ピラー草原1

文字数 2,103文字

悪だくみをする時のカイルの顔にわき出る不安をむりやりに抑え、レヴィとアイリスが地下室へと急いでいたころ、ピラー草原ではミューと出会った咲良が、斜め前の草がガサガサと大きな音を立てながら不自然に揺れる様子に警戒を強めていた。
「咲良ーーーー!!会いたかったーー!」
揺れる草の中から唐突にあらわれた和泉に体当たりされ押し倒された。
「…………いたたっ」
ラグビー部にも入れるんじゃない?と心の中で毒づきながらも、和泉が無事だったことに涙腺がゆるみそうになるのを必死に抑える。
「うぅ、本物だぁ。夢じゃないよね」
そう言いながら両手で頬をつねる。どいてくれる気配はない。
「和泉……いいかげんどいて(´・ω・`)」

(……お、重い。言えないけど)

「あっ、ごめん」
ワタワタとしながら、あわててどいた。

咲良を探して歩いていたら、咲良の声が聞こえたからつい……。またやっちゃったよ。

「和泉。無事で良かった。……本当に良かっ……た」
ふわりと抱きしめられた。ほのかにシャンプーのにおいがする。

最後の方は泣き声混じりで、私も咲良が無事だったことが嬉しくて、2人でワンワン泣いた。


10分後ーーーー

「にゃあ……」
「……あっ」
「!!」
存在を忘れられ、すっかり拗ねたミューがいた。

パタパタとせわしなくシッポを地面にうちつけ、ピンと立っていた耳は、力なく垂れている。背中を丸め器用にのノ字を書く後ろ姿に哀愁が漂っていた。

「ごめんなさい。ミュー。こちらが相原和泉。私の探し人」
ミューに近づくと優しく手ぐしでとくように頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるとゴロゴロと喉を鳴らし、されるがままにしている。


「僕はミュー。案内ねこだよ。よろしくにゃ、和泉」
「よろしくね、ミュー。さっきは、ごめんなさい」
「うん、もう気にしてないにゃん。ここは異世界。グノーシス王国のピラー草原だにゃあ」
「異世界。やっぱりそうなんだね。こんなキノコ絵本でしかみたことないよ」
和泉の手の中で青白く淡い光を放つキノコ。先ほどみた時よりも光が強くなっているのか、陽が沈みつつある暗さのため、明るく感じるのか判断がつかない。


(蛍みたい)

しみじみとした様子で咲良はその景色をぼんやりと見ていた。正確には、昔親戚や家族と一緒に田舎のおばあちゃんの家の近くの川で蛍狩をした時のことを思い出していた。

「エルンストだね。2つ名を闇夜のキノコと言われているにゃんよ。灯りとしてランプにゃんかに使うにゃ。胞子が青白く光るにゃあ」
「食べられるの?」
「僕らねこの大好物にゃ。人も食べられるにゃあ。太い足の部分を採ると、黄金色の甘い液体が出てくるにゃんよ。ハッシュ豆と呼ばれる黒豆とルーレと呼ばれる粉を焼くと極上の焼き菓子マールンができる。傘の部分は、煮ても焼いても生でも食べられ、だし汁をとることもできる優れものにゃん」
「わぁ、おいしそお。生でも食べられるんだね。いっただきm……」
「!!和泉っ!ま、待って。洗うから待ってーー!」
あたふたと手をバタバタさせて必死に和泉を止めると右手を空にかざした。

チョロチョロとした弱い滝のような流水でエルンストの傘を丁寧に洗う。そのままでは、いろいろなものがついていて、さすがに食べさせられない。

「和泉、お待たせにゃん」
「ありがとっ、ミュー。……シャキシャキした中に……仄かな辛味が……んぐ…クセになる~。なに、これ?おいしい」
「うん、うん。そおにゃん、そおなのにゃ」
自慢気に胸をつきだすと首輪につけられた大きな形のいい鈴が涼しげに音をたてる。調子にのった1人と1匹は、次々とエルンストを使用した料理ーー晩ごはんを作ろうとしていた。


元気のない咲良を元気付けるためにも、ご飯は重要よね。やっぱり。

「ほいにゃ」
力が抜けるようなかけ声のあと、まな板や包丁、鍋等が次々と現れる
!!

このリンゴ……!

