやかましく。
「もちのろん、回線に割りこんでニセの情報を与えるとか、裏の手口が色々と、無いわけじゃァ、ござンせんけれどね? 今回は急に入った仕事で、そこまでは手ェまわす時間がありゃしませんでしたのさ。」
そうなると、ちょいと強引ではあっても、"特権階級" の一員になりすまして見せちまったほうが、かけひき次第でいくらでも無理が効く。んだそうで…
{ VIP3名様ゴ案内。VIP3名様ゴ案内。}
コトコトと耳障りでない程度にあたりにむかって呟きながら、案内用ロボットが一台、俺たちの前をころがって行く。
”賞金首" という事にされてしまった好やゆかり姫たちは、MISS-SHOT の中でお留守番ね。
………これが悪かった。
これが良くなかったんだ、絶対に…。
どーせ後で「内部の様子はどうだった」とかなんとか好に尋問されるに決まってンだからと、俺はあたりをキョロキョロせっせと、まぁ結局は自分自身の好奇心半分だったけれど、観察してた…。
と、廊下の向うから角を曲がって別の一行がドタドタとやって来る気配。
「…うっうっうっ。兄貴っ。鋼(はがね)の兄貴よォ…」
「しっかりしろ鉄文字! 傷は浅いぞ!」
「うっうっうっ。おれのことなんざどーでもいいんだよ叔父貴ぃ… うっうっうっ。
カタキを… 早く鋼の兄貴のカタキを取ってやってくれ… ぅっく。
おれが病院送りになってる間にみんな死んじまうなんてよォ… うっうぅ。」
…なんか、担架で運ばれながらの男泣きって…、
悲壮だなぁ…
「 泣くな。今、全力をあげて下手人を探させているからな!」
カタキに下手人…
あいつら、 "組" の人間だろーか?
なんつう大時代的な…
ピコンピコンと俺たちの案内ロボットがウィンカーを出して、廊下の脇に寄るよう合図する。
どうやら相手方の案内ロボットに指示された優先順位のほうが格が上らしい。
「へーへー。」
大人しく立ち停まる俺たちに、担架でかつがれた甥っこ、なにやらエライ人間そうなその叔父貴、担架かつぎにその他数人の随行…という一団はまるで無関心に近づいてくる。
「あいつだ… あれだけの機動力のある兵を使いこなせる男といえば、太平洋方面の反皇勢力では、ヤツしかいない…」
『叔父貴』殿、こぶしを握り締めてヴ~グルルルル…とか唸って。
「見ていろよ…スターエア独立解放戦線副将・尾崎済っ!」
「誇りある皇国軍司令官たる兄貴・権藤鋼(ごんどう・はがね)をその手にかけるとは…っ!!」
……………………え?
ひきつりきって俺たち3人は、顔を見合わせた。
好が居れば…
好が居さえすれば、
おそらくこういう事態には陥らずに済んでいただろう。
記憶力抜群の奴なら、まず廊下の向うの男泣きの声を聞いただけで、三十六計の必要性を感じとっていたはず。
「うっうっうっ。それにしても兄貴よォ…」
せめて。
この時点で俺だけでも、とっさに壁のほうへ向くなり何なり、していれば…
「うっうっ。う…! ………あ”~~~~~っ!!」
(( Oh,... MY GOD !! ))
俺は十字を切った…
「 どうした鉄文字! 傷が痛むのかッ?! 」
「こっ! ここっこっこっこっこ、ここのこのこのこの…ッ!」
「なんだっどうしたんだっ」
「…このガキッ! おれを撃ちやがったヤローの片割れのひとりだっっっっ!!」
アーメンッ!
両肩の貫通銃創に巻かれた真っ白い包帯も痛々しく、むりやり上体を起こしてしまった酔っぱらいの皇国軍人、ゴンドウ・テツモジとやらの指は…
真っ直ぐに、俺をさしていた…。
「~~~ッ! これだから俺は自分の顔が嫌いなんだッ!」
「馬鹿なこと喚いてないでっ?! 逃げるのよ!」
ユミちゃんが俺の腕をひっぱる。
ヤニさん腰のレイガンを最強レベルで、横ざまに薙ぎはらい。
さすが軍人、ばらばらっと慌てて倒れ伏す奴ら。
「 おッ追え~追え~追え~ッッ!!」
『叔父貴』殿が、なかば悲鳴といった感じで叫ぶ。
「ごめんねっ!」
どっちに謝ったものやら。
ユミちゃんに蹴たおされて円筒状のガイドロボットが意外に軽々とすっ飛んで行く。
「 ぅ、わ~~~~っっっ」
…ぅ~んっ。
この凶暴性は血筋なのかな? くっちゃんの教育のタマモノなのかな…??
