第四〇話 生きる者すべての個人情報

文字数 2,218文字

――そんなわけで、『ドリームアームズ』と提携するメリットが、魔境銀行さんにはたくさんあるはずです。
よく考えてみてください。私たちが魔境銀行さんのために、たくさんの人に魔法剣スリーパーと魔境銀行さんの金融商品を売り込んでいくことになるんです。私たちを手下のように使えるということじゃないですか?
……そう安易に判断することもできぬ。なぜなら、おそらく今、『ドリームアームズ』は、我が魔境銀行なら決して金を貸さぬであろう不良な筋にも魔法剣スリーパーを販売しているであろうからだ。銀行業のノウハウの根幹は、回収方法よりも、その客に金を貸すのが相応しいかどうかを見極めることにある。貴様らには、その基本ができていない。
そうなんです、そういうノウハウが、私たちにはないんです。だから、どうしても魔王さんと手を組みたいんです。魔境銀行さんにとって絶対にプラスになる話に違いないんです。
泣くな。この私の前で、涙を見せるのは無意味なことだ。いいか、よく知っておけ、この私に対し、義理人情なぞは微塵も通用せぬぞ。
ゴ、ゴメンなさい……。
泣いているつもりはないんです、でも必死になりすぎちゃって、なんだか思わず涙が出ちゃっただけで……本当にゴメンなさい……。でも私は『ドリームアームズ』だけが成功しようとしているわけじゃなくて、魔境銀行さんにも利益を得て欲しいって心から思っているんです。だから必死になっちゃって……。
…………。
ここで勢いを止めず、さらなる販売攻勢を仕掛けていく必要があるって確信しているんです。でなければ『ドリームアームズ』は、魔境銀行さんへの借金を返済できないどころか、永遠に魔王さんに追いつくことも、魔王さんの遥か後ろを追いかけさせてもらうことすらも不可能です。だからこそ、魔王さんに少しでも認めてもらうためには、何があっても、勇気を振り絞って耐えなくちゃならないときなんだって思うんです。
…………。
魔王さんの背中が少しでも見えるくらいまで早く追いつきたい……『ドリームアームズ』経営で少しは社会の仕組みがわかるようになってから、それはすごく遠い道のりだって知ってます……。それでも、私は命を懸けてます……。魔王さんみたいに、私だって少しは世界をより良いものにするために、命を燃やしてみたいんです……!
……感情的になるのはよせ。この私は、そのような攻撃に少しでも動じるようなヤワではない。冷静に、利益とコストを天秤にかけて貴様の持ち込んだ提携話を判断するまでだ。
あっ、いけない……! もう40分も……!
説明に夢中になってしまってて、魔王さんに与えてもらった10分がとっくに過ぎているのを忘れてました……。なんだか色々ゴメンなさい……。
そんなことはどうでもいい。何度でもいうが、私の判断基準は我が行が儲かるかどうか……それだけだ。そして、この提携話にはなかなか見どころがあるやもしれぬ。
……えっ!?
ほ、本当ですか……!?
すでに国家を顧客としている魔境銀行ではあるが、巨大になりすぎたが故、成長が頭打ちになってしまっていた。これ以上の成長を求めるには、どうしても既存の手法を脱却した次の一手を打つ必要があったのだ。しかしその手を見つけるのは容易ではなかったというのが実際のところだ。
巨大になりすぎて……成長が頭打ち……。
これからは国家や法人のみならず、個人客への貸付の力を付けていくべき時期だと考えていた。たしかに国家を相手にすれば管理も営業も楽だが、相対としての経済規模の巨大さでいえば、やはり愚民どもの大集団の規模には敵わぬもの。ただ、そうは言っても個人客を押さえ込んでいくにあたって、肝心の営業活動をどのように展開すべきか思いあぐねていたところだ。
ですから、それを私たちがやります! 私たちがどんどん新製品を作って、市場に投入して、魔境銀行さんの金融商品とくっつけて販売していけばいいんです。『ドリームアームズ』を営業の先兵として使ってください。『ドリームアームズ』も、魔境銀行さんを利用させてもらい、一気に飛躍しようと思うんです。この提携は、お互いにとって大きな実りをもたらすに違いありません!
……我が行に新しい管理部門を創設せねばならぬようだな。個人客をデータベース化し、我が行があらゆる情報を統合していく。究極的に目指すところは、この世に生きる者すべての個人情報を収集し尽くすことにある。さすれば我が行は、世界のビジネス界において、さながら神のような立場となるだろう。
じゃあ、提携してくださるんですね? 月賦販売は魔境銀行さんにお任せしてもいいんですか?
そういうことだ。ただし、武器を買いたがる客がいても、その客に月賦販売するかどうかは魔境銀行が審査して決める。貴様ら『ドリームアームズ』には、月賦販売の決定権はないものと思え。
わかりました! 一番苦しい月賦販売の管理が手離れできるのは、『ドリームアームズ』のほうも望むところです。
この月賦販売のビジネススキームは、我が行にとって新しい事業分野となってくれるに違いない……。大口相手の商売から、あまねく個々人の情報を魔境銀行に統合し、やがて世界統一政府に繋げて人民を管理していく手始めとなるだろう。フフフ、第二の飛躍のチャンスが、向こうから飛び込んできたというものだ。
私も魔王さんと提携できて、とても嬉しいです。少しでも早く魔王さんに追いつけるよう、一生懸命頑張ろうって思います!
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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