第10話 飛竜五連 序

文字数 1,908文字

『あれは草なのかしらね? それとも樹木?』

 雛神様が興味を持ったのは、崖の上に生い茂る植物だ。俺も目にしたことのない物で、つるりとした節のある緑色の幹に、枝葉を生やしている。引き抜かれた動物の背骨の群れのように見えなくもない。

 今回の依頼は学者の護衛。やけに報酬が多いので理由を聞いてみると、人の寄り付かない地で植物採集をするのだが、その辺りには異界からの魔物が棲み付いて危険なのだという。

 現れたそれは、馬ほどもある体躯に蝙蝠の羽根を持つ、鳥とも獣ともつかぬもの。俺が囮になっておびき寄せ、学者一行を逃がしたまでは良かったが、足元が崩れ滑り落ち、谷底に倒れ伏している最中だ。

『成体でもないシャンタク鳥に後れを取るなんて。親はあれの二回りも大きいのよ?』

 雛神様は呆れ口調で小言を下さるが、足場の悪い崖の小道で、初見である頭上からの攻撃を凌ぎ切っただけで僥倖ではないか。

『戦場ならこれで死体になってるわね』

 もっともだ。どんな場面で誰が相手であろうと、善戦しただけで褒められる物でもない。結果が全て。正論すぎてぐうの音も出ない。雛神様の流す脳内麻薬のおかげで痛みはないが、骨折したのか足がうまく動かない。

『ほらアイン、さっそく汚名返上の機会が巡って来たわよ!』

 見上げると、谷に落ちた俺を探して頭上を旋回していた黒い影が、見る見る迫ってくる。縄張りに踏み込んだ俺を、逃がす気は無いらしい。依頼主である、学者先生が追われなかっただけで、良しとすべきか。無理に身体を引き起こし立ち上がり、骨剣を構える。

 急降下するシャンタク鳥。
 交差する瞬間に骨剣を振るう。

 浅い。
 翼を斬り裂き、地上へ落とせればと思ったが。
 シャンタク鳥は旋回し、再び急降下する。

「頭を下げるアル!」

 二度目の交差寸前、背後から声が掛かった。

 とっさに身を低くした俺の頭上を飛び越し、声の主はシャンタク鳥の顎を蹴り上げた。

「一つ!」

 異国の装束を纏った少女の姿。頭の後ろで編んだ髪が、尾のように跳ねる。

「二つ!! 三つ!!!」

 俺の剣が届かぬほどの高所で、少女が続けざまに放つ蹴りは、シャンタク鳥の左目を蹴り抜き、首をへし折った。
 見知らぬ体術だ。鞭のようにしなやかで、剣よりも迅く、斧よりも靭い。
 墜ちるシャンタク鳥の首を踏み折る形で、身軽に片足で降り立った少女は、振り向き首を傾げて俺に問い掛けた。

「お節介だったアルか?」

 どこの訛りだ。
 首を振り感謝を伝える俺に、少女はほほ笑みを返した。


「あれは竹というものアルよ。あたしの一族がここに来た時に持ち込んだものアル。いろいろ使えて便利アルよ」

 マオと名乗った少女に案内された先は、その竹林の中の庵だった。確かに垣根や窓枠は竹で組まれている。庵の傍らに、枝を払っい乾燥させる為に積んであるのも見えた。マオはここで妹と二人暮らしで拳法の修行を続ける傍ら、竹細工を売って暮らしているという。

「春には筍も取れるアル。手間を掛ければこんなのも作れるアルよ」

 懐から取り出した棒の蛇腹を開きあおいで見せる。折り畳める団扇か。扇と呼ぶらしい。マオの一族は東方からこの地に流れ着いて以来、頑なに故郷の風習を守っているのだという。

『それで、あれは草なの? 木なの?』
「アイヤー、ごめんアル。あたし分からないよ。気にしたことないアルから」
『ないのかあるのかどっちよ!?』

 粗末な庵の中から、幼い少女が覗いているのに気付いた。編んだ髪を頭の左右でまとめ、リボンを結んでいる。顔つきが似ている。マオの言っていた妹だろう。

「あたしはリロイ・ロン・フェイ・キスク・キ・キ・チョウ・イェン・タルハ・ナザク・ナム・マオ。こっちは妹のレンカある」

 長い。当主が一族の名を順に受け継いで行く決まりなのだろうか。レンカはマオの後ろに隠れ、はにかんだ表情を浮かべている。快活な姉とは正反対の性格に見える。

「シャンタクに崖から落とされたアルか。骨が折れてるのに動けるか。兄さんずいぶん頑丈ネ」

 痛みが無いため忘れていたが、左足が折れている。脳内麻薬が切れたせいで、身体全体に、打ち身による痛みと熱を覚え始めている。

「街道に戻る山道なら案内できるアルけど、その身体では無理ネ。危険アル。ここで怪我を治してから行くヨロシ」

 痛みだけなら短期間ごまかすことはできるが、折れた足で山登りをすれば、直りが遅くなるどころか後遺症が残りかねない。

『早めに治してあげるから、繋がるまで大人しくしてなさい』
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