第7話
文字数 2,168文字
久々に東京の友達に電話をしてみる。
こちらでの生活が落ち着いてくると、懐かしくなるのはあっちでの生活だった。
「順調そうじゃない」
大学からの付き合いの美紀子が明るい声で言う。
「うん、まあね」
「何よ。なにか、問題?」
「そうじゃないんだけど・・・」
「はっきりしないわね」
「ごめ~ん」
雪子が甘ったるい、若ぶった口調で言う。
「なによ、その言い方。腹立つ」
美紀子が電話口で笑う。
「実家が遠いって、やっぱりいいわね」
「どこが」
美紀子は埼玉の実家から東京の会社に通っている。
そして、派遣社員として働いている。
派遣社員になった経緯は、雪子と似たようなものだ。
「思いっきり環境が変えられるじゃない」
「そうだけど」
「そうなのよ」
何を贅沢な。
首都圏に実家がある「豊かさ」にどうしてみんな鈍感なのだろう。
雪子は怒りを抑え、軽い口調で言った。
「私は美紀子のほうがいいな~。実家が関東なら、ずっと東京で働ける。東京なら仕事はいくらでもあるじゃない」
「でも、人もいくらでもいるからね。だんだん回ってくる仕事のグレードもさがってくるよ」
「そうかもしれないけど・・・」
「現状打破する方法が、もうわかんないわ」
美紀子はそう言って笑う。
「田舎に帰っても同じよ。私も、何も変わらない。同じところをぐるぐる回ってる感じ」
「やっぱりそうなるのかねえ。大した努力もしてないしね」
「ほっといてよ」
「ごめん、ごめん。自分に言ってんのよ」
「でも、そうかもねえ・・・」
「新しい職場、男どうなのよ?」
「やめてよ、おじさんばっかりよ」
「私たちだっておばさんなんだから」
「そうでしたね」
「で、どうなの?」
「おじさんって言っても、みんな五十代以上のおじさんなの」
「それはちょっと年上すぎか」
「みんな結婚してるしね」
「さすが地方」
「そうなのよ。こっちで男漁ろうとしても、もう完全に出遅れちゃってるんだよね」
「なるほど」
「だから、婚活も東京のほうが有利なんだって」
一瞬、深田の顔が浮かび、すぐに打ち消す。
「そうなのかなあ」
美紀子が興味なさそうにあくびをする。
仕事がだめなら結婚でもしないと。
口癖のように言っていた美紀子だが、言葉に切迫感はなかった。
居心地のいい実家、都内に通える実家がある限り、美紀子のケツに火がつくことはないだろう。
「私たち、結局ないものねだりだね」
雪子がぽつりと言ってみる。
「そうかもしんないねえ」
美紀子がそう言って、また大きくあくびをした。
その夜、雪子は夢を見た。
夢の中で、雪子は深田と暮らしていた。母も一緒だ。
「お義母さん、僕がやりますって」
「あら、そう」
深田が母が抱えていた取り込んだ洗濯物をごそっと、でもふわり優しく奪い取る。
「助かるわあ」
母がほんとにうれしそうな顔で笑った。
あれ、母さん、女の顔になってない?
雪子は一瞬イラっとする。
父さんに悪いと思わないの?
それに、その人は私のものだからね・・・あれ? 私のモノ?
っていうか、なんだ、このシチュエーション。
「こんな優しい人が旦那になってくれるなんて・・・あんた、ラッキーだったね」
母がピースしてよこす。
雪子は違う、違うと思いながら、顔の前で何度も手を振ってみせる。
しかし、母の笑顔は崩れない。
気づけば深田もこっちを見て笑っている。
手には三人の洗濯物を抱えながら。
これ、何なの? 何なの、これ、いったい・・・
「今日、晩御飯、なに?」
深田が雪子を見ながら言う。
「え?」
「今日はしっかりしたもの作るって朝から張り切ってたじゃない」
「そう、だっけ?」
「そうですよねえ、お義母さん」
「うん、言ってた、言ってた」
何なのよ、この仲良しっぷり。
私だけついていけてない。
「そんなこと言ったっけか?」
雪子は口をとがらせる。
「仕方ないなあ。めんどくさくなったのなら、手伝うよ」
「そうじゃないけど」
深田の態度は包容力と落ち着きに満ちていた。
いくつか年を増したかのようにも見えるほどだ。
この余裕はいったい・・・
旦那だから?
そう思いながら母を見ると、母がうんうんと満足そうにうなずいた。
なんで通じてるの?
