詩小説『記憶のあなた』3分の幼い物語。全ての大人へ。

エピソード文字数 803文字

記憶のあなた

6月に押された判子は先生の名前、
給食費と書かれた茶色の袋。

取り出してはみたが、
あなたになかなか渡し辛い。
この気持ちはなんだろう。

五千円札を袋に入れて、
忘れずに渡してと差し出す。

受け取るとそこには、
僕の名前の判子が押されてる。

記憶のあなたは、どれも笑っている。
泣いたり、怒ったりしてたはずなのに。

こうして胸を締め付けて、
どうしようもなく痛くなるのは、

淋しさでも、虚しさでもなくて、
ありがとう以外の言葉が見当たらないため。

大人になれば、自然と字が上手くなると、
そう思ってた。そう、魔法みたいに。

大人になっても癖のある文字は、
あの頃のままに、変わらない。

あなたの文字は流れるように、
はらいも、はねも、綺麗に思えて。

大人というものを、あなたに知った。
そんなあなたの文字が好きでした。

記憶のあなたは、僕を見つめたまま、
なにも語らず、微笑んでる。

僕も黙ったまま、冷奴に箸を入れ、
ひんやりとしょっぱい香り蘇る。

玄関を背景にあなたはカメラを向け、
学ラン姿をシャッター音に閉じ込めた。

お金の入った茶封筒を握りしめ、
同級生の並ぶ校庭、最後尾。

教科書やら、辞書やら、体操着やら、
次々と買い揃えていく。

全て揃うと、帰ろっかと呟いて、
空の茶封筒をよそ行きの鞄に、
しまいました。

僕は黙って頷いた。

記憶のあなたは、
あの頃には気づかなかった。
哀しい顔して笑ってる。

この恩義、なににすれば返せるというのか。
見渡しても、見つからない。

故郷には、足が遠退く。
答えは見つからないまま。

記憶のあなたは、どれも笑っている。
泣いたり、怒ったりも、
見てきたはずなのに。

こうして胸を締め付けて、
どうしようもなく痛くなるのは、

淋しさでも、虚しさでもなくて、
ありがとう以外の言葉が見当たらないため。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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