「 ! そっちじゃない、こっちっ!」
来た道をすなおにとって返そうとするユミちゃんを、今度は俺が引きずって。
MISS-SHOT の停めてある甲板への最短距離(だろうと思う)を走りだす。
へっへっ、ダテに構造、観察していたわけじゃ~ないもんねっ♪
「………誰かっ! そいつらを捕まえろっ!」
角ひとつ曲がるあたりで『鉄文字』どんの息もたえだえな怒鳴り声がした。
俺たちが行こうとしてる廊下の向う側にも、騒ぎを聞きつけてやって来る巡回兵たちの姿っ!
俺はとっさに壁の非常ベルへと駆け寄り…叩き割った!
鳴り響く、けたたましい音。
「 早くっ! 奥の方へと侵入したぞ、反皇勢力の奇襲だっ!」
「はッ!」とか応えて兵たちはバラバラと…
「……ッ違う違~うッ!」
背後でわめく負傷者のドラ声よりも強烈なベル音の下では、俺の喉のほうが絶対、よく通るもんねっ♪
ところが職務に忠実なる巡回班長か何かが足を止めかける。
「将軍閣下は?!」
「御無事だ! こっちはいい、賊を早く!」
「はっ。それでは一名残しておきますのでっ!」
………いかにも武骨そうな皇国兵士一名、残されて行かれたっても、困る。
「………しょーがない。ユミちゃん、気絶して。」
「 え? あ、うん。」
いきなりくたくたっと倒れこむ。
のを、ヤニさんそれこそ必死!って感じで慌てて抱き止めて。
「 きゃあああああ! お嬢さンっ! しっかりなすって下さいましッッッ!」
う。普段より1オクターブは、声が高いな…。
「そこの兵隊さン! 早く! 医務室までお嬢さンを抱いて行って下さいましなッ!」
「え? ぃやしかし自分は将軍閣下を…」
「あちらは随行員のかたが沢山いらっしゃるンですから大丈夫ですョ!
それともなンですかぇ? あンたさんはこなたのお嬢さンが心臓発作でおかくれになっても構わないと、そうおっしゃるおつもりなンですかッ!」
これだけの美女に物凄い剣幕でつっかかられて動転せずに済む男ってのは、まずいないだろうと思う。
「…あ、いや。…」
オロオロと近づいて行く。ヤニさんの眼はチカッと光って他の兵達は廊下のかなたに姿を消してしまった後なのを確認し。
ずん。
たった今までかぼそい少女のユミちゃんひとりの重みにさえ耐えかねる風情に見えていた楚々とした美人女官、白い拳が相手のみぞおちに吸い込まれ…
あっさり、骨太の大男、殴り倒してしまった…。
「もういーい?」
ぱっちりと無邪気に瞳をあけるユミちゃん。
俺は銃で配線、焼き切って、ようやくにのとのとと追いかけて来はじめた『叔父貴』こと将軍閣下たちとの間にアカンベをしながら防災シャッターを降ろしてやった。
「…あ”~~~~もうッ! これで当分、 ”火喰い竜のヤニ” さンは、皇国軍関係の仕事はできゃしませンよ! いい儲け先だったてェのに、まッたくッ!!」
問答無用。派手にヒステリー起こしながらヤニさん MISS-SHOT を緊急発進させ。
その間に俺は事情説明をする。
好、ひと言。
「 この馬鹿。」
「好きで目立つ顔に生まれたわけじゃねェよっ!★」
などと、やっている暇に次々と飛びたってくる皇国軍の追手ども。
折しもあたりは暗雲たちこめ…
「お~、後方200km、台風が来てんぞ栗原 ♪ 」
「おぁ? マジかよ、ひぇぇっ」
ひろと先輩もまぁ、嬉しそーに。
「こりゃ、落雷の危険性があるなァ」
「ひとまず雲の上に出ますよ旦那がたっ!」
ヤニさん一人がマジをやっていた。
……入り乱れる雲と空間との混沌を射しつらぬいて、紫に黄色に、狂った陽光が神々の太い柱めいて垂直に海原へと落ちこんでいる。
蒼々として深いはずの海もいまは奇妙に光をはらむ銅鏡のにび色。
すべての不安と昏いよろこびとを呑みこみはねかえし、妖かしの美しさのなかで銀青色の透かし編みの波頭だけがうねうねと、うねうねと、蠢き、無限界のパターンをひろげる…