咲良がするお寺の修行に慣れていた和泉は、何もない空間から水があらわれたくらいでは何とも思わなかった。


でも、これは違う。


あらわれた包丁やまな板、鍋は和泉にとって見覚えのあるものだった。

和泉が中学生のころ、アウトドアにはまったお父さんによくキャンプに連れていってもらった時のもの。包丁の柄には、和泉の書いたリンゴの落書きつき。見間違えることは考えられない。

「にゃ、にゃにゃあ、にゃにゃにゃにゃにゃ」
和泉の態度の急変にブンブンと首をふるが、しっぽを股の間にしまったミューは、青くなって和泉を見つめる。明らかに怪しい。
「ミューなぜ、あなたがこれを?」
「………………にゃあ」
おびえた様子で力なくなくミューの姿がチョコの姿に重なる。

そんなことあるわけないと自分の考えに半ばあきれながらバカな考えを追い出した。帰りたいーーその思いが作り出したバカな幻、そう……ただの気の迷い。

「猫語禁止ね」
自分のバカな考えに思わず笑ってしまったが、ミューの顔には恐怖がはりついていた。
「和泉……ごめんなさいにゃ」
(しっぽと耳を小さくたたんだミューは、観念したようにうなだれていた。

説明できなくはなかったけど、説明するのが怖かった。


だって、僕はーーーーーー!)

!?
!?
後ろの方で聞こえた派手な物音にふりかえる。
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登場人物紹介

相原 和泉(あいはら いずみ)


高崎先輩に恋する剣道部チームリーダー


高二。剣道部。

咲良の親友。朝に弱く、毎朝チョコのムーンサルトダイブで起こされる。キノコの里山が大好き。

古泉 咲良(こいずみ さくら)


冷静沈着な純心寺の跡取り


高二。和泉の親友。

純心寺の後継ぎとして育てられたため、多少の術が使える。

しっかり者で、朝に弱い和泉を心配して毎朝迎えにきてくれる。パンケーキと紅茶に目がない。

レヴィ・グレイス


激辛好きな若き王国騎士団団長


王国騎士団団長。アイリスと同期

代々、騎士団団長をだしている名家の産まれ。

前騎士団団長は父であり、行方不明の父と兄の代理として騎士団団長を勤める。立場上、冷静にふるまってはいるが、熱血漢で正義感が強い。王家に対する忠誠心が高い。

アイリス・フォーミュラー


薬学に通じる刻と氷の魔術師


王宮魔術師。レヴィと同期。

王宮魔術師長ルーカスを父にもつ苦労人で少しドジなところはあるが魔力の高さは随一。エリクサーの創始者。かなりの苦さのため理由をつけて飲まない騎士団員や魔術師も多く、心を痛めている。


責任感が強く召喚の位置がずれたことを誰よりも申し訳なく思っている。


相原 チョコ


咲良と猫缶を愛する相原家の猫。

毎朝、和泉を起こすのが日課になってしまっている。

最初は鳴いたり肉球でプニプニしてたけど、和泉が起きないため起こす方法がエスカレートぎみ。


毎朝、優しくなでてくれる咲良が大好き。

案内ねこミュー

咲良に異様になついている。

和泉の枕元にトカゲの死骸など、ナゾのプレゼント畄⌒ヾ(・ω-。)♪をしたりとチョコと行動や性格がかぶっている。


本人(猫?)は絶対に隠したかったため、アイリスとレヴィにムチャクチャな契約をさせていたが、あえなくミュー=チョコだとバレた。


アーノルドのことを恐れている。

セレス・グノーシス   13歳   弟3王女


無事が確認できているグノーシス王家唯一の血筋。


叶わない願いと知りながらもジュリ兄大好きで、コロッと行動を変えてしまうこともあるが、国王達が帰ってきた時のために国を立て直そうと努力するがんばり屋。長く近衛を勤めたレヴィやアイリスの前では、年相応の振る舞いをみせることもあるが、公の場では毅然とした態度をとることが多い。

ルーカス・フォーミュラー


フリルとリボンを愛する凄腕の魔術師


国立魔術研究所所長、グノーシス城宮廷魔術師長

アイリスの父


おもしろいことと恋ばなが大好き。酒が入ると、その傾向はさらに加速する。猫好き。

シフォン・ブラウン


サルサの街を拠点に活動中の関西弁冒険者


もとアイリスの同僚。お節介なところがあるが本人に悪気はない。闘技場の警備や千尋のアトリエからの仕事を主にしている。

アーノルド・ブラウン


質実剛健の老紳士


レヴィが12歳の時から2年前までグレイス家に仕えていた。指南役であり、レヴィの剣術はアーノルドの影響が強い。お説教も含め、話が長いのがたまに傷。

カイ・ハズウェル


チャラさと真面目さが同居する魔法剣士


口から産まれてきたような性格だが剣の腕は確かで攻撃魔法も回復もこなす。レヴィの兄オスカーと仲がよく、レヴィのことは、からかいがいのある弟のように思っていて、本人は可愛がっているつもりである。

???

結城 千尋


5年前、不思議な光と共にやってきた凄腕錬金術師


現在は、名前だけ。

サルサの街で千尋のアトリエを経営している。

元々は女子高生だったが、1から錬金術をはじめた。

シフォンと採取に行くこともおおい。

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