雪子は頭が急にがんがんと痛くなりはじめた。
足元がふらつき、こめかみを抑えて、床にへたりこむ。
「大丈夫!」
深田が洗濯物をソファに置き、飛んでくる。
そして、雪子の肩を抱き、ぐいと顔を覗き込んできた。
深田のアップ・・・
雪子は深田の毛穴を探す。
毛穴が開いてない・・・
雪子は再びこめかみを抑えた。
頭痛はひどくなるばかりだった。
それでも、
「大丈夫、大丈夫だから・・・」
と言いながら、不安そうな深田をなだめる。
これは、あれだ、たぶん夢だな。
そう思いながら、雪子はゆっくりと目をつぶった。
頭痛は続いていたが、意識は薄れていく。
起きたら、きっといつも通り一人だ。
それがいいのか、悪いのか、求めているのか、避けたいことなのか。
美紀子だけじゃない。
雪子は自分もずっと答えを引き伸ばしてきたことに今更ながら気づいた。
こちらでの生活が落ち着いてくると、懐かしくなるのはあっちでの生活だった。
「順調そうじゃない」
大学からの付き合いの美紀子が明るい声で言う。
「うん、まあね」
「何よ。なにか、問題?」
「そうじゃないんだけど・・・」
「はっきりしないわね」
「ごめ~ん」
雪子が甘ったるい、若ぶった口調で言う。
「なによ、その言い方。腹立つ」
美紀子が電話口で笑う。
「実家が遠いって、やっぱりいいわね」
「どこが」
美紀子は埼玉の実家から東京の会社に通っている。
そして、派遣社員として働いている。
派遣社員になった経緯は、雪子と似たようなものだ。
「思いっきり環境が変えられるじゃない」
「そうだけど」
「そうなのよ」
何を贅沢な。
首都圏に実家がある「豊かさ」にどうしてみんな鈍感なのだろう。
雪子は怒りを抑え、軽い口調で言った。
「私は美紀子のほうがいいな~。実家が関東なら、ずっと東京で働ける。東京なら仕事はいくらでもあるじゃない」
「でも、人もいくらでもいるからね。だんだん回ってくる仕事のグレードもさがってくるよ」
「そうかもしれないけど・・・」
「現状打破する方法が、もうわかんないわ」
美紀子はそう言って笑う。
「田舎に帰っても同じよ。私も、何も変わらない。同じところをぐるぐる回ってる感じ」
「やっぱりそうなるのかねえ。大した努力もしてないしね」
「ほっといてよ」
「ごめん、ごめん。自分に言ってんのよ」
「でも、そうかもねえ・・・」
「新しい職場、男どうなのよ?」
「やめてよ、おじさんばっかりよ」
「私たちだっておばさんなんだから」
「そうでしたね」
「で、どうなの?」
「おじさんって言っても、みんな五十代以上のおじさんなの」
「それはちょっと年上すぎか」
「みんな結婚してるしね」
「さすが地方」
「そうなのよ。こっちで男漁ろうとしても、もう完全に出遅れちゃってるんだよね」
「なるほど」
「だから、婚活も東京のほうが有利なんだって」
一瞬、深田の顔が浮かび、すぐに打ち消す。
「そうなのかなあ」
美紀子が興味なさそうにあくびをする。
仕事がだめなら結婚でもしないと。
口癖のように言っていた美紀子だが、言葉に切迫感はなかった。
居心地のいい実家、都内に通える実家がある限り、美紀子のケツに火がつくことはないだろう。
「私たち、結局ないものねだりだね」
雪子がぽつりと言ってみる。
「そうかもしんないねえ」
美紀子がそう言って、また大きくあくびをした。
その夜、雪子は夢を見た。
夢の中で、雪子は深田と暮らしていた。母も一緒だ。
「お義母さん、僕がやりますって」
「あら、そう」
深田が母が抱えていた取り込んだ洗濯物をごそっと、でもふわり優しく奪い取る。
「助かるわあ」
母がほんとにうれしそうな顔で笑った。
あれ、母さん、女の顔になってない?
雪子は一瞬イラっとする。
父さんに悪いと思わないの?
それに、その人は私のものだからね・・・あれ? 私のモノ?
っていうか、なんだ、このシチュエーション。
「こんな優しい人が旦那になってくれるなんて・・・あんた、ラッキーだったね」
母がピースしてよこす。
雪子は違う、違うと思いながら、顔の前で何度も手を振ってみせる。
しかし、母の笑顔は崩れない。
気づけば深田もこっちを見て笑っている。
手には三人の洗濯物を抱えながら。
これ、何なの? 何なの、これ、いったい・・・
「今日、晩御飯、なに?」
深田が雪子を見ながら言う。
「え?」
「今日はしっかりしたもの作るって朝から張り切ってたじゃない」
「そう、だっけ?」
「そうですよねえ、お義母さん」
「うん、言ってた、言ってた」
何なのよ、この仲良しっぷり。
私だけついていけてない。
「そんなこと言ったっけか?」
雪子は口をとがらせる。
「仕方ないなあ。めんどくさくなったのなら、手伝うよ」
「そうじゃないけど」
深田の態度は包容力と落ち着きに満ちていた。
いくつか年を増したかのようにも見えるほどだ。
この余裕はいったい・・・
旦那だから?
そう思いながら母を見ると、母がうんうんと満足そうにうなずいた。
なんで通じてるの?
雪子は頭が急にがんがんと痛くなりはじめた。
足元がふらつき、こめかみを抑えて、床にへたりこむ。
「大丈夫!」
深田が洗濯物をソファに置き、飛んでくる。
そして、雪子の肩を抱き、ぐいと顔を覗き込んできた。
深田のアップ・・・
雪子は深田の毛穴を探す。
毛穴が開いてない・・・
雪子は再びこめかみを抑えた。
頭痛はひどくなるばかりだった。
それでも、
「大丈夫、大丈夫だから・・・」
と言いながら、不安そうな深田をなだめる。
これは、あれだ、たぶん夢だな。
そう思いながら、雪子はゆっくりと目をつぶった。
頭痛は続いていたが、意識は薄れていく。
起きたら、きっといつも通り一人だ。
それがいいのか、悪いのか、求めているのか、避けたいことなのか。
美紀子だけじゃない。
雪子は自分もずっと答えを引き伸ばしてきたことに今更ながら気づいた。