そのさなかを、ほぼ45度、という凄まじい角度を保って真紅の燃える船はまっしぐらに駆け昇ってゆく。
惑星海をおしわたる宇宙の船だ。
それは、当然、近距離用のパトロール機群など追いつける速度ではなく。
みるみる海面は足下に遠のいていった。
「 ぅっわぁ! 凄いわ、もう引き離しちゃった!」
嵐雲の腹ン中に飛びこむなりユミちゃんがはしゃいで叫ぶ。
「まだまだっ! レーダーレンジから出てもいないんですヨ!」
ぐぅっと回頭させてスクリーンに現われたエアポケットの表示を避けながら、ヤニさん。
雲海の上に脱け出るとそこは一転して静謐な、輝白色と冷たい陽光との二元的世界だった。
「…ふっわぁ…。天国だぜここ。」
「ほんと。歩けそうよあの上っ♪」
地平線ならぬ 雲平線 が見える。
ゆかり姫がなかば呆れた目をして呑気な俺たち2人を見ていた。
「後方3000m自動追尾ミサイルっ!」
ひろと先輩が喚く。
「それッくらい躱しますョ。500まで来たら教えとくんなさィ。」
「たいへん! これからどうせ揺れるんでしょう? おじいさんと赤ちゃん…!」
「えぇ。忘れていましたわね。」
女性2名が慌てて退場。俺はかたわらに立つ好の横顔を見上げた。
ひろと先輩の椅子の背に軽く片手をかけて微動だにせず、小憎らしいほど落ちつき払った三白眼で素早くスクリーン上に現われる全情報を読み取り続けている。
「なんだ?清?」
振りむきもせずに、訊いた。
「 うん…」
俺はすこしためらい、背中から頭頂にかけて 体のなかに 一本の光の束を放りこまれたような、現実離れした感覚を持てあます。
久しぶりだ、これ、が来るの…
まるで肉体の奥のどこかから、皮膚の内側に向けて走馬燈を投影してでもいるような…
肉眼を閉ざして見つめようとすれば溶けて流れてすぐ消える。
それでも、印象のわずかな断片として記憶にのこるのは。…
「…前と、下が危険だ、好。それ以上のことは言えないけど。」
「前と下…?」
ひそめた眉の奥から、きら、と閃いて、茶色の眼が一瞬俺の表情を窺う。
例によって襲ってきている悪感と、鈍い頭痛。
立ちくらみに似た幻惑感。
う~~。
肩に手がまわった。
「ヤニ、回頭しろ。高度をとって逃げる…」
と、言わせるひまもなく、
「 ぅわっ!…ぅわわわわわっ!! 」
栗原が前を指して叫ぶのと MISS-SHOT が信じられない勢いで船首を振るのとが、ほぼ同時だった。
爆発。
衝撃。
「きゃーーーーっ!」
うしろのほうで悲鳴が聞こえる。
……真っ黒い、地獄の闇もかくや、という、光もはじかない無気味なかたまりが幾つか、一瞬の勢いで視界のすみをかすめ過ぎた。
「フェライトだッ!」(※)
わめく栗原に、
「 おー、雲海を煙幕がわりにしやがったか、」
異様に動じない先輩。
ほとんど文字には書けない悪態を滝のごとく並べたてて、ヤニさんは必死の回頭を続けている。
凄まじく揺れる。
「………しようがねェな。反撃にうつるか。」
好のうすい唇のはしがまくれあがって、はっきり、愉しい…ととれる、狼のような微笑を、酷薄に浮かべた。
好は。
殺すだろう。
また。
…確定した事実。
そしてそれのせいで、
好に人が殺せる、人を殺すのを愉しむことさえできる、という、薄々は悟っていた恐怖を、
俺はまのあたりにしてしまった…
その、ひとつことのせいで。
俺には口を開いて言うことが出来なかった。
予感している不安はフェライトンミサイルなんかじゃない。
もっともっと危険で、不可避な事態なのだ。と…
また揺動。
支えられている俺はぐらつくこともない。
その腕を、外して。
「…うしろ、手伝ってくるよ。」
「……あぁ。」
俺の表情など、好は振り向いても見なかった。
「いいですかぃ、あたしが合図したらその黒のレバーを思いっきり引いて下さいョ、ひろとの旦那。こっちにだって切り札くらいちゃんと有りますのサ!
