ベテラン交渉人の失敗 6

文字数 511文字

「と、トイレに行きたい」

女性店員が、恐る恐る言う。

その声は小刻みに震えている。

上手く呼吸が出来ないようだ。

その一言で呼気を出しきっている。

呼吸を取り込む時も過呼吸のように細かく数回に分けて吸う。

その声から極限に緊張しているのがわかる。

「トイレには行かせられない」

犯人が言う。

「私が人質をトイレに連れていくのはどうだい?」

橘は提案する。

「それも出来ない」

「そうか、残念だよ」

沈黙が続く。

「今、橘さん一人なのか?」

「一人だ」

「わかった、お前が人質をトイレに行かしてやってくれ」

「ありがとう、助かるよ」

私は穏やかに立ち上がる。

小部屋の扉がゆっくりと開いた。

女性店員が扉の前に立っていた。

ナチュラルメイクが涙によって崩れている。

穿いているズボンに失禁した大きな跡が付いている。

全身が震え、首もがくがくとしている。

足もぎしぎしと強張り、歩くのもやっとだ。

橘は手を差し伸べる。

女性店員は橘の手を握ろうと腕を伸ばす。

しかし、その腕は大きく震えて、定まらない。

橘はその手をきゅっと握る。

その時だった。

突然、自動ドアが開いた。

橘は自動ドアの方向へ振り返る。

橘は動揺を隠しきれない。

「一人じゃ無かったのか!」

犯人の激しい怒声が店内に響き渡る。
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