第十一話 生き物だけど生き物じゃない

文字数 1,119文字

   
「そう、それだ! その言葉を待っていた!」
 ……あれ?
 私の意図に反して、マドック先生は大喜びです。
 興奮した顔つきで、私の肩に手を伸ばし、ギュッと握り締めたくらいです。
 二度目なので、私も一度目ほどは怯えずに済みました。
 そんな私の内心など気づかずに、マドック先生は、喜色満面で熱弁しています。
「ウイルスってやつは、生物ではなく物質なのさ。俺の世界の――元の世界の――定義では。しかも、それは、この世界でも適用されるとみえて……。回復魔法の影響を受けない微生物、ってことになる」

「いえいえ、ちょっと待ってください」
 やんわりとマドック先生の手を払いのけながら、はっきりとした言葉で彼の勢いに水を差します。
「それって少しおかしくないですか? そのウイルスというのも微生物なんですよね?」
 微細な生き物だからこそ『微生物』のはずです。
 今だけではなく、少し前にもマドック先生は『結論』として「ウイルスは微生物の一種、病原体の一種」と言っていました。
 これでは話の筋が通りません。
 でもマドック先生は、自分の発言に矛盾は感じていないのでしょう。自信満々の態度で、堂々としています。少し体格も立派に見えてきたくらいです。
「そうだ。バクテリアやウイルスは微生物……。いわゆるバイ菌と呼ばれる存在だ」
 また新しい用語が出てきた!
 厳密には、先ほどもチラッと出てきた言葉ですが、あの時はマドック先生の独り言モードでした。だから私に対する説明の中では、これが初出となります。
「だが、バクテリアとウイルスは、はっきりと違う。バクテリアは生物だが、ウイルスは生物じゃない」

 ああ、なるほど。
 新用語『バクテリア』はウイルスの対義語なのですね。
 片方は生物、もう片方は無生物。それなのに両方とも『バイ菌』という単語で言い表されるから、マドック先生は「バイ菌という言葉は嫌い」と言っていたのですね。
 少しだけ、マドック先生の気持ちがわかるような気がします。
 例えば私の場合。
 甘いものは大好きですが、砂糖菓子のベタベタした甘さと、カスタードクリーム系のコクのある甘さは、全く別物だと思っています。
 でも世の中には、その差がわからぬ人もいるみたい。
 そういう明確に異なるものを一緒くたにされた時の憤慨感……。それがマドック先生の「バイ菌という言葉は嫌い」の意味なのでしょう。

 甘いお菓子を思い浮かべて、少し頬が緩んだ私の前で。
「生物じゃないのに『微生物』のカテゴリーに括られるのは、ウイルスが生物っぽい挙動を示すせいだが……」
 マドック先生の話は続いていました。
「では、そもそも生物とは何なのか。ここで、俺の世界における定義を、ちょっと聞いてほしい」
   
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