雲ン中へ戻りますョ!」
「直下の気圧、902mb。おー! 完全な台風だこれは、栗原。カミナリが鳴ってんぞ♪」
「ぎゃ~~~~!! やめてくれ~~~っっ」
「ユミちゃん、ゆかり姫。」
薄暗いガレージをのぞきこむ。
「まだ相当続くみたいだよ。なんか手伝うこと、」
「こちらはいいですから、磯原さん…」
「清クン! 助かったァっ!」
あ~んっ、と泣かんばかりの表情でユミちゃんは叫んだ。
「おじいさん何とかしてよぉ! 前でソファーにでも体を固定しなきゃあ、傷口が開いちゃうのにぃっ!」
「どれどれ、」
そういう仕事なら、わりと俺の管轄だ。
のこのこガレージに入っていく背後では、ほとんど喧騒、という勢いで、ヤニさんひろと先輩が数値と指示の応酬をやっている。
ぐん!と大きな転進。
再びの爆発音。
振り向けば船はいまにも雲海のさなかへ沈みゆこうとし、さあっと暗くなる、コクピットも居間も。
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ~ッ!
栗原が決死!とばかりに喚く。
ときおりの好の落ちつきはらった命令。
あざやかに世界を照らしだす光芒。
遠く近くの巨大な稲光…
…音は、聞こえない。
(( 黙示録の世界だな。 ))
俺はガレージの片すみに体を固定してしゃがみこみ、ユミちゃんの声を聞き、おじいさんに理由を尋ね、…しながら…、
どうしようもなく、心眼はその幻影を追いつづけていた。
青、とも蒼ともつかない、満天を貫く輝光の網柱。
それを逆光に、浮かびあがる好の、昏い、影。
…
(別離。)
その単語が、ようやくに頭のなかを翔びかう不安の、制御できない本流に当てはまった。
それとも、離散、というのにもあるいは近いのかも知れない。
つい目前の ”孤独” と ”彷徨” 。
そしてはるか彼方の、本当に決定的な…
たとえば今この船に乗りあわせている全員、
会田先輩、月に残してきたくっちゃん達、
出会った、これから出会うだろう、多勢の人々…
そのすべてが、奇妙に交錯し、やがては互いに離ればなれになってしまうだろうという、
認識。
さだめ、られた未来。
俺が、死んでしまってもう好には話しかけられない。と、……哀しい想い。
すべてが透観できた。
ほんとうに、その一瞬だけは、俺にはなにもかもがあらかじめ判っていたんだ。
みんな去ってしまうこと。
そして、
いちばん可哀想な、
…………俺の好……。
「…清クン? 瞳が光ってる。」
…はっ、と、我にかえった。
「 えっ?」
けげんそうに、俺を、ただ見まもるように覗きこんで、ユミちゃんがいる。
超感覚は溶けさるように消え、たった今までいったい 何を 視ていたのか、そもそも何事かを ”視て” いたのだ、ということをさえ、俺の意識はもはや覚えてはいないのだった。
「なんだって?」
「 瞳がね、一瞬なんだけど、光を放つみたいにして、こう…」
「稲妻のせいでしょう。それより本当に、いつまでもこちらに居るのは危険なように思えますわ。」
「あ、うん。」
俺はおじいさんの移動に注意を戻した。
どうもこのおじいさん、妙に自分を苛めているというか、他者から優しくされたり気を遣われたりすると、拒絶反応を起こしちゃう風なんだよね。
放っておけばユミちゃんに傷の手当てさえさせないんじゃなかろーか。
それも、単にへんくつとか、人嫌いで、といった理由からじゃないらしいんだ。
(( う~んっ ))
先刻から何度目かの「わしはここでいい。」
依怙地なな科白のくりかえしを聞きながら俺はツメを噛んだ。
ガレージの片すみにうずくまり、ほとんど根暗く自分の内に閉じこもりたがっている白髪の老人。
放っておいてもいいけれど、彼を動かさない限り女の子たちも戻りそうにないし、ここはひっきりなしに揺れるし。
衝撃のたびに俺たちの掴まっている鎖はギシガシャと不吉な響きをたてて軋む。
クォクを床に繋索してあるやつだ。
十二分な強度をとってあるだろうとは、思うんだけれど…
クォクの重量って、100kg単位だぜ?
