第6話

文字数 1,306文字

 コンビニエンスストアの駐車場へ入り、明日香は車を停めた。建物から離れた薄暗い場所を選んだので近くに車はない。
 それからまもなくして、黒光りする車体が現れ、明日香の車の隣に並んだ。明日香がここまで誘導したのだ。キーを抜いて車から降り、隣の車へ近付くと、助手席のドアを開けてシートに滑り込む。
 水沢薫は無言のままエンジンを止めた。
「昨日、わざと置いて帰ったの? あのライター」
 明日香の問いには答えず、薫は一瞥をくれた。
「その格好はなんだ」
「似合わない?」
 予想していた範囲内の発言だったので、明日香は微笑して聞き返した。
「そういう問題じゃない」
 薫の返事は素っ気ない。明日香は素早く彼の表情を観察する。感情を遮断した冷たい横顔。さっきまでとはまるで違う、まったく隙のない表情だ。昨夜の印象とも異なる。おそらく、これが本来の彼の人格なのだろうと明日香は思った。唯はこの顔を知っているのだろうか。
「趣味なんだ。こういう服を着るのが」
 正直に明日香は告げる。薫は淡泊な視線を明日香に向けた。
「昨日、その格好をしていたら気付かなかっただろうな」
「ああ、失敗した」
 そうつぶやいて明日香は天井を仰ぐ。そんな明日香をひたと見据えて、薫は淡々とした口調でいう。
「羽野明日香はもう死んでいる。あんたはなにを企んでいる?」
 明日香は驚かなかった。他人に見破られたのははじめてだったが、この男ならば、明日香の変装を見抜くことはたやすいかもしれない。そう思った。
「調べたの? 昨日の今日で。迅速だね」
 薫は表情を変えない。彼から視線を外し、明日香はシートに身をゆだねる。晧々と明るい店の様子がバックミラーに映っている。出入口の側には高校生と思われる少女たちが座り込んで賑やかな会話を展開していた。金属的な笑い声が車内まで届いてくる。
「信じないと思うよ、きっと」
 目を閉じて明日香はつぶやく。なにを企んでいる、と薫は尋ねたが、なにかを企んでいるのは明日香ではない。
「唯が殺されるかもしれないなんて」
 隣で薫が身じろぎをした。煙草に火を点けたのだとわかる。静かに煙を吐く音。
「だれに」
 抑揚のない声で彼が尋ねる。
「木島」
 目を開けて明日香は薫を見た。薫は相変わらず無表情のまま、なにを考えているのかわからない眼差しで明日香を見つめている。
 沈黙のあと、薫はゆっくりといった。
「それで、昨日あそこで張り込んでいたのか」
 明日香は目を見開く。
「信じるの?」
 一笑に付されてもしかたのないことをいったのに。木島が唯を殺そうとしているなんて、自分以外のいったいだれが信じるだろう。明日香自身、確信があるわけではない。
 それなのに。
「信じる信じないの問題じゃない。木島は黒だ」
 薫はあっさりと告げた。
「え?」
「あんたがなにを根拠にやつを警戒しているのかは知らんが、もう関わるな。あとはおれが引き受ける」
「もしかして、警察のひと?」
「違う。むしろ逆だ」
 むしろ逆って。呆然とする明日香に、話を打ち切るように彼は低くいった。
「唯に危害を加えようとするやつは生かしておけん」
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