悪だくみをする時のカイルの顔にわき出る不安をむりやりに抑え、レヴィとアイリスが地下室へと急いでいたころ、ピラー草原ではミューと出会った咲良が、斜め前の草がガサガサと大きな音を立てながら不自然に揺れる様子に警戒を強めていた。
揺れる草の中から唐突にあらわれた和泉に体当たりされ押し倒された。
ラグビー部にも入れるんじゃない?と心の中で毒づきながらも、和泉が無事だったことに涙腺がゆるみそうになるのを必死に抑える。
そう言いながら両手で頬をつねる。どいてくれる気配はない。
「和泉……いいかげんどいて(´・ω・`)」
(……お、重い。言えないけど)
ワタワタとしながら、あわててどいた。
咲良を探して歩いていたら、咲良の声が聞こえたからつい……。またやっちゃったよ。
ふわりと抱きしめられた。ほのかにシャンプーのにおいがする。
最後の方は泣き声混じりで、私も咲良が無事だったことが嬉しくて、2人でワンワン泣いた。
存在を忘れられ、すっかり拗ねたミューがいた。
パタパタとせわしなくシッポを地面にうちつけ、ピンと立っていた耳は、力なく垂れている。背中を丸め器用にのノ字を書く後ろ姿に哀愁が漂っていた。
「ごめんなさい。ミュー。こちらが相原和泉。私の探し人」
ミューに近づくと優しく手ぐしでとくように頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるとゴロゴロと喉を鳴らし、されるがままにしている。
「うん、もう気にしてないにゃん。ここは異世界。グノーシス王国のピラー草原だにゃあ」
「異世界。やっぱりそうなんだね。こんなキノコ絵本でしかみたことないよ」
和泉の手の中で青白く淡い光を放つキノコ。先ほどみた時よりも光が強くなっているのか、陽が沈みつつある暗さのため、明るく感じるのか判断がつかない。
(蛍みたい)
しみじみとした様子で咲良はその景色をぼんやりと見ていた。正確には、昔親戚や家族と一緒に田舎のおばあちゃんの家の近くの川で蛍狩をした時のことを思い出していた。
「エルンストだね。2つ名を闇夜のキノコと言われているにゃんよ。灯りとしてランプにゃんかに使うにゃ。胞子が青白く光るにゃあ」
「僕らねこの大好物にゃ。人も食べられるにゃあ。太い足の部分を採ると、黄金色の甘い液体が出てくるにゃんよ。ハッシュ豆と呼ばれる黒豆とルーレと呼ばれる粉を焼くと極上の焼き菓子マールンができる。傘の部分は、煮ても焼いても生でも食べられ、だし汁をとることもできる優れものにゃん」
「わぁ、おいしそお。生でも食べられるんだね。いっただきm……」
あたふたと手をバタバタさせて必死に和泉を止めると右手を空にかざした。
チョロチョロとした弱い滝のような流水でエルンストの傘を丁寧に洗う。そのままでは、いろいろなものがついていて、さすがに食べさせられない。
「ありがとっ、ミュー。……シャキシャキした中に……仄かな辛味が……んぐ…クセになる~。なに、これ?おいしい」
自慢気に胸をつきだすと首輪につけられた大きな形のいい鈴が涼しげに音をたてる。調子にのった1人と1匹は、次々とエルンストを使用した料理ーー晩ごはんを作ろうとしていた。
元気のない咲良を元気付けるためにも、ご飯は重要よね。やっぱり。
力が抜けるようなかけ声のあと、まな板や包丁、鍋等が次々と現れる
咲良がするお寺の修行に慣れていた和泉は、何もない空間から水があらわれたくらいでは何とも思わなかった。
でも、これは違う。
あらわれた包丁やまな板、鍋は和泉にとって見覚えのあるものだった。
和泉が中学生のころ、アウトドアにはまったお父さんによくキャンプに連れていってもらった時のもの。包丁の柄には、和泉の書いたリンゴの落書きつき。見間違えることは考えられない。
和泉の態度の急変にブンブンと首をふるが、しっぽを股の間にしまったミューは、青くなって和泉を見つめる。明らかに怪しい。
おびえた様子で力なくなくミューの姿がチョコの姿に重なる。
そんなことあるわけないと自分の考えに半ばあきれながらバカな考えを追い出した。帰りたいーーその思いが作り出したバカな幻、そう……ただの気の迷い。
自分のバカな考えに思わず笑ってしまったが、ミューの顔には恐怖がはりついていた。
(しっぽと耳を小さくたたんだミューは、観念したようにうなだれていた。
説明できなくはなかったけど、説明するのが怖かった。
だって、僕はーーーーーー!)