もし、1本でも鎖が切れたら…
そう考えると、さっさと前部へ移るにこしたことはなかった。
「わしには、片隅が似合っとる。放っておいてくれ。」
「ですけれど…」
なかば理由もなく依怙地になっている老人に、しつこく喰いさがっているゆかり姫。
それをさえぎって俺は行動を起こした。
「そいじゃお言葉に甘えて。」
「磯原さん!?」
さっさと立ち上がり、揺動のなかユミちゃんの腕から赤ン坊かっさらう。
……う~ん、このコ、大物になるぜ。
この騒ぎのさなか、目を覚ましもせずに…。
「 本人がそうしろってんだから、置いてこーぜ。それにべつに前に居れば安全、てのが保障されてるわけでもないんだし。
ミサイル被弾して俺たち全滅しても、案外バヌマさんだけ救かったりしてね。」
そう言って、さっさと居間へと引きあげてしまう。
とっさのことに途惑っている姫ひっぱって、もちろん、バヌマ老お大事の ”和子様” 抱いて。
ユミちゃんに言わせるとその時おじいさんは、 ”怒っているんだか、笑っているんだか、さっぱり判らない” 奇妙~な表情を浮かべて、ようやっと重い腰をあげてくれたんだそうな…。
「…ぐぅえぇ~っっ酔ったッ!」
エアロックをぬけて居間へ戻る。
と、丁度コクピットでは栗原が、海老さんになって自己主張をしていた。
「 清。」
器用にミスター・スポックばりに片眉をつり上げて、好は俺を見る。
へーへー。
「だーいじょうぶかよ、栗原?」
「栗原さん。」
クラスメイトでもある姫が、やっぱり修学旅行ン時の盛大な酔いぐあいを思い出したんだろう、心配げな顔をするのへ、ひょいと赤ン坊を預けてしまって。
「や~い、情緒不安定。ガキッ」
「 るせ~~…ぎゃーーーーーっ!!」
悲鳴は、もちろん、雷が光ったせいだ。
「…大気中に硫酸!」
ひろと先輩が赤い警告灯より速く叫ぶ。
「濃度は…」
「…なァんですってェ!」
暗視画像と動物的カンだけで船を動かしているヤニさん。また一連の悪態を語彙の尽きる気配もなく並べた。
「畜生!グリーンフォグ(緑霧)ですョ。この大嵐のせいで、こンな所まで!!」
「どうなるんだ?」と、好。
「船殻が熔けちまいまさァね。せっかくの民間御禁制のフェライトン加工が。」
げ。
つまりまた一方的に敵さんに追いまわされる役なわけ?
「お、なんでもいい。早く台風から出してくれえっっ」
「悪いが、前方250km、竜巻発生だ。ポイント139.67°~135.5°。」
「…緑霧湾… 真上じゃ~ありやせンか……」
ヤニさんが頭を抱えた…い。という表情を、操縦桿握りしめたまま、した。
「ふん、気に喰わねェな」
好のオハコが出て。
「何故、日本上空でこの季節に。…この嵐はちょいと異常じゃないのかヤニ?」
「知るもンですかっ三次大戦以降、地表の気象にセオリーなンざありゃしませんよっ!
これじゃあたしゃァ皇国軍から逃げているやら自然と闘っているのやら………ッ!!」
またブン! と唸って機体は左右に振れる。
突風。
乱気流。
エアポケットに竜巻と。
なんでもござれだ…
おまけに数撃ちゃ当たるの確率論式弾幕ミサイルを相手の、ひっきりなしの緊急回頭。
栗原じゃないけどこれは…
う。
まずい。シンクロしちまいそうだ。胃が。
「…ふんぎゃーーーーーっっ」
泣きだしたのは、栗原じゃない、ゆかり姫の腕のなかの赤ン坊だった。
「きゃ。ど、どうしたら、」
「無理だわ。この状態じゃ、」
「泣かすな。」
またしても好のひと睨みが俺に跳ぶ。
ンなこと言ったってなーーー!★
俺自身、おぞまったらしい暗緑色に濁ってゆく窓の外をちらりと視ただけで、言いようのない背すじの粟だち、理屈ヌキの嫌悪感、に、やられっちまってゾクっときてるのに、
(…それにしちゃ他の連中は平気なみたいだが…)、
立っているのも難しい揺れのさなか、どうやって、
…だいいち、さっきの超常感覚のショック症状から、俺まだ立ち直ってない!
