冬来たりなば

文字数 2,132文字

*シルト


(……(さみ)しい)

湖の底の城の中、少女は(ひと)り吐息をついた。
……このお城で独りぼっちになってから、もう幾月(いくつき)が経ったのかしら。わたしの夫のルンフェ様が「永い眠り」についてから、わたしの心はずっと冬だわ。湖の上は、とっくに春を迎えたのに……
テーブルの上の水晶玉は、花の咲き乱れ(ちょう)の舞う、湖のほとりを映している。この水晶は夫のルンフェの持ち物だ。
わたしの夫……この湖の主、水神(すいじん)で人外で……でもこの「異端(いたん)」のわたしに優しかったのは、真実ルンフェ様だけだった……
シルトは自分の幼い頃を想い出す。いつものように同じ村に住む子供たちにいじめられていた時だった。見知らぬ大人がそれを見とがめ、シルトを(たす)けてくれたのだった。
*ルンフェ


こら、お前たち何をしている!? 幼い子供でありながら、同じ子供を(しいた)げるとは! 実にけしからん、お前ら、そのうち天罰が下るぞ!

*子供たち


わあ! うるさい大人が来たぞ! 知らない顔だぞ! きっと魔物だ! 逃げろ! 逃げろ~!!

……まったく、とんでもないガキめらだ……!

おい、大丈夫かそこな娘子(むすめご)? どこかケガなぞしてはいないか?

*シルト


……あ、ありがとうございます……!

ああ、ひどいな! 可愛い顔にすり傷が……! ちょっと待っていろ、手持ちの薬をつけてやるから……。少ししみるが我慢しろ、これを塗って少し経てば、すぐに痛みが引くからな……。
……わあ! ほんとだ……痛くなくなった!
……なあお前、名は何と言う? そうしてお前、なぜ虐げられていた? よく見ると顔も体も古いのや新しいのや、傷あとだらけではないか……! こんな可愛い子供をいじめる、やつらには何か理屈(りくつ)があるのか?
……シルト。わたしの名はシルトです……そうしてわたし、人間じゃないから……だから邪険(じゃけん)にされるんです
……「人間ではない」?
……はい。わたしは妖精の父と、人間の母が恋して生まれた子供……。妖精界では「別種の生き物と愛し合うこと」は禁忌(タブー)なので、妖精の王が命じて父はわたしの生まれる前に、異世界(むこう)で処刑されました。
…………
……母は、わたしの生まれる時にお産が重くて死んでしまって……だからわたしは独りなんです。妖精にも、人間にもなれず、どちらにとっても厄介者(やっかいもの)で……。今はこの村の教会で養われているんですが、でもわたしは知ってるんです。(かげ)でみんながわたしを「異形」と呼んでいるって……
……そうか。ならシルト、いずれは我の嫁に来るか?
……は? はい!?
実は我も「人外」でな。ほら、この村のはずれに小さな湖があるだろう?
……ホルンフェルス()のことですか?
そうだ。申し遅れたが我が名はルンフェ、あの湖の主で水神(すいじん)だ。湖の底の城に独りっきりで()んでいる。我もお前も、独りっきりが淋しいのはどうやらお互い様らしい。どうだシルト、お前十八になって大人になったら、我のところに嫁に来ないか?
……ふふ! それじゃあふつつか者ですが、いずれはよろしくお願いします!
もちろん当時の幼いシルトは、その話を本気にしてはいなかった。通りすがりの心優しい青年が、シルトの身の上を哀れんでついてくれた、甘い(うそ)だと思っていたのだ。

……それが本当だと知った十八の時の驚きと喜び、まだありありと胸に浮かぶわ……。でもまさかこんなに早く、逢えない日々が訪れるなんて……。

……ああ! もう()えられない! もう一日でも、いいえもう一秒でも、お元気なルンフェ様のお顔を見られなければ、わたし孤独で死んでしまうわ!

……おやおや、それではぎりぎり間に合ったかな?
……る、ルンフェ様……!!

おはよう、シルト。

久しぶりだな……夢の中では逢っていたが……少しやつれたのじゃないか?


……ええ、ええもう大丈夫です……! あなたがお起きになったから……! 冬眠からお目覚めで、お体の調子はいかがです? 何かお召し上がりになりますか?

……そうだな……体を温めるのに、まずは人肌の白湯(さゆ)を一杯もらおうか。その後ダージリンティーと……ハニーローストナッツでもかじろうか。

しかし初めての湖底(こてい)の冬は、お前にとってだいぶん永かったようだなあ……! 子供の頃は青みがかっていたその翠緑玉(エメラルド)の瞳、淋しさにひどく濡れている……!

ええ、ええもう! 本当に!

でももう大丈夫です、あなたの目覚めたお顔を見られて、わたしの心にも春が来ました!

こうして二人が結ばれて、初めての冬は終わりを告げた。

湖底の城にもようやく春が訪れて、冬眠を終えた湖の主の蛇神(へびがみ)と、その妻は今年初めての二人のお茶を味わった。

城の窓から見える水中、小魚がつんと窓をつついて「お熱いこと!」とひやかしているようだった。(了)

(後書き?)


最後までお読みくださりありがとうございます!

蛇、好きです。お話のモチーフとして……昔「蛇はストレスがかかると物を食べなくなることがある。程度がひどいと何も食べないまま餓死(がし)してしまう」という話をどっかで目にして萌え倒した覚えがありますw

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登場人物紹介

おはこんばんちは! 作者の絵平 手茉莉です!

この話は「自分が萌える設定」を詰め込んだ小話です! 水神、湖底の城、そして異類婚姻譚! 大変楽しく書かせていただきました! 自分の他にも「刺さる設定」の方がいらしたら……嬉しいなあ……!

*ルンフェ


ホルンフェルス湖の主。湖の底の城に独りで棲《す》んでいたが、十ヶ月ほど前に「人間」の妻をめとった。今は「永い眠り」についている。

*シルト


ルンフェの妻。実は「人間と妖精のハーフ」。水神の夫が永い眠りについてしまい、湖の底で独りきりで暮らしている。

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