海は数多の怪物を孕んでいた

文字数 1,456文字

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映画ノベライズブログ(https://inaba20151011.hatenablog.jp/entry/2019/12/14/105733)


 あれから何時間泳いだ。

 体力が消耗しすぎて、時間の感覚がわからない。

 それでも泳ぎ続けた。

 顔を上げたとき、ヨットがいなくなっていたときの絶望を感じたくなかったから。

 海水が口に入り、おもわずせきこんだ。

 ヨットはいなくなっている。

 全身に寒気が走った。



 ――……言左衛門!



 やつは今半魚人化している。

 瀬戸内海のタイを捕まえたんだ。

 俺を運んで陸まで行けるはず!



「言左衛門! 言左衛門!」



 叫ぶが、誰も答えてくれない。

 動揺して、水中遊泳を許してしまったことを後悔した。

 名前を呼び続けるけど、青い波がすべてを飲み込んでしまう。

 鳥が海面まで魚を捕りに来た。

 鳴き声を上げて、水中に沈む。

 灰色の背びれが水中から突き出される。

 言左衛門?

 違う。

 本物のサメだ。

 モヒカンじゃない。



「くっ!」



 海水を吐き出してサメから離れようとする。

 サメはぽちゃんと海に沈んだ。

 逃げたのかと安心しかけたとき、足を何者かにかみつかれた。



「ぐわあっ!?」



 あせって、パニックを起こしていると、サメがまた背びれを出した。

 俺の周りを回っている。

 素早い。

 狙いをさだめられた。

 死の恐怖に、涙が両目に浮かんだ。



「ちゃあっ!」



 サメが水面を飛び出して跳ねた。

 ビクッと、のけぞる。

 それはサメの背びれを頭につけた、金髪の幼女だった。

 幼女はスイーと俺に近づき、



「お兄ちゃん! 海のテーマパークで遊ぼうよ!」



 幼女は、ポカンとする俺に向かって、両手を広げた。

 生臭い。

 頭につけているのは、本物のサメの背びれだ。

 それを幼稚園生がかぶる、ヒモ付き帽子みたいにしている。

 口元が引いた。



「門平! カモンヌ!」



 半魚人の言左衛門が俺を誘う。

 俺は半笑いのまま、幼女と言左衛門に向かって泳ぎだした。

 水面が光で、お星さまのようにきらめいている。

 なんだか楽しくなってきて、大笑いしながら、俺は彼らと一緒に海の向こう側へ……。



「うりゃあああああああああああっ!!」



 よく響く美雪の声がしたと思ったら、網を頭から投げつけられた。

 網に引っかかり、すごい力で持ち上げられる。

 言左衛門と幼女も捕まった。

 船に乗せられ、網を強引に外された。

 デッキに転がる。

 リアナが幼女を両手で持ち上げ、



「こらっ! お姉ちゃんから離れないでって言ったでしょ! 半年も探したんだから!」

「プー! だって楽しかったんだもん!」



 人魚化した幼女が口をとがらせる。

 両足はなくなっていて、魚の尾になっていた。

 着ている白いワンピースから水がしたたり落ちる。



「あの子は?」

「リアナの親戚の子で、萌美って名前よ。半年間、サメとか食って生きてたんでしょうね」

「そっか」



 美雪の愚痴が聞こえなくなった。

 西に沈みつつある太陽が暑い。

 狂ってしまいそうだ。

 いや、むしろ、狂ったほうが楽だったか。

 美雪がビチビチ跳ねている言左衛門を見下ろし、



「あら? 宮本君? 何、そのテカったうろこ。渋谷系?」

「いや、どちらかというと、下北系でござるな」



 うーん。全身脱毛するか。

 瀬戸内海の荒波がサメに匹敵する怪物を生んでいた。


オープン・ウォーター解説【了】


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