………それにしても本当に、なんていう……
「 ぐえ~~~」
潰れている栗原をなんとか抱え起こそうとしながら俺の眼は、抗いようもなく緑霧、いっそ麗しいとさえ錯覚できるほどに歪んだ色彩の、奇妙に光を含んだ昏さ、に、ひきつけられていた。
しきりに赤ン坊は泣く。
「 … まだ、目覚める時間ではないはずだ。 … "アトル" が、穢れているのか。…」
他の人間には意味不明のことを呟きながら、白い包帯のバヌマ老人は、支えようとするユミちゃんの手からぬけて。
ぐったりと重いラグビー部主将の図体を、腕一本、掴んだだけで楽々と持ち上げてしまっていた。
「 わ!」
「おじいさん! 駄目よ、そんなことしたら傷が開く…っ」
「コクピット内で吐かせてもいいのか」
うっそりと言ってバスルームへ向け歩きはじめて、
赤ン坊を抱いたゆかり姫に、
「来なさい。操縦の邪魔になる。」
「…あ、はい。…」
それで、なんとなく俺たちは、エアロックは開け放したままバスルームと、その前の通路に移動することになったのだった。
「…針式のじゃなくて良かったわ。」
ユミちゃんはひどい揺れのなか、どうにかしてクォクから医療用キットを取り外してきて、たぶん酔い止めの薬だろう。浸透圧式注射器を栗原に押し当てる。
耐えきれずにゲエゲエ吐く背中を老人の武骨な掌が、静かにやさあしく、なぐさめるようにゆっくりとさすっていた。
ゆかり姫はまだオロオロしている。
と、
…ズキン!
ほとんど物質的な痛みをともなって、恐怖が俺の脳裏をつらぬき奔り抜けていった。
(( ……… 好っ ))
振り向いても声が出ない。
さきほどの超常感覚の、これは続きなのだった。
危険だったのは… 前方と下。
皇国軍に追われ、嵐にもまれ、もはや避けようもなく、その…
まっただなかに、あって。
「前方70、ミサイル視認!」
「あらョっと! 甘い!」
ヤニさんの熟練した腕が急速に、しかし安定した軌跡を描いて MISS-SHOT を回頭させる。
………… ガクン !!
船を呑みこんだのはエアポケットだった。
一瞬、気の遠くなるような衝撃と閃光。
破壊される音。
かすかに俺は視た。
宇宙空間用の自由貿易船とは言い条、ミサイル数基の直撃に、ぶ厚い船殻がぺらぺらと砕け散るのを。
覚えては、いられない。
白金色の光を放ったのは俺であるかも知れず、
もしかしたらゆかり姫の腕の赤ン坊だったのかもしれない。
船は爆滅せず、けれどあまりの外力の強さに、ジョイントが…
外れた。
「船首左方被弾!」
ヤニさんのかすれた声がひきつったように叫ぶ。
「被害は!」
壁に叩きつけられた好がすばやく起き上がりながら。
「船殻破損。ライフサポート停止。うわっ!…接続がーーッ」
「 好!! 」
絞りだすように俺の声はやつを呼んでいた。
エアロックをつなぐ太い金属棒は叩き折られ、俺たちはこぼれ墜ちようとしていた。
バスルームのユニットごと。
安全な、MISS-SHOT の灯から…
「 ………… 好っっ!! 」
悲鳴、だった。
恐ろしさにすくんでいた。
一瞬のうちに、それとも永遠の時間をかけて、好はほとんど一息で、数メートルはある居間を跳び越え通り抜け、行く先のなくなった戸口の床から身を乗り出して、怒鳴った。
「 …………… ユミ…… っ!? 」
………………
そうだね。
良く似た薄茶色の瞳をめいっぱいに見開いて凍りついているユミちゃんを、
我にかえった俺は引き寄せて。
おもいきりの反動をつけて空へ投げ上げて。
好の妹ユミちゃんの、お守(護衛役)。
…それがそもそもの好にとっての、俺の、
存在価値。なのだから…
最後の最後に、彼女の細い手首を、がっしりと捉えて抱え上げる、好を。
俺は、視ていた…
(………………続く。…)